見出し画像

息子とロードバイク〜成長とともに

私がロードバイクに乗り始めたのは、息子がまだ小さかった頃だった。

休日になると、自転車をせっせと整備する。

チェーンを磨き、タイヤに空気を入れ、あれこれ調整してから、朝早く走りに出かける。

そんな父親の姿を見て育ったせいか、息子も自然と自転車に興味を持つようになった。

まあ、父親が楽しそうに乗っていれば、子どもも乗りたくなる。

……と思いたい。

単に「お父さんだけ遊びに行ってずるい」と思っていただけかもしれない。

息子との最初の「遠出」は、息子が4歳のときだった。

目的地は妻の実家。

距離にして約8km。

今なら、

「8km? ちょっとそこまでじゃないか」

と思う。

しかし、4歳児にとっての8kmは、そんな甘い距離ではない。

当時の私たちにとっては、立派な大冒険だった。

交通量の少ない道を選び、前を私、後ろを妻。

その間に息子を挟む。

まさに親子による厳重警備体制である。

普段なら30分もかからない道のり。

ところが、この日は何度も休憩。

「大丈夫か?」

「まだ行ける?」

「ちょっと休む?」

そんなやり取りを繰り返しながら、結局、到着まで2時間以上かかった。

8kmに2時間。

時速にすると約4km。

歩いても、それなりに頑張れば到達できそうなスピードである。

それでも、4歳の息子が自分の力で8kmを走り切った。

親としては、それだけで十分すごい。

妻の実家に着くと、じいじとばあばから、

「すごいね!」

「よく頑張ったね!」

と褒められる。

息子は、もう完全に有頂天である。

結局、帰りはじいじの車に乗せてもらった。

行きは自転車。

帰りは自動車。

それでも、あの日の8kmは、私たち親子にとって忘れられない距離になった。

その後も、一緒に自転車に乗る機会は少しずつ増えていった。

走る距離も自然と伸びていく。

子ども用の自転車は、やがてクロスバイクになった。

そして息子も、いつの間にかかなり頼もしくなっていた。

息子が高校生になると、学校と私の職場が近くなった。

そこで、ほぼ毎日のように一緒に自転車で通勤・通学するようになった。

その距離はまたしても8kmであった。

しかし、時間は30分もかからない。成長したものだ。

今思えば、あの時間はものすごく贅沢だった。

親子で一緒に自転車に乗る。

そんな時間が毎日あるなんて、考えてみればなかなかありがたい。

ただ、当時の私たちは、その贅沢さにあまり気づいていなかった。

そして、もう一つ。

その頃の私たちは、通勤・通学に使える道は一つと思い込んでいた。

車通りの多い大通りである。

「まあ、ここを走るしかないよね」

ところが、ある日、不思議なことが起こった。

さっき追い越したはずの、恰幅のいいママチャリのおじさんが、次の交差点でまた私たちの前にいる。

「あれ?」

また次の日。

追い越す。

しばらく走る。

すると、またいる。

「……なんで?」

一度や二度ではない。

息子と二人で、

「そんなことある?」

「絶対おかしいよね」

「ワープしてるんじゃない?」

などと言っていた。

そして、いつしかそのおじさんを、私たちは「トトロ」と呼ぶようになった。

あの堂々とした体型と、どこからともなく現れる不思議な感じがそうさせたのだと思う。

もしかしたら私たちにしか見えない?こわいって‥

そんなある日、運よく、かなり早い段階でトトロに遭遇した。

「今日は後をついていこう」

息子とそう決めた。

するとトトロは、私たちが知らない細い道へ入っていった。頭の中に「さんぽ」のメロディが流れる。

住宅街を抜ける。

小道を曲がる。

さらに進む。

「こんなところ通るの?」

と思いながら、ひたすら後をついていく。

そして、その先に出た場所を見て、私と息子は顔を見合わせた。

「えっ、もうここ?」

そう。

いつも大通りを走っていた私たちが、ずっと遠回りしていた場所に、あっという間に到着してしまった。

「こんな道、あったのか……」

以来、その伝説の近道を、私たちは「トトロード」と呼ぶことにした。

ネーミングセンスはともかく、非常に便利な道だった。

卒業するまで。

そして私が異動するまで。

私たちは毎日のようにトトロードを利用した。

あのときトトロを追跡していなかったら、今でも大通りを走っていたかもしれない。

トトロ。

ありがとう。

あなたが誰だったのか、私は今でも知らない。

そして息子は京都の大学へ進学することになった。

大学生活では、自転車が便利な移動手段になる。

そこで私は、何気なく聞いてみた。

「お父さんのロードバイク、乗るか?」

内心では、

「新しいの買ってよ」

と言われると思っていた。

大学生である。

親のロードバイクより、新しいロードバイク。

当然の流れだと思っていた。

ところが返事は、

「いいよ」

だった。

あっさり。

実は息子は、それまでにも何度も私のロードバイクに乗ったことがあった。

軽い。

速い。

自分の通学自転車とはまったく違う。

そんなロードバイクに、以前から憧れていたらしい。

私は嬉しかった。

そのロードバイクは、私が15年間乗ってきた愛車だった。

いろいろな場所を走り、いろいろな思い出を一緒につくってきた。

そのまま息子に渡すのではなく、きちんとオーバーホールをして、万全の状態で送り出すことにした。

そして私は、新しいロードバイクを買った。

息子の大学進学で何かとお金がかかる時期に、さらに父親がロードバイクを買う。

妻の顔が、あまり晴れやかではなかったことは言うまでもない。

たぶん妻の中では、

「なぜ今?」

という疑問が渦巻いていたと思う。

私の中では、

「15年乗ったんだから、そろそろいいだろう」

という、非常に説得力のある、かつ自分勝手な自己判断が成立していた。

今、そのロードバイクは京都の街を走っている。

私がたまに息子を訪ねると、まず気になるのは息子の様子……ではなく、

ロードバイクの状態である。

チェーンは汚れていないか。

タイヤの空気は入っているか。

変速はちゃんと決まるか。

ブレーキは大丈夫か。

私は自転車をチェックする。

息子からすると、

「父親が京都まで来て、まず自転車を見ている」

でも仕方がない。

幸い、息子はちゃんと手入れをしているようだ。

それを見ると、少し安心する。

……息子の生活態度については、また別の話であるが。

自転車が運んできたもの

思い返せば、ロードバイクは私に、速く走る楽しさや、遠くまで行く楽しさだけを教えてくれたわけではない。

息子との時間まで運んできてくれた。

2時間以上かかった、人生最初の親子サイクリング。

高校時代、毎日のように一緒に走った通勤・通学。

そして、偶然出会ったトトロと、その後ろをついていって見つけた「トトロード」。

そして今。

私の15年間の相棒だったロードバイクは、京都で息子の相棒になっている。

そう考えると、なんだか不思議な気持ちになる。

あの4歳だった息子が、今は京都の街をロードバイクで走っている。

京都のどこかで息子が私のロードバイクに乗っていると思うと、距離はそれほど遠く感じない。

息子よ、これからも、そのロードバイクと一緒に、たくさんの景色を見てほしい。

そして、大切に乗ってほしい。

チェーンが真っ黒になっていたら、お説教だぞ。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集