氷河
男は貧しかった。
歳は四十そこそこ、一般的な学校を出て勤めに出なくてはいけない頃、世間では仕事がすっかりなくなっていた。世情というものがよくなかったのだ。
世間というのは冷たいもので、仕事がないにも関わらず労働を求める。冷たい目に晒され、また、食い扶持を持たなければならない男は日銭稼ぎに出ては、尊厳と体を切り売りして少額の金を得ていた。理不尽と不条理が罷り通る環境。周りは時代と男の境遇を知っているから喜んで冷遇迫害を課す。男の慰みは安い酒しかなかった。安い部屋の中で万年床を尻に敷き、静かに飲み下して喉を焼く。ひとしきり酔うと隣人に気を遣いながら涙を落とし、「助けて」と呟くのだ。
親も社会も、勿論世間も、誰も男を助けてくれはしない。不運は全て身から出た錆。誰しもがそう口を揃える。
確かに男は勤勉ではなかった。勉学を怠け遊興に励む日もあっただろう。だがそれは、男のより前に生まれた人間も同じである。彼ばかりが一時の怠惰を甘んじていたわけではない。世間の許しの有無。それだけで、評論が変わるのだ。男が許されるのは空腹に狂い盗みを働いて断罪される時。「かわいそう」と、同情を誘う見せ物にされた時である。
曇天の下、働く男はもう若くない。
削る身も心ももう、薄く、脆い。