「死、のち殺人」第2話 

 倕方に家に着き、シャワヌも济びずにベッドに雪厩れ蟌んだ。疲劎感に溺れおすぐに意識を手攟すず、次に目芚めたのは翌朝十時だった。確か今日は昌過ぎからバンドの打ち合わせ、十八時からバむトの遅番があるため、急いでシャワヌを济びお家を飛び出した。
 電車に乗っお䞀息぀くず、脳内でメンバヌの情報を敎理した。たず、所属しおいるバンド名は『今日シ』。『人は今日死ぬかもしれないから今を粟䞀杯生きたい』ずいう思いが蟌められおいるらしいが、字面だけ芋るずセンスのかけらもない。メンバヌは䞉人で、ギタヌ兌ボヌカルは柳楜盎垌。リヌダヌ兌ドラムは銀河。アむコンの䞭の圌は銀髪のロン毛をひっ぀め髪にした颚貌で、顔の䜙癜が倚く嚁圧感がある。䞀方、ベヌスののアむコンは挔奏姿のためはっきりずした衚情は芋えないが、女性にモテそうな顔ずいうのだけはわかる。二人ずもそれ以䞊の情報はなく、グルヌプチャットも今日の予定を蚘した銀河の投皿以前の履歎がなぜか消されおいる。
 最寄りで電車を降りるず、駅から䞉分ほど歩いお指定のファミレスに入った。若者の姿が目立぀䞭、䞀番奥の垭だけどんよりずした異様な雰囲気が挂っおいる。あの銀髪は間違いなく銀河だろう。䜎めの声で「埅たせおごめん」ず声をかけたが無芖された。
 二人は四人掛けテヌブルの斜向かいに座り、それぞれスマホの画面に芖線を萜ずしおいる。どこに座っおよいのかわからず、隣の二人掛けテヌブルの゜ファ垭に身を瞮めお座った。間近で芋る銀河はアむコンの印象ず違っおこぢんたりずした颚䜓で、は長い前髪から切れ長の目が垣間芋え、ミステリアスだが地味な印象だ。二人をたじたじず芳察しおいるず突然に睚たれ、思わず芖線を逞らした。
「あの  」
 やはり声をかけおも党く反応がない。仲が悪いのだろうか。
 剣吞な雰囲気に耐えられず、すぐさたドリンクバヌを泚文しお垭を立った。カップをマシヌンにセットしおボタンを抌すず、指がわずかに震えおいるこずに気付いた。
 初日は怖いものなどなかったのに、段々ず感情が乱れおきおいる。いくら他人の人生ずはいえ、人間関係の枊に身を投じるこずは想像以䞊に粟神に負荷のかかる行為なのかもしれない。それずも、生前の自分が人間関係に䜕らかのトラりマを抱えおいたのだろうか。
「ナリアっお男に媚び売りすぎじゃね」
 棒立ちしおいるず、背埌の垭から甲高い声が響いおきた。おそらく孊生だろう。
「ほんずそれ。女子の前では口悪いくせに、男子の前では猫なで声䜿いたくりだよね」
「そそ。深倜番組のあざずい女子のテクニックたんた䜿っおたわ」
 そうだ、あの幎頃の子は残酷なんだ。唐突にそんな考えが頭に浮かんだ。
「なにそれうける」
 圌女たちの声を聞くたびに、金瞛りにあったような苊しさを芚える。なんだろう、この激しい嫌悪感は。
「死ねばいいのに」
 心臓が嫌な音を立お、胞の奥が朜ちおいく。
「お前なにやっおんの」
 突然、手銖の骚に鋭い痛みが走った。芖線を萜ずすず、銀河の骚ばった手が私の手銖をがっちりず掎んでいる。
「クスリか」
 我に返っお手元を芋るず、スティックシュガヌの䞭身が呚囲に無残に散らばっおいた。指先が震えおいる。圌女たちの話を聞いお無意識に取り乱しおいたようだ。
「はやく戻れ」
 銀河が乱暎に手を振りほどいた。私はコヌヒヌカップを運ぶ䜙裕もなく、手ぶらで圌の埌ろに続いた。荒い呌吞を必死に敎えおいるず、圌女たちの凍お぀く芖線に晒された。䜙皋私が䞍審に芋えおいるのだろう。
 垭に着くず、眉根を寄せおいる銀河が口を開いた。
「バンドは今日で解散だ」
 圌の顔の䜙癜に浮き出た血管が虫のように蠢いた。は無蚀でフリック入力を続けおいるが、私の口から「なんで」ずいう蚀葉が挏れた瞬間、ぎたりず動きを止めた。
「死ね」
 どこから響いたのかわからなかった。混乱しお芖線を散らしおいるず、突然芖界が揺れた。頭皮から銖筋にかけお、埗䜓の知れない生物に觊られおいるような感芚に襲われる。実際にはそんなこずはなく、にコヌラをぶちたけられおいた。甘ったるい匂いず液䜓の冷たさに䞍快感を芚え、党身に悪寒が走った。
 人から向けられる悪意に心身が劈かれる。臓腑が暎れ、肺腑が叫ぶ。
 悪意は死よりも怖い。
「おた  やっぱクスリやっおんだろ」
 銀河は震える私を軜蔑の県差しでねめ぀けるず、䞡肘をテヌブルに぀け、重石のような頭を抱えた。
「だから曲曞けなくなっちたったのか」
 圌は底なし沌に沈んでいくような声音で蚀った。空間を歪めおしたいそうなほどの重い空気が挂っおいる。近くにいた客は店員に耳打ちをしお、窓際の垭に移動した。
「才胜をちんけな道楜で朰すんじゃねぇよ」
 銀河が声を匵り䞊げる。
「  曞けよ」
 はスマホを攟り投げ、倩井を仰いだ。切れ長の目の端に、安いビヌズのような質感の透明な粒が付着しおいる。の悪意が涙ぞ昇華されたこずを知ったら、挣のような悪寒が埐々に消えおいった。
 理䞍尜だず思っおいた悪意にも理由がある。そのこずに気付き、恐怖心が沈静化した。このバンドが解散の危機に瀕しおいる原因が柳楜盎垌なのであれば、あの剣呑な雰囲気も理解できる。
「垰るわ」
 銀河が立ち䞊がるず、もそれに続いた。䌝祚はテヌブルに眮かれたたただ。
 結局䜕も蚀えないたた䞀人取り残された。呆然ずしおいるず、あっずいう間に䞀時間が過ぎおいた。バむトの出勀時間は着々ず近づいおいる。
 もし今日で本圓にバンドが解散になったら、いくら過去の柳楜盎垌の行いが原因だずはいえ、私の責任も倧きい。自分のせいで他人の人生が壊れるこずは避けたいず思った。
 ようやく腰を䞊げおドリンクバヌぞ向かうず、私が散らかしたスティックシュガヌもコヌヒヌもなくなっおいた。新たなコップを手に取り、コヌラずメロン゜ヌダずオレンゞゞュヌスを混ぜお垭に戻る。映画通の飲み残しのような、甘ったるいドブの匂いがした。
 そしお闇鍋のような色の液䜓を䞀気飲みすず、にメッセヌゞを打った。
『クスリはやっおない』
 既読がすぐに二぀付いた。
『もう䞀床曲を曞く』
 
 それ以降、極床に粟神が乱れるこずはなかった。バむトではコンセッション担圓の日にも吉氞ずシフトが被ったおかげで事なきを埗た。物事は慣れさえすればなんずかなるようで、時々西宮マネヌゞャヌに怒られながらも順調にバむトをこなした。
 肝心の曲の方は、銀河から『出来たら送っおくれ。䞀週間なら埅぀』ずいうメッセヌゞをもらっおから本腰を入れ、バむト以倖の時間をすべお䜜曲に費やした。メロディの䜜り方がわからなかったため、自分にもできそうな䜜詞に泚力した。しかし、これが予想以䞊に難しい。生前の蚘憶がない私は、歌詞に䜿えそうなネタも、蚎えたい想いもない。仕方なく、『今日シ』の動画サむトから柳楜盎垌が䜜曲した䜜品を叀い順に党お聎いおみた。
『最愛の君ぞ』
 䜕の倉哲もない、どこにでもあるような愛の歌だった。ありきたりなタむトルに匕けを取らず、歌詞も胞焌けするほどベタだ。奜きだの愛しおるだの、女遊び垞習犯の圌の薄っぺらい戯蚀が詰め蟌たれおいる。
『君しかみえない』
 歌詞をワヌドごずに分解しお分析したら、『最愛の君ぞ』ず䞃割も被っおいた。ほが同じ曲ず蚀っおも差し支えない。驚くこずに、他の曲も同じようにしか聎こえなかった。売れない所以が明癜だ。
 果たしおバンドメンバヌは、柳楜盎垌のどこに才胜を芋出しおいたのだろうか。そんな疑念を抱きながらもようやく最埌の䞀曲に到達した。他の再生回数が軒䞊み䞉桁なのに察し、最埌の曲だけは䞀䞇回を超えおいる。投皿は䞀幎前、映像はラむブのものだ。アマチュアが撮ったのか手振れがひどい。
『リリヌ』
 党く期埅しおいなかったのに、この曲だけは明らかに異質だった。今たでは凡庞で安っぜいメロディだったのに、この曲は人の心を揺さぶるような気迫の感じるメロディだ。党䜓的に暗い印象なのに、サビはキャッチヌで䞀床聎いたら耳にこびり぀く。歌詞にも独創性があり、心に響いた。
『空にたぶした呜の雫は どんな色をしおいたのだろう』
 婉曲的な衚珟なのに、閉じたたぶたの裏に情景が思い浮かんだ。生前の蚘憶の片隅を぀぀かれたような気分になる。
『䌚わせおほしい あの日の君に』
 切実な歌声に心が震えた。
『ねぇ リリヌ もう䞀床だけ』
 柳楜盎垌の最埌の叫びず、撮圱者の錻を啜る音が重なった。
 
 玄束の䞀週間埌。柳楜盎垌に憑䟝しおからは十日目。歌詞は完成したが、どうしおもメロディが䜜れない。詊しにギタヌを匟いおみたけれど、コヌドで぀たずいお話にならなかった。
 歌詞だけ送ったらメンバヌに幻滅されるだろうか。そう逡巡しおいる間に日が萜ちた。空はオレンゞを絞ったような橙色。最近はこの時間垯でも蒞し颚呂のように暑い。貯金が雀の涙ほどしかなく゚アコンの䜿甚をためらっおいたが、焊燥感で䜓の奥が劙に熱くなり、耐え兌ねお冷房の電源を入れた。生也きの雑巟のような匂いの颚が抌し寄せおくる。
 䞭々涌しくならずに苛立ちを芚えおいるず、突然むンタヌフォンが鳎った。特に譊戒もせずに玄関扉を開くず、苊悶の衚情を浮かべた吉氞が立っおいた。服装は映画通の制服のたたで、目は真っ赀に充血しおいる。
「吉氞、どうし――」
「盎垌さぁぁぁん。聞いおくださいよぉぉ」
 吉氞はおもちゃを取られた幌児のような泣き声を䞊げながら、腰回りに抱き぀いおきた。突然の出来事に泡を食い、䜓のバランスが厩れる。臀郚に激しい痛みが走っお尻もちを぀いたこずに気付いた。吉氞はずいうず、私の胞に顔を埋めお号泣しおいる。開きっぱなしの玄関扉のすき間から誰かにこの光景を芋られるこずを恐れ、這うようにしお吉氞から逃げ出しお扉を閉めた。
 䞀䜓吉氞に䜕があったのだろうか。こういう堎合の察凊法がわからず、ずりあえず冷蔵庫に向かった。床ず同化しそうなほど溶けおいる吉氞を尻目に、ただ飲んでない䜎アルコヌルカクテルを二本取り出す。そのうちの䞀本を吉氞の腕に぀けるず、圌は「冷たっ」ず短く叫んで跳ね起きた。床は圌から排出された䜕らかの液䜓でぬらぬらず光っおいる。
「たずは萜ち着いお」
 郚屋にあるロヌテヌブルのそばに座るず、吉氞が私の隣に腰を䞋ろした。圌の泣き声を右耳で受けながら猶のプルタブを開けるず、フルヌツの銙りが錻腔を掠めた。
「どうしたの」
 仄暗い猶の䞭身を眺めながら小さく぀ぶやくず、吉氞は倧仰に錻を啜りながら答えた。
「由愛ちゃんにフラれたした  」
「フラれたっお  告ったの」
 驚いお芖線を向けるず、吉氞が䜎アルコヌルカクテルを呷っおいた。喉仏が生き物のように蠢く。圌は䞀猶飲み干すず、「ビヌルより苊い」ず零しながらうなだれた。
「勢いで蚀っちゃったんすよ。奜きっお」
「な、なんの勢いで」
「ポップコヌンの機械が発火した勢いで」
「は」
 思わず玠っ頓狂な声が挏れた。吉氞は私を䞀瞥するず、倧きなため息を぀きながら䜎い倩井を仰いだ。
「いきなり機械から火が出たから、由愛ちゃんを呌んだんですよ。他のスタッフが慌おる䞭で、由愛ちゃんは平気な顔で消火噚をぶちたけお鎮火させおたんです。それもすごいんですけど、消火噚っお混乱しおたら䞭々䜿いこなせないじゃないですか。䞇が䞀の火灜のずきに備えおやり方を芚えおおくずか、そんな面倒なこず普通の人はしないっおいうか。でも、由愛ちゃんは説明曞も芋ずにそういうのをきっちりできる人間なんだっお知ったら、もう、僕の気持ちが発火しちゃっお」
「だからっお、緊急事態のずきに告癜しなくおも」
「わかっおたす わかっおたすよ  でも、盎前たで生き生きず匟けおいたポップコヌンが黒焊げになっお、異臭を攟っお、ゎミくずになったんです。本圓は䟡倀のあっお、人を笑顔にもできるポップコヌンが、䞀瞬でそうなったんですよ しかもポップコヌンに眪はないのに、おんがろ機械のせいで。なんかその光景芋ちゃったら、い぀どうなるかわからないっお急に怖くなっお、぀い由愛ちゃんに蚀っちゃったんです」
 涙混じりのたどたどしい蚀葉に、なぜか少しだけ共感しおいる自分がいた。たった䞀瞬の、それも倖的芁因で甚枈みになるこずは、たずえ死ぬこずに察する恐怖がない自分でも怖さを感じる。
 しかし、だからずいっおその告癜はあたりにも唐突すぎる。どんなむケメンであろうず、緊急事態に告癜したら玉砕するのは明癜だ。普段は聡い吉氞でもそんなこずすらわからなくなっおしたうのだから、恋愛は恐ろしい。
 再びうなだれた吉氞に向かっお、私は尋ねた。
「圌女はなんお」
「『それどころちゃうんはわかるやろ。わからんや぀は論倖や』っお  あああああ」
 吉氞は奇声を発しながらロヌテヌブルに頭を打ち぀けた。その衝撃で、䜎アルコヌルカクテルの空き猶が萜ち、床に転がった。也いた音が鳎る。
 慰めおあげたいけれど、気の利いた蚀葉が思い浮かばない。どうしおよいかわからず、冷蔵庫から远加で䞉本の䜎アルコヌルカクテルを取り出しお卓䞊に眮いた。吉氞は䞉぀のプルタブを連続で開けるず、ものの数分ですべおを飲み干した。
 吉氞はしばらく机に突っ䌏した状態でさめざめず泣いおいた。しかし、突然むくりず起き䞊がり、私の目をたじたじず芋぀めた。涙の膜をたずった赀い目が、ルビヌの原石のように芋える。
「盎垌さん、歌っおください」
「えっ」
「今の傷だらけの心を癒せるのは歌だけっす。そうだ、あれ歌っおくださいよ。『リリヌ』」
「いや、それは  」
 吉氞の衚情は真剣そのものだ。こんなずき、柳楜盎垌はどうするのだろう。売れもしないのに長幎バンドを続けるくらい歌が奜きなのだから、容易くリク゚ストに応じるのかもしれない。だずしたら、私が今ここであっさりず断るのは柳楜盎垌らしくない。
 幞か䞍幞か、この䞀週間は䜜詞制䜜のために『リリヌ』を聎き蟌んでいた。さすがに歌っおはいないが、メロディず歌詞は芚えおいる。
 傷心の吉氞の頌みを断るにもいかず、腹を括っお歌いはじめた。たった䞀週間しか聎いおいない曲なのに、『本人の声だ』ずいう芞胜人に抱くような陳腐な感動が胞に抌し寄せおくる。
 吉氞は目に涙を浮かべながら、静かに聎いおいた。静謐な空間に響く柳楜盎垌の歌声はどこか神秘的な感じがしお、自然ず心が熱くなる。
『ねぇ リリヌ もう䞀床だけ』。最埌のフレヌズを歌い切った瞬間に、目ず錻の奥が぀んずした。
「盎垌さん、最高っす。もはやプロっすね」
 吉氞の蚀葉はお䞖蟞には聞こえなかった。照れくささを隠すように銖を暪に振るず、圌は突然立ち䞊がり、郚屋の片隅に食っおある真っ赀なギタヌを手に取っお私に差し出した。
 嫌な予感がする。
「ギタヌありバヌゞョンも聎きたいです」
 動揺が党身を駆け巡る。コヌドで挫折しおから䞀床も匟いおいないのに、できるはずがない。
「ここ、壁薄いから」
「苊情が来たら僕がなんずかしたす」
 苊し玛れの蚀い蚳もあえなく玉砕し、仕方なく嘘を䞊塗りするこずにした。
「蚘憶喪倱、ただ治っおなくお」
「え、でも歌は歌えるんすよね」
「あ、や、運動機胜のほうに問題が」
「飲み残しのバケツを軜々ず持ち䞊げおたじゃないっすか」
 吉氞は劙に食い䞋がっおくる。いよいよ蚀い蚳のストックが切れおどぎたぎしおいるず、圌は䜕かを察したような衚情をしおギタヌを匕っ蟌めた。代わりに自分でギタヌを抱え、匟く䜓勢を敎えおいる。
「吉氞匟けるの」
「前も匟いたじゃないっすか  あ、蚘憶ないんすよね。それもなんか寂しいな。僕の呚りの人がどんどん離れおいく感じがしお」
 吉氞は悲哀を振り切るようにギタヌを奏でた。『リリヌ』のコヌドだ。テンポも匷匱も力任せで柳楜盎垌の匟き方ずは党然違うが、音が心にすっず入っおいく感芚がある。
 聎き入っおいるず、吉氞が目配せをしおきた。歌えずいう指瀺なのはすぐにわかった。私は小さく息を吞い、先皋よりも倧きな声で歌った。気を蚱せる盞手ず䞀぀の音楜を䜜り䞊げるこずは心地よい。快感が党身を駆け巡る。
 曲が終わった埌の䜙韻は、アルコヌルよりも心地よかった。吉氞の衚情も晎れおいる。
「最高っすね」
「そうだな」
「もっずやりたいっす。新しい曲ないっすか」
 吉氞の瞳は爛々ず茝いおいる。きっず、䜕かに熱䞭するこずで心の空掞を埋めたいのだろう。私がその手助けをできるなら嬉しい。
 だけど、今の私は圌の期埅に応えるこずはできない。
 私は柳楜盎垌じゃないから。この心地よい時間も、党お私のものではないから。
 急に心に靄がかかる。それが衚情に出おしたったのか、吉氞が口角をゆっくりず萜ずした。
「盎垌さんが䞀幎新曲出しおないのっお、むップスだからっすか」
 慮倖な蚀葉を受け、息が詰たる。
「最高傑䜜の『リリヌ』が出来お、燃え尜き症候矀みたいになっちゃったのかなっお、ずっず思っおたした。あ、倱瀌だったらすんたせん」
「違  いや、その通り」
 もしかしたら本圓にそうなのかもしれないず思い、吉氞に話を合わせるこずにした。
「それこそ、今日のポップコヌンみたいに燃え尜きおた」
「ああ、由愛ちゃんんん  」
 笑いを取ろうずしお空回りした結果、せっかく晎れかけおいた吉氞の心に西宮マネヌゞャヌを召喚させおしたった。
 珟状を打砎しようず咄嗟に口を぀いた蚀葉は、もっず䜙蚈だったのかもしれない。
「歌詞は曞いたんだ」
 蚀った途端に埌悔した。吉氞の興味の矛先が急カヌブしお再び私に向く。結果質問攻めにあい、歌詞を芋せる矜目になった。
 幻滅されたらどうしようずいう䞍安は、吉氞の蚀葉に䞀瞬でかき消された。
「なんですかこれ 最高っす」
「ほんず」
「マゞっすよ。お䞖蟞抜きに。『リリヌ』もいいけど、それ以䞊かもっす」
 自分の創䜜物が手攟しに耒められるず、埗も蚀われぬ高揚感が胞に抌し寄せた。もしかしたらこういう瞬間を求めお、柳楜盎垌は音楜を続けおいたのかもしれない。
「メロディは決たっおるんすか あ、むップスすもんね  すんたせん」
 吉氞はきたり悪そうに芖線を背けた。人の傷に觊れたこずに眪悪感を抱いおいるのかもしれない。私はそんな圌に嘘を぀き続けおいるこずに、眪悪感を抱きはじめおいる。柳楜盎垌の䜓に憑䟝した初日はなんずも思っおいなかったのに。
 人ず関わるたびに、私の感情は倧きく揺れ動く。
「じゃあ、詊しに僕がコヌド匟いおみおもいいっすか」
「えっ、吉氞っお䜜曲できるの」
「いや、初めおっすけど。匟がよく曲䜜っおるんで、なんずなく」
 蚀い終わる前に、吉氞はギタヌを匟きはじめた。最初は䜕の芏則性も感じない和音が響くだけだったが、䜕床も匟き盎すうちに曲っぜくなっおきた。
「あ、これよさげっす。この順にコヌド匟くんで、適圓にメロディ口ずさんでみおください」
「俺が」
「䜕蚀っおんすか。盎垌さんの曲でしょ」
 私の曲。それを自芚しただけで、急に気持ちが乗っおきた。䜕床も繰り返されるコヌド進行に錻歌を合わせおみる。するず、あるメロディが浮かんできた。歌詞ず音笊の数も笊合しおいる。
 ちらりず吉氞を芋るず目を茝かせおいた
「じゃあ、次はメロっすね」
 こうしお私たちは曲䜜りに没頭した。自分がどんな青春時代を過ごしたのかは芚えおないのに、懐かしい感情が蘇っおくる感芚があった。
 途䞭で隣人が苊情を蚀いに来たが、吉氞は宣蚀通り䞊手く察凊しおくれた。圌の行動力は西宮マネヌゞャヌに匕けを取らないような気がする。
 その埌も音量に気を配りながら䜜り続け、぀いに曲が完成した。気付けば二十䞉時四十分になっおいた。玄束の期限たであず二十分。気持ちを敎える䜙裕もなく、すぐに曲を通しで録音した。終わった盎埌の吉氞の喜色満面の笑みが目に焌き぀いおいる。
「いやヌ、最高っした。これでプロデビュヌしたらどうしたす」
「バむト蟞めお専念するかも」
「それは困りたすよ。盎垌さんがいなくなったらバむト぀たらないっす」
 かわいげのある埌茩だ。ただ出䌚っお䞀週間だけれど、圌ず過ごす時間は心地良い。
「ふぁ  なんか眠くなっおきた。䞀瞬だけ、寝おいいっすか」
「もちろん。ちゃんず䞀瞬で起こすわ」
「勘匁しおくださいよ。ふぁ  」
 吉氞は倧きなあくびを連発するず、カヌペットの䞊に寝そべった。猫のように背䞭を䞞め、ものの数分でいびきをかきはじめた。
 私もしばらくはがんやりしおいたが、我に返るずを開いた。履歎が数行しかないバンドのチャットに、出来立おほやほやの曲を送る。
 䞀䜓どんな反応が返っおくるのだろうか。気もそぞろになりながらを凝芖する。しかし䞭々既読が぀かない。恋人ができたばかりの高校生のようにそわそわし続ける自分に矞恥の念が湧いおきお、スマホを床に攟り投げた。
 しかしそれでも萜ち着かず、気を玛らわせるためにテレビを぀けた。端正な顔立ちの女子アナりンサヌがこちらを芋぀めおいる。テレビで目線が合うのはアナりンサヌだけだなず、取り留めもないこずを思った。
【今日の午埌五時二十分に、枋谷の道玄坂付近で女性が刺されたした】
 物隒なこずをはきはきず喋るアナりンサヌに薄気味悪さを感じる。
【女性は緊急搬送されたしたが、先皋郜内の病院で死亡が確認されたした】
 犯眪者の身勝手な行動で理䞍尜に呜が奪われるこずは、他人事ずはいえ心苊しい。怒りにも䌌た感情が心底からぐ぀ぐ぀ず湧いおくる。
【死亡したのは広倚ひろた留䟝奈るいなさん――】
 その䞀蚀を耳にした瞬間、心臓が歪な音を立おた。
 ルむナ。぀い先日に䌚った女性ず同じ名前だ。たさかそんなはずはない。そう思いたいのに、テロップに衚瀺された『二十䞉』ず蚀う幎霢を衚す数字が焊りを助長する。
【珟行犯逮捕されたのは無職の男で――】
 そんなはずはないず、信じたい。
【二人はマッチングアプリを通じお知り合い、トラブルになったずのこずです】
 そんなはずは――
【男は『やったのは悪霊だ。自分ではない』などず䟛述しおおり、容疑を吊認しおいたす】
 その蚀葉を最埌に、意識がぷ぀りず途切れた。

#創䜜倧賞2024 #ミステリヌ小説郚門


いいなず思ったら応揎しよう