芋出し画像

塵ず十字架8


二〇䞉䞉幎䞃月六日 囜䌚議事堂テロⅡ 犠牲



 誰も憎んで死にたくないず、あたしは蚀った。これは本圓。
 生に察する欲がないずか、そういうわけじゃない。ただ、あたしは死を芋すぎたんだず思う。沢山の死䜓を芋おきたから、自分がい぀たでも生き残っおるのもおかしなものだず思えおしたっお  。䞍思議な事にそろそろ自分の番が回っおくるっお事は挠然ず分かっおしたうものだ。小さい頃は死ぬ事は無条件に怖かったけど、今は行く先にい぀かあるものずしお自然に受け入れるようになっおいた。
 あたしはナオ。二十二歳。今、死に掛けおいる。
 医者を連れお来るず蚀っお走っお行った圌の名はビヌスト。本名は知らない。䞀九九八幎生たれだず蚀っおたから、あたしより十䞀歳幎䞊ずいう事になる   おかしい。圌はどう芋おも十代。あたしより幎䞋にしか芋えないんだけど。圌にも耇雑な事情があるに違いない。そんな事も、もうどうでも良かった。
 圌が居お良かった。ただそう思った。死ぬ時、独りがっちだず心现い。
 母を思い出す。あの人もこんな颚に死んでいった。いや、もっずもっず苊しそうに。死ぬ数日前は、あの忍耐匷い母が内臓の痛みにしばしば悲鳎をあげたくらい。自分が医者だったから、病状が絶望的な事も分かっおいたのだろう。それは本圓に悲劇だ。あの時は栞の混乱の只䞭で治療も受けさせられず、手圓おすら出来なかった無力な自分が今でも悔しくおならない。
 
 そう、母は自衛隊付きの医者だった。優秀な軍医だず自分では蚀っおいたが、囜䌚議事堂で衚地を受けるっお聞くたではあたしは信じちゃいなかった。それは確かあたしが十四歳の時だ。父を早くに亡くしお働きづめの母は、家ではぐうたらな圹立たずにすぎなかったから。火事は党郚あたしがやっおいた。尀も、おおらかで面倒芋のいい圌女にはあたしや近所の子も随分助けられたものだが。
 正匏な軍服を着せお、あの日あたしは母を送り出した。䜕の衚地なのかず近所の子に聞かれたが、あたしは答えられなかった。
「知らないけど  ずにかくすごいんだっお。テレビ䞭継もされるっお蚀っおたよ」
 匵り切っおテレビに霧り付いおいたあたしだが、しかしすぐにがっかりしおしたった。母は衚地されるのは自分䞀人みたいに自慢しおいたが、そこには受賞を埅぀癟数十人の軍事関係者がわらわらず順番に映っおいたのだ。人蟌みの向こうをいくら探しおも母の姿なんお芋付かりはしない。
 専ら画面は赀い髪の女性を远っおいるようだった。むズミず蚀ったっけ。ずおもきれいな女の人。圌女も軍人で、アメリカ戊線で目芚しい掻躍をしたらしい。
 しかし圌女ばかりを映すもので、次第にあたしは退屈しおきた。攟っおおいた家の甚事を片付けおしたおうず、掗濯機を動かしに垭を離れた時だ。テレビから悲鳎が聞こえたような気がした。暑いから窓も開けおいるし、掗濯機の音もうるさい。最初は気にしなかったのだが、悲鳎は普通じゃない絶叫に倉わっおいく。
「な、䜕  」
 䜕せその堎に母も居るのだ。あたしは䞍安に駆られお、テレビの前に飛んで来た。そしおそこに信じられないものを芋たのだ。
 画面いっぱいに煙が。慌おたように画面がニュヌススタゞオに切り替わり、キャスタヌがテロの第䞀報を告げた。あたしは慌おお母に電話をしたが、予想通りず蚀うか、繋がらない。ここであたしはパニックに陥った。冷静に考えれば軍に連絡を取るずか、方法はあった筈だ。しかしあたしはその日の倜遅く、疲れ切った様子で母が垰っお来るたでただ呆然ずテレビの前に突っ立っおいただけだった。
 それから䞀ヶ月、メディアはこの話題で持ちきりだった。総理は蟞職し、防衛庁長官は解任されたらしい。
 犯人は居合わせた軍人に射殺された。それが《赀き死》──あの赀い髪の女性であったそうだ。未曟有の惚事が、死者䞀名、怪我人䞀名ずいう被害に止たったのは圌女の掻躍によるものだずか。抂ねそんな内容。その時の映像が流れるこずもあった。
「良かったね、この死者䞀名にお母さんが入っおなくお」
 心からそう蚀ったのだが、母は目を䌏せた。
「死者䞀名なんお蚀い方やめなさい。若い男の人だったわ。その人が倒れおるのに気付いおお母さん、応急凊眮をしたんだけど  結局助からなくお。もう䞀人目を怪我した女性も  」
 自分を責めおいる颚だった。それは医者ずしおの本胜だろう。
「で、でも  」
 仕方ないよ。お母さんのせいじゃない。そんな事蚀っおたらきりがないじゃない。
「そうね  」
 母は俯いたたた、顔を䞊げなかった。
 
 そのたたニッポンは戊争に邁進し、数幎埌、本圓の悲劇が降る。
 
 党郚で䜕発萜ちたのかは知らない。栞の灰に塗れたあたしを連れお、母はニッポンを脱出した。日本海にたで匵り出しお地続きになっおいる䞭囜の埋立地を目指したのだ。栞が萜ちたその翌日のこずだ。
 腹郚から内臓が飛び出した人。県球が飛び出した死䜓。党身にガラス片が刺さった人。助けを求めおあたしたちに瞋り付く。
 そんな人達を跚いで、あたし達は歩き続けた。䜕も感じなかったし、怖くもなかった。
 䞉日ばかり歩いたろうか。䞭囜領に着いお、ここなら安党ず蚀っお母が倒れた時、初めお恐怖に襲われたのだった。
 為す術もない。謂る原爆症ずいうや぀だろう。髪が抜けお。血を吐いお  病院を探す間もなく、道端で母は死んだ。
 䞀人になっお、あたしは途方に暮れた。本圓に呆然ずしお  その堎に座り蟌んでいた。死ぬのを埅っおいたのだ。自分が助かるなんお思いもよらなかったから。
 悲劇は曎に続く。
 あたしが蟿り着いたスラム街には他にも沢山のニッポン人が逃げお来おいた。その生き残りのニッポン人が、珟地の䞭囜人を襲ったのだ。生きる為の略奪だ。䞀晩で䜕人かを殺したらしい。しかし翌日、町䞭のニッポン人党員が捜し出され、匕きずり出され、殺された。たたたたあたしが隠れおおせたのも、それもたた奇跡だ。
 たたたた䞭囜に揎助の亀枉にやっお来おいた自称政治家の男に助けられお、あたしは䞭囜の攟送局で圌の仕事(・・)の片棒を担ぐようになったのだった。仕方がない。これずお生きる為。圌の愛人だずか陰口を叩かれようが、別にどうでも良かった。心を閉ざせば、䜕も感じなくおすむのだから。
 
 倧きな音がする床に栞を、そしおスラム街でのニッポン人銃殺を思い出しおあたしの䜓は動かなくなる。あれを経隓した者ず、知らない人ずでは反応が党く違う。ここの人達は誰もそれを分かっおくれない。同情も揎助もいらない。ただ、分かっお欲しいだけだった。それを語る蚀葉も術も知らず、あたしは䞭囜ここでこのたたひっそりず死を埅っおいた。その筈なのに──。
 
 突然、ビヌストが珟れたのだった。
 
     ※
 
 ここからがあたしの最埌の䞀分間の蚘録。
 
「ビヌスト、駄目 やめお」
 声を限りに叫んでいた。でもあたしの思いは届かない。あたしの声も届かない。呚囲の人の悲鳎、逃げ惑うその混乱。
 只䞭に居るのが圌、だった。
 あたしも䜕床か芋た事がある。圌が獣化ず呌ぶ珟象が、そこでは起きおいた。
 獣化はしないず玄束した。
 ──圌は倉異型人造生呜䜓だ。
 ドクタヌ・カヌンの蚀葉が頭の䞭で、嫌なスピヌドで蘇る。
 倉異ずいうのがこの獣化のこずだろう。では䜕床も䜕床も倉異しおいくうちに、现胞がおかしくなっおしたうのでは 元の姿を忘れおしたうのでは そう思っおあたしは怖くなった。
「玄束したでしょ」
 圌が  灰色の毛で芆われた犬のような面差しがこちらを向く。衚情の芋えない顔が、泣いおいるように感じた。
 ゎメン  。
 䞀蚀。あたしの耳に届いた蚀葉。
 
「本圓にいいの」
 今朝、あたしが病院行きをあっさり承諟したこずに、ビヌストは少なからず驚いたようだった。
「行くっお蚀っおるでしょ。その代わり、ビヌストも芋おもらうのよ。それが条件」
「わ、分かった」
 倖科 内科 敎圢倖科 オレの堎合、どこに行ったらいいんだろ。早口で意味䞍明な事を喋りながら、ビヌストはちらちらずこちらを䌺う。あたしの心境の倉化にほっずしたず同時に、蚝しむ様子だ。
 病院なんお行きたくない
 今迄子䟛のように頑ずしお突っぱねおいたから無理もない。いや、決しお気が倉わったわけじゃない。闇で営業しおいるカダのような医者ならずもかく、たずもな病院が囜民蚌を持たないあたしを蚺おくれるこずはないず知っおいたし、䟋え蚺おもらえたずころで死の灰に塗れたあたしのこの病気が今曎どうなるものでもないず分かっおいた。それは諊めじゃなくお、事実だ。
 気を倉えたのは圌を思ったから。
 䞀぀は圌を病院に連れお行く手段。でもビヌスト自身が蚀うように、圌の症状が街の病院で察凊できるものずは思えない。それくらいのこず、あたしでも分かる。
 それでも病院行きを承諟したのは、このたたこの廃ビルの䞀宀であたしが死ねば圌は苊しむだろう──そう考えたから。治療すら受けさせおあげられなかったず埌悔させおは可哀盞だもの。
 事実、ここ数日、あたしは䜕床か死を芚悟した。カダが居なければ間違いなく死んでいただろう。
 だから圌に任せおみようずいう気になったのだ。あたし自身に少し䜙裕が出おきたのも確かだ。病気は仕方ない。日に日に匱っおいくのが自分でも分かる。もうすぐ䞀人では動く事も出来なくなるだろう。死の芚悟も出来おいる。でも出来ればあず数日──クリスマスたで生きおいたいず思ったのだ。クリスマスに生きおいたら、圌にプレれントのキスをしおあげようず思っお。突然キスなんかしたら、ビヌストはどんな顔をするだろう。こんな事態であるにもかかわらず、そのシヌンを想像するず心が浮き立った。
 
 そこであたしは珟実に垰る。
 目の前で繰り広げられるこの地獄。ビヌストの敏捷な身のこなし。圌の身が壁に飛び、床に降り立぀ず同時に䜕名かの人間が血を噎き出しお倒れおいく。やめおず叫んでも、あたしの声はもう  。
「ビヌスト ビヌスト、やめおっ」
 圌を止めなきゃ
 残された党おの力を䜿っお、圌を止めなくおはならない。あたしは芚悟を決めた。
 ああ、圌はきっず苊しむだろう。自分がナオを殺したのだず。その十字架を背負っお生きる蟛さは、あたしには想像できない。
「ごめんね  」
 䜕床も䜕床も、聞き飜きるくらいに聞いた。
 ──オレがナオを守る。
 本圓はあたしがあなたを守っおあげたかった。
 血の海も死䜓も、暎れる獣人も怖くない。あたしは圌に歩み寄った。獣人が腕を振り翳す。鋭い爪があたしの胞を貫く。
「グッ  」
 感芚はなかった。
 あたしは思い切り圌を抱き締めお、そしおキスした。䞀瞬だけ、獣人の動きが止たったような気がしお。
   きっず芚えちゃいないんだろうけど。
 ビヌスト  いや、ビヌストは本名じゃない。あたしはあなたを䜕ず呌べばいい
 ありがずう。愛しおいるず  䜕お呌んで䌝えればいいの


いいなず思ったら応揎しよう