燈灯頃 |第四話(了)
帰り道には、決まりがある。
公園の横の電柱の、いちばん上の灯り。あれがつく瞬間を先に見つけたほうが勝ち。見つけたら「ついた」と言う。それだけの遊びを、わたしと航平は、たぶん二年生のときからやっている。
夏のあいだはだめだ。家に着いてもまだ明るいから。秋になって日が短くなると、ちょうど公園のあたりで空の色が変わる。だからこの遊びには季節がある。わたしたちだけが知っている季節だ。
航平の家とわたしの家は、細い路地をはさんで斜め向かいにある。保育園も小学校も同じで、だからいっしょに帰るのに理由なんてなかった。理由がいるなんて、考えたこともなかった。
十月のある日、げた箱のところで、航平がクラスの男子に囲まれていた。
「航平、おまえまた女と帰んの」
「まいにち一緒だもんな。夫婦じゃん」
笑い声がはじけた。航平の耳が赤くなるのが、はなれたところからでもわかった。
「ちげーよ」
航平は言った。
「こいつが勝手についてくるだけだし」
こっちを見ないで言った。それがいちばん、頭にきた。
「は、だれがあんたなんかと帰るか。バーカ」
わたしは航平のすねを思いきり蹴って、ひとりで校門を出た。うしろで男子たちがまた笑っていたけど、ふりかえらなかった。
ひとりの帰り道は、へんに長かった。いつもしゃべりながら歩くから気づかなかったけど、この道、こんなに長かったっけ。公園の横まで来たとき、電柱のいちばん上で、ふっと灯りがついた。
ついた。
見たのに、言う相手がいなかった。勝ったのに、ぜんぜんうれしくなかった。
家に帰ると、玄関に灯りがついていて、カレーのにおいがした。
「航平のバカ。もうぜったい、いっしょに帰らない」
夕飯のとき、そう言った。今日あったことをぜんぶ話した。お母さんは聞きおわると、吹き出した。声を出して笑った。
「なに笑ってんの」
「ごめんごめん」と言いながら、まだ笑っている。「男の子はね、十歳くらいがいちばんバカなのよ」
「知ってる」
「で、明日はどうするの」
「帰らないって言ってるでしょ」
「ふうん」
お母さんはそれ以上なにも言わなかった。かわりに、おたまでカレーをすくいながら、ひとことだけ足した。
「でもあんた、今日ひとりで帰ってきて、つまんなかったでしょ」
図星だったから、わたしはカレーを口に入れて、答えなかった。
寝る前に、自分の部屋の窓から外を見た。路地のななめ向かいで、航平の家の窓に灯りがついていた。あの灯りの下で、あいつも今ごろカレーとか食べてるんだと思ったら、怒ってるのがなんだか、ばからしくなった。ならなかったことにして、ふとんに入った。
次の日、帰りの会が終わると、航平は先に教室を出ていった。
わたしはわざとゆっくり帰りじたくをした。べつに、期待なんかしていない。ひとりで帰ればいいだけだ。きのうだってそうした。
校門を出て、公園のところまで来ると、電柱の下に航平が立っていた。ランドセルをしょったまま、灯りのつく前の電柱を、意味もなく見上げていた。
「なんだよ」
「べつに」
「ふーん」
それだけ言って、わたしたちは並んで歩き出した。航平はあやまらなかった。わたしもあやまらなかったし、あやまれとも言わなかった。きのうのことは、どっちも口に出さなかった。そのかわり、航平がぼそっと言った。
「きのう、おれ、ついた瞬間見たし」
「うそだ。わたしも見た」
「おまえひとりで帰っただろ」
「見たもん。公園のとこで」
「おれは家の前で見たし」
「それ、べつの電柱じゃん。ずるい」
ずるくない、ずるい、と言い合っているうちに、頭の上で、ふっと灯りがついた。
「ついた」
ふたり同時だった。はじめての引き分けだった。
路地のつきあたりで「じゃあな」と別れて、わたしたちはそれぞれの家の灯りのほうへ歩いていく。
明日もいっしょに帰る。決まりだから。
了
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