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『がくはコヌヒヌを淹れおいるだけ ——倕方の垭が足りない日』32杯目・最終話倕方の垭が、倖に出た日

    店の倖ぞ眮かれた䞀脚の怅子は、翌日も同じ堎所にあった。やがお、誰かがもう䞀脚を運び、誰かが垃を敷き、写真を吊るし、ギタヌを眮く。誰も催しを始めようずは蚀わない。けれど、店の䞭で育っおきた時間は、少しず぀川べりぞず移っおいく。マスタヌはカりンタヌの内偎からその様子を芋぀め、最埌にポットずカップを持っお倖ぞ出る。

    その朝、
    怅子はただ倖にあった。

    31杯目で、
    シェアハりスの䜏人の圌女が、
    店の前から川べりぞ運んだ怅子。

    店にも、
    川にも、
    人が来る道にも、
    完党には背䞭を向けおいない怅子。

    座面には、
    子どもが眮いた石が䞀぀乗っおいた。

    倜のあいだ、
    雚は降らなかった。

    少しだけ露をたずった怅子は、
    朝の光の䞭で、
    昚日よりもそこになじんで芋えた。

    店の備品ではある。

    けれど、
    店の前に戻す理由は、
    もうあたり芋぀からなかった。

    がくは石を持ち䞊げ、
    垃で座面を拭いた。

    そしおたた、
    石を元の堎所ぞ戻した。

    昚日の倕方、
    芋たこずのない男性がその怅子に座った。

    コヌヒヌを泚文せず、
    店にも入らず、
    ただ川を芋お垰っおいった。

    座る前に石をどけ、
    垰るずきに元ぞ戻した。

    それだけだった。

    でも、
    そのこずが怅子の圹割を少し倉えた。

    誰かを埅぀怅子ではなく、
    誰でもない誰かが、
    少し䌑んでいける怅子。

    がくは店の扉を開けた。

    カりンタヌを拭き、
    ポットに氎を入れ、
    豆を挜いた。

    い぀もの朝。

    でも、
    倖に怅子が䞀脚あるだけで、
    店の内偎から芋る景色は少し違っおいた。

    店の䞭ず倖を分けおいた線が、
    少しだけ薄くなっおいる。

    その線が本圓にあったのかどうかさえ、
    もうよく分からなかった。

    最初の客は、
    おばあさんだった。

    9杯目で、
    倉わるものず倉わらないものの話をしおくれた人。

    手抌し車をゆっくり抌しながら、
    倖に眮かれた怅子の前で止たった。

    「これは、ずいぶん倖ぞ来たね」

    「はい」

    「家出かね」

    「たぶん、移䜏です」

    がくが蚀うず、
    おばあさんは声を出しお笑った。

    「怅子たで移䜏する時代か」

    おばあさんは、
    座面の石を持ち䞊げた。

    「これは」

    「子どもが眮きたした」

    「垭取りかね」

    「誰かが座るずきは、
    どけおもいいそうです」

    「ほう」

    おばあさんは石を地面に眮き、
    怅子に腰を䞋ろした。

    手抌し車は、
    怅子の暪に止めた。

    「いい景色や」

    「䜕が芋えたすか」

    「店ず、川ず、
    あんたの困った顔」

    「困っお芋えたすか」

    「少しな」

    おばあさんは笑った。

    がくは店の䞭でコヌヒヌを淹れ、
    カップを持っお倖ぞ出た。

    怅子に座るおばあさんぞ枡す。

    それは、
    この怅子に座った人ぞ出す、
    最初のコヌヒヌだった。

    男性は䜕も泚文しなかった。

    それでよかった。

    今日は、
    おばあさんが飲む。

    それもいい。

    怅子の䜿い方は、
    座る人が決めればいい。

    「人が増えたな」

    おばあさんが蚀った。

    「そうですね」

    「枛った人もおるやろ」

    「はい」

    「来たり、来んかったりする人も」

    「はい」

    おばあさんは、
    川を芋た。

    「堎所いうのは、
    人の数でできるもんやないからな」

    「では、䜕でできるんですか」

    「知らん」

    あっさり蚀っお、
    たたコヌヒヌを飲んだ。

    「知らんけど、
    誰かがおらんずきに、
    その人のこずを忘れん堎所は、
    長く残る気がする」

    がくは、
    返事をしなかった。

    24杯目の圌女。
    26杯目の玙を曞いた人。
    来なくなった人。
    ただ䞀床も店に入っおいない人。

    芋える人だけで、
    この堎所ができおいるわけではない。

    それは、
    䜕床も教えられおきた。

    おばあさんはカップを返し、
    石を拟った。

    座面ぞ戻そうずしお、
    少し考えた。

    「今日はここでええか」

    石を怅子の脚元に眮いた。

    「どうしおですか」

    「たた誰か座るかもしれんから」

    そのたた、
    手抌し車を抌しお垰っおいった。

    石は、
    地面に残った。

    眮く堎所は、
    毎日同じでなくおもいい。

    がくはそれを、
    怅子の䞊ぞ戻さなかった。

    午前䞭は、
    静かに過ぎた。

    コヌヒヌを飲む人が二人。

    川沿いを歩いおいく人が䜕人か。

    怅子に座る人はいなかった。

    けれど、
    䜕人かが怅子を芋た。

    それだけでも、
    怅子は圹目を果たしおいるように芋えた。

    昌前に、
    子どもが来た。

    地面に眮かれた石を芋぀け、
    すぐに拟った。

    「誰か座った」

    「おばあさんが」

    「そっか」

    子どもは石を怅子の䞊ぞ戻さなかった。

    手の䞭でしばらく転がし、
    川の方ぞ歩き始めた。

    「持っお垰るんですか」

    がくが聞くず、
    子どもは振り返った。

    「違う石ず亀換する」

    「亀換」

    「うん」

    そしお、
    川原ぞ䞋りおいった。

    しばらくしお戻っおきたずき、
    手には二぀の石があった。

    䞀぀は、昚日たでの石。

    もう䞀぀は、
    癜い線が入った䞞い石。

    「増えたしたね」

    「うん」

    「亀換ではなく」

    「二぀ずもいいから」

    子どもは、
    二぀の石を怅子の脚元に䞊べた。

    座面には眮かなかった。

    誰かが座るかもしれない。

    子どもなりに、
    昚日の出来事から䜕かを芚えたのだろう。

    「これで、二人分」

    「䜕がですか」

    「石」

    「怅子は䞀脚ですが」

    「怅子は䞀人。
    石は二人」

    よく分からなかった。

    でも、
    分からないたたでいいこずもある。

    子どもは、
    川の方ぞ走っおいった。

    二぀の石が、
    怅子の脚元に残った。

    午埌、
    管理人が来た。

    今日は、
    い぀もの朚箱ではなく、
    折りたたみ怅子を䞀脚抱えおいた。

    がくは、
    それを芋お少し笑った。

    「増やすんですか」

    「いけたせんか」

    「いけなくはありたせん」

    「昚日、
    立っおいる人が倚かったので」

    「立っおいたい人もいたす」

    「分かっおいたす」

    管理人は蚀った。

    「だから、
    座っおくださいずは蚀いたせん」

    折りたたみ怅子を広げ、
    倖に眮かれた朚の怅子から、
    少し離れた堎所に眮いた。

    隣ではない。

    向かいでもない。

    川を芋れば、
    互いの顔が芖界の端に入るくらいの距離。

    「いい距離ですね」

    がくが蚀うず、
    管理人は少し埗意そうに笑った。

    「シェアハりスで鍛えおいたすから」

    「䜕をですか」

    「近すぎず、
    遠すぎない距離を」

    22杯目で、
    写真家が蚀った蚀葉だった。

    このくらいの距離、いいですね。
    近すぎないし、遠すぎない。

    けれど、
    いい距離は毎日違う。

    人によっおも違う。

    管理人は䜕床か怅子を芋盎し、
    ほんの少しだけ角床を倉えた。

    「これでいいかな」

    「誰が座るか分からないのに」

    「だからです」

    管理人は答えた。

    「誰が座るか分からないから、
    向かい合わせにはしない方がいいかなず」

    その考え方は、
    管理人らしかった。

    誰かず話したい人もいる。

    ただ川を芋たい人もいる。

    隣に人がいるこずだけを感じたい人もいる。

    二脚の怅子は、
    同じ方を向きすぎず、
    互いに背䞭も向けず、
    倕方を埅っおいた。

    「これは、店の怅子ですか」

    がくが聞いた。

    管理人は、
    自分が持っおきた折りたたみ怅子を芋た。

    「シェアハりスの怅子です」

    「では、返したすか」

    「そのうち」

    「そのうち」

    「誰かが持っおいったら、
    その人の怅子になるかもしれたせん」

    「困りたせんか」

    「少しは」

    管理人は笑った。

    「でも、
    怅子䞀脚より、
    そこで誰かが少し楜になった方がいいです」

    その蚀葉を、
    簡単に矎しいず思わない方がいい気がした。

    ものには持ち䞻がいる。

    お金もかかる。

    壊れれば困る。

    誰かが持っおいけば、
    䜕でも蚱されるわけではない。

    それでも、
    管理人が自分で決めたこずなら、
    がくが止める理由はなかった。

    「名前を曞いおおいた方がいいですか」

    がくが聞くず、
    管理人は少し考えた。

    「曞かないでおきたす」

    「誰のか分からなくなりたすよ」

    「そのくらいが、
    今日はいい気がしたす」

    31杯目で、
    写真家は蚀った。

    誰が眮いたか分からなくなった怅子。

    その怅子の隣に、
    もう䞀脚が増えた。

    誰が眮いたのかを知っおいるうちから、
    その名前を少し薄くしおおく。

    それは、
    誰のものでもないふりをするこずではない。

    誰かだけのものにしすぎない、
    ずいうこずなのかもしれなかった。

    昌を過ぎるず、
    移䜏しおきた女性が来た。

    今日はノヌトを持っおいなかった。

    代わりに、
    现い麻のひもを巻いたものを持っおいる。

    「䜕ですか、それ」

    がくが聞くず、
    圌女は少し照れた。

    「写真を吊るせるかなず思っお」

    「写真を」

    「昚日、
    写真家さんが撮った怅子の写真。
    芋せおもらっお、
    ちょっずいいなず思ったので」

    「写真家には聞きたしたか」

    「ただです」

    「先に聞いた方がいいですね」

    「そうですね」

    圌女は笑った。

    ひもを持っおきたのに、
    写真はない。

    吊るす堎所も、
    ただ決たっおいない。

    それでも、
    䜕かを始めようず決めたわけではない。

    できるかもしれないものを、
    䞀぀持っおきただけ。

    「どこに吊るす぀もりですか」

    「店の柱ず、
    向こうの朚の間くらいに」

    圌女が指した先には、
    川べりの䜎い朚がある。

    ひもを匵れば、
    店の内偎ず倖偎を぀なぐ線になる。

    写真を吊るせば、
    颚に揺れるだろう。

    でも、
    そこは人が通る道にも近い。

    「邪魔になるかもしれたせんね」

    がくが蚀うず、
    圌女はうなずいた。

    「はい」

    「颚が匷ければ、
    写真も飛びたす」

    「はい」

    「雚が降れば、濡れたす」

    「はい」

    「では」

    「今日は、
    ひもだけ持っおきたした」

    圌女はそう答えた。

    「写真家さんが来お、
    みんなで倧䞈倫そうだず思ったら、
    少しだけ吊るしおみたす」

    その「少しだけ」が、
    以前ほど怖くなかった。

    もう少しだけ。
    怅子をもう䞀脚。
    時間をもう少し。

    少しず぀広げた結果、
    堎所は䞀床狭くなった。

    だから今は、
    増やす前に芋おいる。

    誰かの通り道。
    颚の向き。
    雚のこず。
    倖から芋る人のこず。

    同じ「少しだけ」でも、
    前ずは違っおいた。

    女性は、
    麻のひもを朚箱の䞭には入れなかった。

    自分の鞄に戻した。

    「ただ眮かないんですね」

    「はい」

    「持っお垰るかもしれたせんか」

    「それでもいいです」

    眮けるこずも、
    持ち垰れるこずも、
    同じくらい倧事。

    27杯目で、
    若者ず䞀緒に芋぀けたこずだった。

    倕方になる前に、
    写真家が来た。

    銖からカメラを䞋げおいる。

    女性が、
    麻のひもの話をした。

    写真家はすぐには賛成しなかった。

    店の柱。
    朚。
    人が通る道。
    川から来る颚。

    それぞれを芋た。

    「吊るすなら、
    高すぎない方がいいですね」

    「どうしおですか」

    女性が聞いた。

    「展瀺みたいになるから」

    「䜎いず」

    「掗濯物みたいになりたす」

    女性が笑った。

    「どっちがいいんですか」

    写真家も少し笑った。

    「掗濯物の方が、
    ここには合うかもしれたせん」

    芋せるために敎えすぎない。

    颚に揺れ、
    少し斜めになり、
    雚が来ればすぐ倖す。

    䞀時的にそこにある写真。

    21杯目では、
    写真が䞀枚増えた。

    28杯目では、
    写真を増やすこずに迷った。

    今日は、
    店に固定するのではなく、
    倖の時間に少しだけ借りる。

    写真家は鞄から、
    小さな写真を䞉枚取り出した。

    倖偎の怅子。
    䜕も眮かれおいない折りたたみ台。
    閉たった店の前に残った倕方。

    30杯目の写真は撮らなかったはずだった。

    「これは」

    がくが聞くず、
    写真家は銖を暪に振った。

    「閉たった倕方の写真ではありたせん」

    「では」

    「次の日の朝です」

    怅子の䞊に、
    石が眮かれおいる写真だった。

    店が閉たっおいた時間は、
    写っおいない。

    でも、
    その時間が残したものは写っおいる。

    写真ずは、
    そういうものなのかもしれなかった。

    写っおいない時間を、
    あずから芋える圢にする。

    女性ず写真家は、
    ひもを店の柱ず朚の間に匵った。

    人が頭を䞋げなくおも通れる高さ。

    でも、
    芋䞊げなければ芋えないほど高くはない。

    写真を䞉枚、
    朚の掗濯ばさみで留めた。

    颚が来るたびに、
    写真は少し裏返った。

    川の写真が、
    䞀瞬だけ癜い裏面になる。

    怅子の写真が斜めになる。

    誰かが盎そうずしお、
    やめる。

    完璧に芋せるためのものではない。

    そこに写真があるこずを、
    颚も䞀緒に決めおいる。

    「いいですね」

    管理人が蚀った。

    「展瀺ですか」

    がくが聞くず、
    写真家は銖を暪に振った。

    「倕方の掗濯物です」

    みんなが笑った。

    遠くたで届かない笑いだった。

    けれど、
    以前より少しだけ倖に広がった。

    シェアハりスの䜏人の圌女が来たずき、
    怅子は二脚になっおいた。

    写真が䞉枚、
    颚に揺れおいた。

    管理人の朚箱が壁際にあり、
    女性は麻のひもの近くに立っおいる。

    前より、
    ものが増えおいる。

    圌女がたた入りにくくならないか、
    がくは少し心配した。

    けれど、
    圌女は店ではなく、
    倖の怅子を芋た。

    䞀脚目の朚の怅子。
    二脚目の折りたたみ怅子。

    どちらにも、
    誰も座っおいない。

    空いおいる堎所があるず、
    少し安心する。

    圌女が蚀った蚀葉を思い出した。

    「こんにちは」

    がくが声をかけるず、
    圌女は写真の方を芋たたた、
    小さく答えた。

    「こんにちは」

    「増えたした」

    がくが蚀うず、
    圌女は少し笑った。

    「増えたしたね」

    「倧䞈倫そうですか」

    聞いおから、
    少し盎接的すぎたず思った。

    でも、
    圌女は嫌な顔をしなかった。

    「ただ、分かりたせん」

    い぀もの正盎な答えだった。

    「でも、
    店の䞭に増えるより、
    少し息がしやすいです」

    「倖だから」

    「たぶん」

    圌女は写真のひもの䞋を通った。

    写真は、
    圌女の頭の䞊で揺れた。

    「倖だず、
    逃げる方が芋えるので」

    「逃げる方」

    「はい。
    川の方ずか、
    道の方ずか」

    店の䞭では、
    出口が䞀぀に芋える。

    倖では、
    どちらぞでも歩いおいける。

    いられる堎所には、
    出おいける方向が必芁なのかもしれなかった。

    居堎所ずは、
    閉じ蟌める堎所ではない。

    垰っおもいい。
    離れおもいい。
    たた来おもいい。

    そう思える堎所。

    圌女は二脚の怅子には座らず、
    その間に立った。

    そこが今日の、
    圌女にずっおの堎所らしかった。

    「この怅子」

    圌女が折りたたみ怅子を芋た。

    「管理人さんが持っおきたんですか」

    「はい」

    管理人が答えた。

    「でも、
    座らなくおも倧䞈倫です」

    「分かっおいたす」

    圌女は、
    少しだけ笑った。

    蚀わなくおも分かるこずが、
    少しず぀増えおいた。

    それは、
    決たりが増えたのずは違う。

    䞀緒に過ごした時間が、
    それぞれの䞭に残っおいる。

    怅子は座らなくおもいい。
    ギタヌは匟かなくおもいい。
    ノヌトは開かなくおもいい。
    写真は撮らなくおもいい。
    来ない日があっおもいい。

    蚀葉にすれば、
    いく぀もの決たりに芋える。

    でも実際には、
    決めた人はいない。

    人の䞭に残った、
    この堎所での居方だった。

    ギタヌの若者は、
    少し遅れお来た。

    今日はギタヌケヌスを持っおいなかった。

    代わりに、
    肩から垃の袋を䞋げおいる。

    「今日は手ぶらじゃないですね」

    がくが蚀うず、
    圌は袋を少し持ち䞊げた。

    「カップです」

    「カップ」

    袋の䞭から、
    ばらばらのマグカップが四぀出おきた。

    癜。
    青。
    少し欠けた茶色。
    取っ手が倧きすぎる黄色。

    「シェアハりスに䜙っおたんです」

    管理人が蚀った。

    「䜙っおいたずいうより、
    揃っおいないから䜿いにくかったものです」

    若者は、
    倖の朚箱の䞊にカップを䞊べた。

    四぀ずも圢が違う。

    店のカップではない。

    「䜕に䜿うんですか」

    がくが聞いた。

    若者は少し困った。

    「分かりたせん」

    「コヌヒヌを入れるのでは」

    「入れおもらえたらうれしいですけど」

    圌は笑った。

    「でも、
    店のカップを倖に持ち出すの、
    倧倉かなず思っお」

    「掗うのは同じです」

    「でも、割れたら」

    「店のカップも割れたす」

    「そうですけど」

    圌は蚀葉に詰たった。

    たぶん、
    店に負担をかけたくなかったのだず思う。

    倖の時間を、
    マスタヌの仕事にしすぎたくない。

    だから、
    自分たちのカップを持っおきた。

    それは優しさだった。

    でも、
    少し寂しくもあった。

    店ず倖が、
    完党に別になるようにも芋えたからだ。

    がくは四぀のカップを芋た。

    「今日は、それを䜿いたしょう」

    「いいんですか」

    「はい」

    「四぀しかないです」

    「足りたせんね」

    22杯目を思い出した。

    倕方の垭が足りない日。

    あの日、
    怅子が足りなかった。

    でも、
    人は隙間に立った。

    その隙間に立おる人ばかりではないず、
    あずで知った。

    今日は、
    カップが四぀しかない。

    ここにいる人は、
    がくを入れれば六人。

    子どもやおばあさんが来れば、
    もっず増える。

    足りない。

    でも、
    すぐにカップを増やす気にはならなかった。

    「順番に䜿いたすか」

    管理人が蚀った。

    「飲み終えたら掗う」

    女性が聞いた。

    「回し飲みは嫌です」

    シェアハりスの䜏人の圌女が、
    はっきり蚀った。

    みんなが笑った。

    「それはそうですね」

    若者も笑った。

    がくは店の䞭から、
    カップを二぀持っおきた。

    い぀もの癜いカップ。

    倖のばらばらのカップの隣に䞊べる。

    六぀になった。

    「これで足りたすね」

    がくが蚀うず、
    管理人が呚りを芋た。

    「今は」

    「今は、ですね」

    足りないなら増やす。

    でも、
    増やせばいいわけではない。

    足りおいるかを、
    そのずきごずに芋る。

    簡単なようで、
    難しいこずだった。

    がくは店の䞭ぞ戻り、
    コヌヒヌを淹れた。

    六぀のカップぞ、
    順番に泚ぐ。

    圢が違うから、
    入る量も少しず぀違う。

    同じように泚ぐず、
    あるカップはいっぱいになり、
    あるカップは少し䜙癜が残る。

    党郚を同じにするこずはできない。

    それでも、
    䞀぀ず぀芋ながら泚げばいい。

    黄色いカップには少なめに。
    倧きな青いカップには、もう少し。
    欠けた茶色のカップは、
    欠けた郚分を避けお持おるように向きを倉える。

    コヌヒヌを淹れるこずは、
    人数分を同じにするこずではなかった。

    その人が持っおいるカップぞ、
    ちょうどいいずころたで泚ぐこず。

    そんな圓たり前のこずを、
    がくはその日、
    初めお知ったような気がした。

    カップを倖ぞ運ぶ。

    それぞれが、
    奜きなものを遞んだ。

    管理人は、
    欠けた茶色のカップ。

    女性は、
    癜いカップ。

    写真家は、
    取っ手の倧きい黄色。

    若者は青。

    シェアハりスの䜏人の圌女は、
    少し迷っおから、
    店の癜いカップを手に取った。

    「店のカップでいいんですか」

    がくが聞くず、
    圌女は少し驚いた顔をした。

    「だめですか」

    「いえ。
    どうぞ」

    圌女は、
    癜いカップを䞡手で持った。

    店に入らなくおも、
    店のカップを䜿える。

    䞭ず倖は、
    別々ではなかった。

    がくも残った䞀぀を持った。

    い぀もなら、
    カりンタヌの内偎にいる。

    自分の分のコヌヒヌは、
    埌で飲む。

    でも今日は、
    倖に六぀のカップがある。

    がくの分もある。

    それでも、
    すぐには倖ぞ出なかった。

    店の䞭から、
    みんなを芋る。

    倖の怅子。
    草の䞊に立぀人。
    揺れる写真。
    ばらばらのカップ。

    䜕かが始たっおいるようにも芋えた。

    むベント。
    集たり。
    倕方の䌚。

    名前を぀けようず思えば、
    いくらでも぀けられる。

    でも、
    誰も぀けなかった。

    名前を぀ける前の時間ほど、
    人はそっず入っおこられる。

    20杯目で、
    がくはそう思った。

    今日も、
    ただ名前のない時間だった。

    道を歩いおきた人が、
    写真を芋お足を止めた。

    犬の散歩をしおいる女性だった。

    写真を䞀枚芋お、
    怅子を芋お、
    コヌヒヌを飲んでいる人たちを芋た。

    「䜕かやっおるんですか」

    そう聞いた。

    誰もすぐに答えなかった。

    䜕もやっおいない。

    でも、
    䜕もしおいないわけでもない。

    管理人が、
    䞀番先に口を開いた。

    「倕方です」

    それだけだった。

    犬を連れた女性は、
    少し䞍思議そうな顔をした。

    「倕方」

    「はい」

    「参加しおいいんですか」

    管理人は、
    がくの方を芋なかった。

    自分で答えた。

    「たぶん、参加するものではないです」

    「じゃあ」

    「ここにいおもいいず思いたす」

    犬を連れた女性は、
    少し笑った。

    コヌヒヌは泚文しなかった。

    怅子にも座らなかった。

    写真をもう䞀床芋お、
    川の近くで犬を䌑たせた。

    しばらくしお、
    静かに垰っおいった。

    誰の名前も聞かなかった。

    それでよかった。

    知り合いになるこずだけが、
    ぀ながるこずではない。

    同じ倕方に少し立ち止たる。

    それだけの関係もある。

    子どもが、
    網を持っお戻っおきた。

    二脚に増えた怅子ず、
    写真ず、
    カップを芋お声を䞊げた。

    「今日、倖なん」

    「䜕がですか」

    がくが聞くず、
    子どもは党郚を指すように腕を広げた。

    「店」

    店。

    子どもには、
    倖の怅子も、
    写真も、
    ばらばらのカップも、
    党郚店に芋えたらしい。

    「店は䞭です」

    がくは蚀った。

    子どもは、
    朚の扉を芋た。

    カりンタヌも芋た。

    「でも、みんな倖やん」

    「そうですね」

    「じゃあ、店も倖やろ」

    簡単に蚀った。

    がくは返事ができなかった。

    店が倖ぞ出る。

    怅子が䞀脚出たずきには、
    ただ怅子だけだった。

    二脚目が増えた。

    写真が吊られた。

    カップが䞊んだ。

    人が立ち、
    コヌヒヌを飲んでいる。

    たしかに、
    店の䞭にあった時間が、
    少しず぀倖ぞ出おいた。

    でも、
    建物が動いたわけではない。

    カりンタヌも、
    ポットも、
    豆も、
    がくも、
    ただ䞭にいる。

    「マスタヌ」

    子どもが蚀った。

    「倖で淹れたら」

    その蚀葉は、
    䜕の迷いもなく出た。

    「倖で」

    「うん」

    「どうしおですか」

    「みんな倖におるから」

    それだけだった。

    正しい理由だった。

    でも、
    がくはすぐには動けなかった。

    店の倖でコヌヒヌを淹れる。

    難しいこずではない。

    ポットを持っおいく。
    ドリッパヌず豆ずカップを運ぶ。
    折りたたみ台を䜿えばいい。

    それだけ。

    けれど、
    カりンタヌの倖ぞ出るこずは、
    思っおいたよりも倧きなこずに感じられた。

    カりンタヌは、
    がくの居堎所だった。

    人が来おも、
    少し距離を保おる。

    䜕を話せばいいか分からなくおも、
    手を動かしおいればいい。

    湯を沞かし、
    豆を挜き、
    カップを拭く。

    がくは、
    コヌヒヌを淹れおいる人でいられる。

    倖ぞ出れば、
    ただそこにいる䞀人になる。

    みんなず同じ倕方に立぀人。

    それが、
    少し怖かった。

    「マスタヌ」

    子どもがこちらを芋おいた。

    「少し考えたす」

    がくは答えた。

    「今」

    「はい」

    「コヌヒヌ冷めるよ」

    みんなが笑った。

    がくも笑った。

    子どもは、
    二脚の怅子の間にしゃがみ蟌んだ。

    怅子には座らない。

    石を二぀䞊べ盎し、
    その間に小さな枝を䞀本眮いた。

    䜕を䜜っおいるのかは分からない。

    それでも、
    自分の堎所を芋぀けおいる。

    ギタヌの若者が来たのは、
    それから少しあずだった。

    今日はギタヌケヌスを背負っおいる。

    倖の様子を芋お、
    足を止めた。

    「増えたしたね」

    「増えたした」

    がくが蚀った。

    「倧䞈倫ですか」

    「ただ分かりたせん」

    シェアハりスの䜏人の圌女が答えた。

    みんなが少し笑った。

    若者は、
    店の䞭にギタヌを眮かなかった。

    草の䞊にもすぐには眮かなかった。

    自分の肩に背負ったたた、
    写真の䞋を通った。

    「今日は、匟きたすか」

    写真家が聞いた。

    若者は、
    空を芋た。

    川を芋た。

    道を歩く人を芋た。

    少し離れた家の方も芋た。

    苊情の玙を曞いた人が、
    どこにいるかは分からない。

    その人も、
    この川べりのどこかで倕方を過ごしおいる。

    若者は、
    ギタヌケヌスを草の䞊に眮いた。

    「少しだけ」

    誰も、
    その蚀葉に賛成も反察もしなかった。

    圌はケヌスを開け、
    ギタヌを取り出した。

    19杯目では、
    眮きっぱなしのギタヌだった。

    27杯目では、
    眮き堎所のないギタヌだった。

    今日は、
    若者自身が遞んだ草の䞊にある。

    圌は怅子には座らず、
    地面にあぐらをかいた。

    ギタヌを抱える。

    匊に觊れる前に、
    䞀床倧きく息を吐いた。

    そしお、
    ポン、ず䞀音鳎らした。

    川の方ぞ、
    少し䞍噚甚に転がっおいく音。

    19杯目で、
    子どもが䞀本だけ匊を鳎らしたずきず同じような音だった。

    子どもがすぐに蚀った。

    「それ、前にも鳎った」

    「芚えおるの」

    若者が聞いた。

    「うん。
    僕が鳎らした」

    「じゃあ、今日は僕の番」

    若者は笑った。

    もう䞀音。

    今床は、
    最初の音より少し䜎かった。

    二぀の音の間に、
    川の音が入った。

    鳥の声。
    遠くの車。
    写真が颚に揺れる音。
    誰かがカップを眮く音。

    若者は曲を匟かなかった。

    音を䞀぀ず぀、
    倕方の䞭に眮いた。

    誰かに聞かせるためではない。

    ここに音があっおもいいか、
    呚りぞ確かめるような匟き方だった。

    少し離れたずころを歩いおいた人が、
    こちらを芋た。

    けれど、
    立ち止たらなかった。

    それでよかった。

    届いたからずいっお、
    来なければならないわけではない。

    音は、
    その人の暪を通り過ぎおいった。

    若者は䞉぀目の音を鳎らし、
    手を止めた。

    「今日は、これくらいで」

    誰も拍手をしなかった。

    挔奏が終わったわけではない。

    曲は、
    始たっおさえいなかった。

    でも、
    みんなが少しだけ笑った。

    その笑いは、
    音よりも遠くぞ行かなかった。

    シェアハりスの䜏人の圌女が、
    倖ぞ出した最初の怅子を芋た。

    ただ誰も座っおいない。

    「マスタヌ」

    圌女が呌んだ。

    「はい」

    「今日は、座らないんですか」

    「がくが」

    「はい」

    31杯目の終わりに、
    がくは䞀床その怅子に座った。

    川ず店ず、
    人が来る道が同じ芖界に入った。

    いい向きだった。

    けれど今日は、
    そこに座る気にはならなかった。

    がくはただ、
    カりンタヌの内偎にいる。

    「今日は、
    コヌヒヌを淹れおいたすから」

    がくが答えるず、
    圌女は少し考えた。

    「倖でも、
    淹れられるず思いたす」

    子どもず同じこずを蚀った。

    「そうですね」

    「でも、
    倖に出たくないなら、
    䞭でもいいず思いたす」

    それも蚀った。

    倖ぞ出おほしいず頌んでいるのではない。

    䞭にいおもいい。

    倖ぞ出おもいい。

    その遞択を、
    がくの方ぞ返しおくれた。

    がくはポットを芋た。

    湯は、
    ただ十分にある。

    豆もある。

    倖には、
    䜕も眮かれおいない折りたたみ台がある。

    27杯目で、
    ギタヌのために甚意され、
    䜕の堎所でもない堎所になった台。

    それを䜿えば、
    倖で淹れられる。

    できない理由はなかった。

    あるずすれば、
    がくがカりンタヌの内偎にいたいこずだけだった。

    それは、
    悪いこずではない。

    カりンタヌは、
    がくを守っおくれた。

    人の話を聞きすぎないように。
    䜕かを背負いすぎないように。
    ただ手を動かしおいられるように。

    でも、
    守っおくれた堎所に、
    ずっず隠れおいる必芁はないのかもしれない。

    戻りたくなれば、
    たた戻ればいい。

    倖ぞ出るこずも、
    䞭ぞ戻るこずも、
    どちらも遞べる。

    眮いおいけるこずず、
    持ち垰れるこずが同じくらい倧事なように。

    がくはポットの火を止めた。

    ドリッパヌず豆の猶を、
    小さな盆に乗せた。

    カップを数える。

    倖には、
    ばらばらのカップが四぀。

    店のカップが二぀。

    今いる人の数には足りない。

    管理人。
    移䜏しおきた女性。
    写真家。
    シェアハりスの䜏人の圌女。
    ギタヌの若者。
    子ども。
    がく。

    䞃人。

    カップは六぀。

    やはり䞀぀足りない。

    がくは、
    棚の奥から小さなカップを䞀぀出した。

    昔、詊飲甚に䜿っおいたもの。

    普通のカップより少し小さい。

    䞃぀になった。

    同じ倧きさではない。

    同じ圢でもない。

    それでよかった。

    がくは盆を持ち、
    カりンタヌの倖ぞ出た。

    店の扉をくぐる。

    䜕床も出入りしおいるはずなのに、
    今日は少し違っお感じた。

    仕事の途䞭で倖を芋るためではない。

    䜕かを枡しお、
    すぐ䞭ぞ戻るためでもない。

    倖でコヌヒヌを淹れるために、
    カりンタヌの倖ぞ出る。

    䜕歩か先に、
    折りたたみ台がある。

    がくはその䞊に、
    ポットず豆ずドリッパヌを眮いた。

    写真が頭の䞊で揺れおいる。

    若者のギタヌが草の䞊にある。

    二脚の怅子。

    石が二぀。

    ばらばらのカップ。

    川。

    空。

    人が来る道。

    党郚が同じ芖界に入った。

    「本圓に倖で淹れるんですね」

    移䜏しおきた女性が蚀った。

    「はい」

    「誰が決めたんですか」

    写真家が聞いた。

    「子どもです」

    がくが蚀うず、
    子どもが胞を匵った。

    「僕が蚀った」

    「でも」

    がくは続けた。

    「決めたのは、がくです」

    それを蚀うこずが、
    少し倧切な気がした。

    誰かに蚀われたからではない。

    空気に流されたからでもない。

    がくが、
    倖で淹れるず決めた。

    党郚を自分のものにしないこずず、
    自分の刀断を手攟すこずは違う。

    がくは、
    ここでコヌヒヌを淹れる人だ。

    その圹割たで、
    誰かに枡す必芁はなかった。

    「今日は、倖で淹れたす」

    がくは蚀った。

    声は、
    思っおいたより自然に出た。

    誰も拍手をしなかった。

    特別な宣蚀のようには扱わなかった。

    管理人が、
    カップを䞊べるのを手䌝った。

    移䜏しおきた女性は、
    颚で写真が裏返らないように、
    掗濯ばさみの䜍眮を少し盎した。

    写真家は、
    カメラを持ち䞊げた。

    けれど、
    たた䞋ろした。

    「撮らないんですか」

    がくが聞くず、
    圌は少し笑った。

    「あずで」

    「どうしおですか」

    「今撮るず、
    始たったずころだけになるので」

    「では、い぀」

    「少し散らかっおから」

    それがいいず思った。

    敎った始たりより、
    人が䜿い始めたあずの方が、
    この堎所らしい。

    がくは豆を挜いた。

    店の䞭ずは、
    音の広がり方が違った。

    ミルの音が、
    壁に返らず、そのたた空ぞ抜けおいく。

    湯を少し泚ぐ。

    豆が膚らむ。

    銙りが立぀。

    店の䞭なら、
    カりンタヌの呚りに留たる銙りが、
    今日は川の方ぞ流れおいった。

    苊情の玙に曞かれおいた。

    声ずギタヌの音が、
    少し気になりたす。

    匂いも、
    灯りも、
    人の気配も遠くたで行く。

    管理人が蚀っおいた。

    今日のコヌヒヌの銙りも、
    誰かのずころたで届くかもしれない。

    その人が、
    良い匂いだず思うずは限らない。

    䜕かが届くこずは、
    誰かに受け入れられるこずず同じではない。

    がくは、
    それを忘れないようにした。

    湯を泚ぐ手を、
    少しだけゆっくり動かした。

    音も、
    銙りも、
    人の時間も、
    必芁以䞊に広げようずしない。

    ただ、
    ここにいる人のカップぞ届くように。

    䞀杯目が萜ちる。

    二杯目。

    䞉杯目。

    カップの倧きさが違うから、
    䞀床に同じ量を淹れられない。

    䜕床かに分けた。

    埅぀人がいる。

    先に飲む人がいる。

    冷める前に受け取る人もいる。

    みんなが同時でなくおもいい。

    倕方は、
    同じ速さで進たなくおもいい。

    がくは順番にコヌヒヌを枡した。

    管理人。
    移䜏しおきた女性。
    写真家。
    シェアハりスの䜏人の圌女。
    ギタヌの若者。
    子ども。

    最埌に、
    小さな詊飲甚のカップぞ、
    自分の分を少しだけ泚いだ。

    怅子は二脚しかない。

    管理人が朚の怅子に座った。

    写真家が折りたたみ怅子に座った。

    ほかの人は、
    草に座ったり、
    立ったり、
    台にもたれたりした。

    シェアハりスの䜏人の圌女は、
    怅子には座らなかった。

    でも、
    以前のように茪の倖偎にいるようには芋えなかった。

    自分が怅子を眮いた堎所の近くに、
    自然に立っおいる。

    そこが圌女の堎所だった。

    がくは、
    折りたたみ台のそばに立った。

    カりンタヌはない。

    がくずみんなの間に、
    朚の板も、
    高さの差もない。

    少し萜ち着かなかった。

    手持ち無沙汰になりそうで、
    ポットの取っ手を握った。

    もう淹れ終わっおいるのに。

    それに気づいた女性が蚀った。

    「マスタヌも、
    カップ持ったらどうですか」

    がくは、
    自分の小さなカップを持った。

    䞡手で包む。

    少し枩かかった。

    「どうですか、倖は」

    管理人が聞いた。

    「広いですね」

    がくは答えた。

    「店が閉たっおいるずきほどではないですけど」

    みんなが少し笑った。

    がくも笑った。

    倖に出たからずいっお、
    急に䜕かが倉わるわけではない。

    がくは盞倉わらず、
    話すこずが倚い人ではない。

    みんなの䞭心に立ちたいわけでもない。

    ただ、
    同じ地面の䞊でコヌヒヌを飲んでいる。

    それだけだった。

    でも、
    その「だけ」は、
    これたでずは少し違っおいた。

    子どもが、
    ギタヌの若者の近くぞ行った。

    「匟いおいい」

    若者は、
    ギタヌを子どもぞ枡さなかった。

    かわりに、
    匊の䞊ぞ子どもの指をそっず導いた。

    「䞀本だけね」

    「うん」

    子どもが匊を鳎らした。

    ポン。

    19杯目ず同じ、
    少し間違えた音だった。

    でも、
    あのずきより倖ぞ広がった。

    川ぞ向かい、
    草の䞊を転がり、
    写真の間を抜けた。

    誰も止めなかった。

    少し離れた家の方たで届いたかもしれない。

    でも、
    若者は続けお匟かなかった。

    子どもも、
    もう䞀本を求めなかった。

    䞀音だけ。

    その音が消えるずころたで、
    みんなで聞いた。

    音が消えたあず、
    川の音が戻っおきた。

    倕方の静けさは、
    音がなかったずきず同じではなかった。

    䞀音を受け取ったあずの静けさだった。

    シェアハりスの䜏人の圌女が、
    小さく蚀った。

    「前より、静かな気がしたす」

    「音が鳎ったのに」

    女性が聞いた。

    「はい」

    圌女は川を芋た。

    「音が終わったのが分かるから」

    終われる音。

    垰れる堎所。

    閉められる倕方。

    ここたで、
    がくたちは䜕床も終わり方を考えおきた。

    䜕かを続けるために、
    終われるこずが必芁だった。

    若者はギタヌをケヌスぞ戻した。

    今日は、
    もっず匟けたはずだ。

    でも、
    䞀音で終わった。

    それが、
    誰かに止められたようには芋えなかった。

    自分で終わりを遞んだ音だった。

    写真家が、
    今床はカメラを構えた。

    「今ですか」

    がくが聞くず、
    圌はファむンダヌをのぞいたたた答えた。

    「少し散らかったので」

    ばらばらのカップ。
    草の䞊のギタヌケヌス。
    石。
    ずれた怅子。
    斜めになった写真。
    飲みかけのコヌヒヌ。
    立っおいる人。
    座っおいる人。

    写真家は、
    䞀枚だけ撮った。

    カシャ。

    䜕が䞭心に写ったのか、
    がくには分からなかった。

    あずで芋せおもらう必芁もない気がした。

    その写真は、
    誰かに芋せるためではないかもしれない。

    ここにいた蚌拠。

    戻っおこられる堎所を、
    持っおいるための写真。

    14杯目で、
    圌はそう蚀っおいた。

    日が傟き、
    川の色が深くなった。

    人が少しず぀垰り始めた。

    写真を吊ったひもは、
    女性ず写真家が倖した。

    写真を倖し、
    それぞれ封筒ぞ戻す。

    倕方の掗濯物は、
    倜たで干しおおかない。

    管理人は、
    折りたたみ怅子を畳たなかった。

    「眮いおいくんですか」

    がくが聞くず、
    管理人はうなずいた。

    「明日も必芁かもしれたせんから」

    「必芁でないかもしれたせん」

    「そのずきは畳みたす」

    シンプルな答えだった。

    若者は、
    ギタヌを持ち垰った。

    眮いおいかなかった。

    子どもは、
    二぀の石を怅子の脚元ぞ戻した。

    「今日は二人座った」

    「はい」

    「じゃあ、二人分で合っおる」

    䜕が合っおいるのかは、
    やはり分からなかった。

    移䜏しおきた女性は、
    今日はノヌトに䜕も曞かなかった。

    「曞かないんですか」

    がくが聞くず、
    圌女は笑った。

    「今日は、もう残っおいる気がしたす」

    どこに、
    ずは聞かなかった。

    玙ではないずころに。

    写真ではないずころに。

    たぶん、
    それぞれの䞭に残っおいる。

    シェアハりスの䜏人の圌女は、
    最埌たで倖に眮かれた怅子のそばにいた。

    垰る前に、
    怅子の向きを少しだけ盎した。

    誰かが来る道が、
    少し芋えやすい向き。

    「たた動かしたしたね」

    がくが蚀うず、
    圌女は少し笑った。

    「だめでしたか」

    「いえ」

    「明日、違ったら、
    たた誰かが動かすず思いたす」

    「そうですね」

    圌女は、
    川沿いの道ぞ歩いおいった。

    管理人ず䞀緒ではなかった。

    䞀人で、
    ゆっくり垰っおいった。

    その背䞭は、
    最初に来たころより少しだけたっすぐだった。

    党員が垰ったあず、
    がくは倖に残った。

    折りたたみ台の䞊には、
    ポットずドリッパヌ。

    朚箱の䞊には、
    ばらばらのカップ。

    二脚の怅子。

    二぀の石。

    写真を吊っおいたひもは、
    もうない。

    ギタヌの音も、
    人の声も消えおいる。

    それでも、
    倕方の気配が残っおいた。

    18杯目の火を消したあずの朝に䌌おいた。

    熱はない。

    けれど、
    ここに人が集たっおいたこずが分かる。

    がくはカップを䞀぀ず぀掗った。

    ばらばらのカップは、
    管理人が持ち垰ろうずしたが、
    「たた䜿うかもしれないから」
    ず倖の朚箱ぞ入れおいった。

    店のカップだけを、
    䞭ぞ戻す。

    どこたでが店のものか。

    どこからがみんなのものか。

    はっきりしない。

    でも、
    党郚をはっきりさせる必芁もない。

    責任の堎所だけは、
    芋倱わなければいい。

    がくはポットを持っお、
    店の䞭ぞ戻ろうずした。

    そのずき、
    倖に眮かれた朚の怅子が目に入った。

    今日は、
    誰も座っおいない時間の方が長かった。

    それでも怅子は、
    倕方の䞭心にあったように芋える。

    誰かのために眮かれおいる。

    でも、
    誰かを埅ちすぎおいない。

    空いおいる堎所があるず、
    少し安心する人がいる。

    空いたたたでも、
    圹目を果たす怅子がある。

    がくはポットを台ぞ戻し、
    その怅子に座った。

    川ず、店ず、
    人が来る道を芋る。

    同じ景色。

    けれど昚日より、
    少し広く感じた。

    店の䞭で育った時間が、
    今日は倖ぞ出た。

    怅子も。
    カップも。
    写真も。
    ギタヌの音も。
    コヌヒヌの銙りも。

    でも、
    店から䜕かが倱われた感じはしなかった。

    倖ぞ出たぶん、
    店が空っぜになったわけではない。

    むしろ、
    店は少し軜くなったように芋えた。

    党郚を抱えおいなくおもいいず、
    分かったからかもしれない。

    がくは立ち䞊がった。

    石を座面ぞ戻そうずしお、
    やめた。

    二぀の石は、
    怅子の脚元に䞊んでいる。

    今日はそこが、
    石の堎所だった。

    怅子は空いたたたでいい。

    明日、
    誰かが座るかもしれない。

    誰も座らないかもしれない。

    写真を吊るすかもしれない。
    䜕も吊るさないかもしれない。

    ギタヌが鳎るかもしれない。
    䌑笊の日かもしれない。

    コヌヒヌを倖で淹れるかもしれない。
    店の䞭だけで終わるかもしれない。

    どれでもいい。

    倕方は、
    䞀぀の圢にならなくおも続いおいく。

    がくは折りたたみ台を畳たなかった。

    ポットずドリッパヌだけを持ち垰り、
    台は倖に残した。

    䜕の堎所でもない堎所。

    明日は誰かが䜕かを眮くかもしれない。

    眮かないかもしれない。

    店の灯りを消す。

    倖は、
    ただ完党には暗くなっおいない。

    二脚の怅子ず、
    折りたたみ台ず、
    朚箱の茪郭が芋える。

    垭が足りなかった倕方から、
    ずいぶん遠くたで来た気がした。

    怅子を増やした。

    倚すぎた。

    倖ぞ向けた。

    店から離した。

    もう䞀脚増えた。

    でも今、
    倧切なのは怅子の数ではなかった。

    誰かが座っおもいい。

    立っおもいい。

    倖から芋おもいい。

    垰っおもいい。

    店が閉たっおいおも、
    そこに人ず人の間が残っおいる。

    そのこずだった。

    がくは、
    小さな詊飲甚のカップに残ったコヌヒヌを飲んだ。

    少し冷めおいた。

    倖で飲むには、
    ちょうどいい枩床だった。

    川の向こうで、
    最埌の光が氎面に残っおいる。

    がくはもう䞀床、
    今日の倕方を芋た。

    誰かが䜜ったわけではない。

    でも、
    誰も䜕もしなかったわけでもない。

    怅子を運んだ人がいる。

    写真を吊るした人がいる。

    カップを持っおきた人がいる。

    音を䞀぀眮いた人がいる。

    石を䞊べた人がいる。

    䜕もせずに、
    そこにいた人がいる。

    そしおがくは、
    コヌヒヌを淹れた。

    それだけだった。

    けれど、
    その「それだけ」が、
    今日たでいく぀もの倕方を぀ないできた。

    がくは扉を閉めた。

    鍵をかける。

    い぀もの小さな音がした。

    店は閉たった。

    でも、
    倖に眮かれた怅子は、
    ただ倕方の䞭にあった。

    その向こうには、
    川が流れおいる。

    明日も、
    がくはここぞ来る。

    湯を沞かし、
    豆を挜き、
    カップを䞊べる。

    誰が来るかは分からない。

    䜕も起きないかもしれない。

    それでいい。

    堎所を぀くろうずは、
    もうあたり思っおいなかった。

    人を集めようずも、
    䜕かを残そうずも思っおいない。

    ただ、
    来た人が少し立ち止たれるように。

    垰る人が、
    ちゃんず垰れるように。

    倖にいる人にも、
    銙りが少し届くように。

    明日も、
    コヌヒヌを淹れようず思った。

    —— この䞀杯を淹れたのは、
    ただコヌヒヌを淹れおいる぀もりだった男。


     
     
    川蟺の小さなコヌヒヌスタンドを営むマスタヌが綎る、静かな日々の物語。ただコヌヒヌを淹れる時間に宿る、小さな気づきずやさしい䜙癜。䞀杯のお䟛に、そっず読みたくなる短線小説です。 ※この物語はフィクションです。川颚のように、架空の出来事ずしおお楜しみください。

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