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今も芚えおいる「あの䞀蚀」耳ビゞnote郚

仕事をしおきた幎月の䞭で、蚀われた蚀葉はいく぀あっただろう。その倧半は忘れおしたった。ずころが、いく぀かの䞀蚀だけは、今も耳の奥に残っおいる。

䞍思議なこずに、残っおいるのは感謝の蚀葉ではない。ほめられたこずも、瀌を蚀われたこずも、たしかにあったはずだ。それなのに蚘憶にこびり぀いおいるのは、圓時の䞊叞や取匕先から投げ぀けられた、ネガティブな䞀蚀のほうである。

感謝の蚀葉は、受け取った瞬間に満たされお終わる。心地よいが、その先に䜕かを求めおはこない。䞀方、吊定の蚀葉は終わらない。蚀われた偎の䞭に、未凊理のたた居座り続ける。忘れないのではなく、忘れさせおもらえないのだ。

では、その䞀蚀に打ちのめされたたただったかずいえば、そうではない。胞に湧いたのは、なにくそ、この野郎、ぶっ飛ばしおやる、芚えおろよ、芋返しおやる、ずいう感情だった。きれいな動機ずは蚀えない。だが、これほど匷く人を動かす燃料もない。

悔しさには期限がない。だからこそ、長く燃え続ける。培倜で資料を仕䞊げたずきも、断られた盞手にもう䞀床頭を䞋げに行ったずきも、背䞭を抌しおいたのは励たしではなく、あの䞀蚀だった。

誀解のないように蚀えば、吊定の蚀葉を济びせるこずを勧める぀もりはない。蚀った偎は、おそらく芚えおもいないだろう。盞手を育おようずいう意図があったずも思えない。蚀葉そのものに力があったのではない。力に倉えたのは、受け取った偎である。

振り返れば、今の自分に぀ながる道筋の芁所芁所に、あの䞀蚀が立っおいる。感謝すべき盞手かず問われれば、玠盎にうなずく気にはなれない。それでも、あの蚀葉がなければ、ここたで来られなかったのもたた事実だ。

あなたにも、今も芚えおいる「あの䞀蚀」はないだろうか。


※9月8日から毎日お届けしおきたたずめ蚘事を、ここにひずたずめにしたした。耳ビゞnote郚のみなさんの蚘事に、どの日からでも䌚いに行けたす。

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