
料理好きの父からのバトン
昔、おばあちゃんの家で過ごした懐かしい思い出。
それは我が家の古き良き思い出であり、私を料理好きにしたルーツがそこにあります。
かれこれ4~50年前に遡ります。
今ではあまり見られない風習ですが、私の曾祖母と祖母が暮らす家では、お正月とお盆には親族が勢ぞろいし、長男である父がすべての調理を企画し皆におもてなしするという『大宴会』が恒例行事になっていました。
そこは父が生まれ育った家で、叔父や叔母にとってもかつて住み馴染んだ懐かしい想い出の場所でした。
祖母達の家
その家は大正時代に建てられた日本ならではの伝統芸術が息づいた純和風家屋。
重厚感と歴史を感じさせる趣きある佇まいは、高度成長期真っ只中で幼少期を過ごした私には、目にするもの全てが目新しく、むしろそのしっとりした落ち着きが大好きでした。
中にいると少しだけ時間の速さが違って感じ、一瞬にして古い時代に誘われて行くようでした。
玄関を入るとまず目に留まるのが漆黒の梁あらわし天井。
開放感だけでなく剥き出しになっている立派な梁には迫力すら感じ、目を見張るものがありました。
(小さかった頃はそれがちょっと怖かったりもしていましたが…)
あがり框を上がると襖や障子、そして柄入りすりガラスの小窓などで仕切られた畳の間が四方に広がっていました。
平屋でしたのでその広がりといったら、果てしなく…とまではいきませんが10部屋近くあったでしょうか。
床の間も二箇所あるとても大きな家でした。
広い縁側から臨む庭も美しく、まるで旅館に来たかのようで皆にとって憩いの場になっていました。
親族総勢20人近くが集い会食をし、おまけに寝泊りをするのにはこの上ない格好の環境だったと言えます。
現代家屋のように壁で仕切られていない襖続きの和室は開閉自在でしたので、時代劇に出てくるような大広間も魔法のように一瞬にして作ることが出来ました。
恒例の"大宴会"もその大広間で行われます。
思い出の夏の夜
夏の夜となれば家中の掃き出し窓は網戸にされ襖や障子は全て開放。
それぞれの和室には部屋いっぱいに蚊帳が吊られ、月明かりを頼りに蚊帳越しに親戚家族を感じながら眠りにつく…
まるでキャンプに来たようなような高揚感と同時に、大切なひとたちがそばにいてくれる安心感が子どもながらにとても心地良かったのを覚えています。
今の時代では防犯上考えられない生活ぶりですが、当時はそれだけ平和だったんでしょうね。
そして熱帯夜もなく過ごしやすい時代だったのかもしれません。
そんな楽しみ尽くしの大宴会でしたが、この日を迎えるまではたとえ身内とは言え皆の期待に添いたい重積もあり、父にとっては楽しみばかりではありませんでした。
父の計画
まず構想を練るところから始まり、食材の調達から当日の調理に片付け、おまけに寝泊まりの準備に及ぶまで…
これら全てを担うわけですから並大抵のことではありませんでした。
その一方で大切な人たちへの"おもてなし"は好きなお料理をふんだんに振る舞える機会でもあり、喜んでもらいたい一心で数ヶ月も前から調理計画を練り出します。
週末になると料理が趣味だった父はいくつものレシピ本を山積みにしメニュー研究に試作にと余念がありません。
それを楽しみにしている人たちの顔を浮かべながら考えるひととき。
きっと父の中ではその日を迎える前から幸せな時間が流れていたのかもしれません。
そして計画が纏まると料亭のお品書きのようにメニューを和紙に手書きすほどの徹底ぶりでした。
それは単に丁寧な仕事やこだわりといったものだけでなく、何よりも大切な人たちへの想いがこうした形になっていたんだと思います。
大宴会の準備
そうしていよいよ大宴会の前日。
調達した持ちきれないほどの食材を遥々祖母たちの家まで運んでいき、そこから宴会の下準備が始まります。
今ならば車でビューンと行きたいところなのですが、残念ながら父は車の運転をしない人だったので、県外から電車やバスを乗り継いでの荷物と家族の大移動はかなりの重労働でした。
そして、残酷なまでにその疲れを癒す間もなく調理開始のホイッスルが鳴り火蓋が切られるのです。
事前の計画とスムーズな工程管理が鍵となるお料理。
父の計画に沿って全てのメニューの時間配分も念入りにシミュレーションした上で、二日間に渡りお料理が作り上げられていきます。
前日は時間のかかる煮物類と当日調理分の下拵え!
当日は早朝より調理開始です。
まだ幼かった私も役に立ちたいと一緒に台所に立っていたのを覚えています。
お昼に始まる会食までは猫の手も刈りたい忙しさ。
(だから子どもの私も少しは貢献できてたかな)
朝から料亭の調理場と化した台所では工場のベルトコンベア並みに作業が進められていきます。
ひとつひとつのお料理が出来上がる毎に個々の器に装われ、次々にお座敷のお膳に配置されていきます。
父を筆頭に母に姉に私、そして祖母も加わり家族総勢での流れ作業です。
会食開始時間に合わせて親族たちは遠方から続々と訪れ、全ての準備が整った頃には勢ぞろいとなるわけです。
大宴会が始まる
それまでの慌ただしさかが嘘のようにその部屋にはあたたかい空気が溢れ、殿様膳に盛られたお料理を前に一斉に乾杯をして、待ちに待った大宴会が始まります。
着座した父も先程までの仕事人から、お客様と同じゆるやかな顔にと変わっていきます。
美味しいものをいただきながら昔話に花を咲かせる父の緩んだ顔を見ると、
"やっぱり人は好きな人たちと美味しいものをいただくことが一番の幸せなんだな"と感じました。
思い出から続くいま
全てのメニューを考え、心地よい宴作りを手掛けた父の姿。
朝早くからコツコツとおもてなし料理を作る母や祖母。
そしてこの宴を楽しみ、昔話に花を咲かせる人たちの笑顔。
そうした先に"誰かの笑顔がある"という、幼い頃からずっと体感してきたこの光景こそが、私をお料理好きにさせたきっかけであり原点なのかなと思っています。
さらに、大変な慌ただしさの中でスピーディーに作業をこなしていくという一種の高揚感もなかなか良いもので
長年続いた一年に二度のこの大きな経験は、
私に"おもてなし"の楽しさや喜びも教えてくれました。
大切な人を喜ばせたい
その顔が見たくてお料理を考え、作る!
そんな時間こそが私を笑顔にさせてくれます。
私の想いを一番表現出来るもの、
それが「お料理」です。