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Photo byrich_camel9852

エスケープ

    何もない時間。
    楽しい予定も、嫌な予定もない。


    「この何もない時間が幸せだよね」
    と優しく語る人を見るにはサングラスが必要な私。



    今日はサングラスをかけさせる側になるべく、この何もない時間の幸せに浸ろうとしていた。



    「やばい、早く逃げて!」
    誰かが叫んでいる。



    何が“やばい”のか考えを巡らす。
    携帯の契約のことから、遠い知り合いの恋の行方まで。


    不安のカケラを集めると、なんだか安心する。


    それでも逃げきれない。
    何かが迫ってくる。


    でも今日は、ヒーローの気分。
    カケラ集めの手を止めて、感じてみよう。
    戦おう。

    本当はカケラなんかじゃなく、宝石を集めたい。
    幸せの宝石を、そっと手に置いてみる。


    その辺に置いたらなくなってしまうかもしれない。 割れてしまったら大変だ。
    不安が宝石をぎゅっと握りしめた。


    確かめようと手を開くと、宝石は輝きを失って、もうその辺の石と見分けがつかなくなっていた。


    「だったら持っていない方がマシだ」


    握りしめなくていいように、宝石を塀で囲った。 



    塀の中にいるときは、安心して宝石を愛でられる。



    その一時の幸せを、噛みちぎるほどかみしめる。


    私を見る誰かは、サングラスをかけているだろうか?


    ひとしきり愛でたら、塀の外に出た。


    何もない世界。
    楽しい予定も、嫌な予定もない。



    「早く逃げて!」
    いまだに誰かが叫んでいる。


    でも今日は、戦士の私。
    勇者の剣だって持ってる。
    敵を見つけようと目を凝らした。



    ありとあらゆる宝石が、空気に溶け出していた。 掴んでも掴んでも、形にならない。


    輝く空気は私を包み込む。



    もう逃げられないかもしれない。

    “大切なあの人への罪悪感”と“また失う怖さ”のバリアでこの場をしのぐ。


    「早く逃げて!」
    彼女の声が大きくなる。


    走り出した。
    光の空気のことなんて忘れるまで。


    爆走しながら、“やばい”を探す。
    携帯の契約のこと、遠い知り合いの恋の行方、今日お米を買わないと、明日はそうめんしかない事まで。


    不安のカケラを集めると、なんだか安心した。



    ここまでくればもう大丈夫。
    大きく深呼吸した。
    幸せの匂いがする。

    輝く空気が体を循環して去っていった。
    集めたカケラもいつのまにか光の空気に溶けていく。


    もう逃げられない。
    どうでも良くなって、地面に寝そべった。


    見事なまでの白旗。
    戦士失格。
    悪を倒して“ハッピーエンド”とは問屋がおろさなかった。
    サングラスをかけさせる側にすらなれない。
    日頃の行い?



    光の空気は相変わらず出たり入ったりを繰り返している。


    空っぽだった今が満ちていく。




    窮屈だった鎧を脱いだ。
    剣をエコバッグに持ち変える。


    今日はお米を買いに行く日。



    サングラスだって忘れない。
    メキシコの日差しをなめちゃいけない。



    スーパーに向かいながら、遠い知り合いの恋の行方に想いを巡らせた。



    彼女はバツが悪そうに笑った。

     
     

    Kaz

     
     
    感覚をことばで描いて遊んでます🫧

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