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「あなたをずっと忘れない」創作大賞ファンタジー部門④


    #創作大賞2026 #ファンタジー小説部門

    ニューヨークで日本の宮城県・石巻の武田彩夏という人のメモを手にしてから、トランクもアーシャも全く反応しなくなった。
    住所を訪ねて歩いていた時に、ランドセルをしょった男の子に、パパ!といわれた時にはびっくりしたけど。
    その男の子飛鳥が、案内してくれたのがトランクが指定した住所だった。
    飛鳥の母親が武田彩夏という女性で、いきなり抱き着かれて、俺を行方不明になった夫と間違えられて失神されて。
    飛鳥の父親は6年前の東日本大震災の時に行方不明になったままだ。
    トランクが指定した彩夏の営む花屋を手伝いながら、7個目の星を探しているが、星は見つからないし、アーシャもトランクも全く反応しない。
    彩夏に紹介された中山五朗という、人の良い兄貴みたいな人の家で世話になって、一週間が過ぎた。
    五朗も東日本震災で、奥さんと二人の娘さんと義理のご両親を亡くしている。
    五郎がいうには彩夏のダンナさんのように今でも行方不明の人が2523人。
    その家族たちは半ばあきらめてはいるが、一縷の望みを持ちながら生きているという。
    ここ石巻には、そういう人達が沢山いる。
    五朗は一人生き残った息子が励みだと、すごく前向きに生きている。
     
    五朗と毎晩晩酌をするのが、日課になった。
    彩夏の家から戻り、風呂を借りていつも午後10時近くから飲みはじめる。
    五朗は歳が20も上だけど、昔から知っている親戚の伯父さんみたいだ。
    缶ビールで五郎と乾杯して「こんなにも長い間、アーシャもトランクも反応しないのは、おかしいんですよね」
    「そうだな。浩の話だと、すぐに星が見つかっていたんだもんな」
    「いったい、どこがどう間違ってるのかな」
    毎日毎日彩夏の店を手伝いながら、早く星を見つけなければと焦ってしまう。
    その反面見つかってしまったら、この旅が終わってしまう。
    そうしたら、ここにこうしていられなくなってしまう。
    それはとてもいやだ。
    アーシャには悪いがこのまま星が見つからなければいいと願ってしまう。
    「でもさ。その7個目の星って、絶対見つけなくちゃいけないのか」
    「えっ?」
    「だってさ。その7個目の星が見つかったらさ。浩はどうするのさ」
    「は……え……」
    俺の今の気持ちを五郎にいい当てられて返事に困る。
    「目的達成で、東京に帰るんだろ」
    「いや~どう、かな……」
    「彩夏を……ほっとかないでくれないか」
    五郎さんの少し赤くなった顔をじっと見つめる。
    五郎の真剣な表情から彩夏のことをとても大切だと思っていることがわかる。
    できることなら彩夏と飛鳥とずっと一緒いたい。
    「え、え~。でも……。彩夏さんは、ご主人を待っているし」
    「そうだ。たしかに彩夏はダンナが帰ってくるのを待っている。でも浩もわかっていると思うけど、もう帰ってこないんだ。それは彩夏も分かっている。俺もそうだった」
    五郎は酒の入ったグラスを持ったままじっとグラスを見つめる。
    五郎の頬を静かに涙がつたう。
    少し天井を仰ぎゆっくりと五郎が「妻や娘や両親の遺体を見てさ、もう帰ってこないって分かっていても、もしかしたらって思ってしまうんだよ……」
    また五郎が静かに泣く。
    顔をくちゃくちゃにして五郎が思い切ったように「彩夏も新しい人生を歩まなくちゃいけないんだよ」
    五郎がいうことはその通りだと頭ではわかる。
    俺もそうだったけど、もう帰ってこない両親と妹の死を受け入れるのはなかなかできないこの旅でたくさんの家族を失った人達と出会い、同じ境遇の中で必死に前を向いて行く姿を見てきて。
    トランクが差しだす希望の種を渡す手伝いをする中で、少しずつ前を向いていこうと思えるようになった。
    「俺もさ、まだこんなにめそめそしてるさ。こうみえて自殺未遂もやったんだよ」
    五郎の顔を見ると、はにかんだように少し笑って
    「家族の葬儀が全部終わって半年くらいたったころかな。急に気持ちが萎えてさ。心が折れるっていうのかな。何もかも嫌になってさ。夜の誰もいない職場で首を吊ろうとしてさ。その時長男の『お父さん!』って声が聞こえたんだよ」
    「長男さん。そこにいたんですか」
    「いないよ。空耳だよね。その時に誓ったよ。もう二度と自分から命を無くすことはしない。生きようってね」
    「……俺もその気持ちよくわかります」
    「だから彩夏のそばにいてあげて欲しい。トランクや人形なんか関係なく。もしもまた君が彩夏の前からいなくなったらさ……」とじっとうつむく。
    うなだれる五郎がとても悲しそうだ。
    もしかしたら五郎は彩夏に特別な感情があるのではないだろうか。
    「あの。違ったらすいません。五郎さんは彩夏さんが好きなんですか」
    五郎が泣きはらした少しうつろな視線をむけて「ああ、好きだよ。彩夏と家族になりたいって思った。でも断られた」
    「彩夏さんにですか」
    「そうだ。俺とはそういう関係になれないってさ。ふられたんだよ彩夏に」
    五郎と彩夏にそんなことがあったとは。
    彩夏はやっぱり行方不明のダンナさんのことを思っているんだ。
    「彩夏さんが俺と一緒にいるのは身代わりじゃないんですかね。ダンナさんと外見が似ているっていうだけの」
    彩夏が俺をそんなふうに思っているかと考えるとやりきれない気持ちになる。
    トランクはどうして彩夏のところに俺をこさせたんだろう。
    「俺もさそれを考えるんだよ。ダンナにそっくりな浩が、どうして彩夏のところに来たんだろうってさ。その不思議なトランクの狙い?は何だろうかってさ」
    部屋の隅に置いてあるトランクと上に乗っているアーシャを見る。
    五郎がいうようにトランクの狙い?っていったい何だろう。
    トランクはその人が一番欲しいものを届ける。
    「俺。――もしも願いが叶うなら――俺の願い。それは失った家族を取り戻すことなんです」
    「そうか。だから彩夏のところに浩が来たんだな」
    きっと五郎も俺と同じ答えを感じていると確信する。
    「そう、ですかね……」
    「そうだよ」
    「俺は彩夏を必要としています。飛鳥と3人で家族になりたいです」
    そう口にして改めて自分の気持ちがよくわかった。
    俺が一番欲しいもの。それは家族。
    今まで存在が当たり前すぎて何も感じずに生きてきたけど、家族がいないことがこんなにも生きる希望をそがれるとは。
    五郎がいうようにトランクは、彩夏のダンナさんにそっくりだという俺を選んだ。
    これを偶然というか必然というのか。
    「トランクは浩にも彩夏にも、家族をプレゼントしようとしてるわけか。なんともスゲーな。そんなシナリオを誰がどうやって考えるんだよ」
    「でも……彩夏は、俺をどう思ってんのか」
    「……ちゃんと聞いてみたらどうなんだ」
    「そうなんですけどね……ハッキリさせるのが、怖いっていうか」
    「まぁな~、人の気持ちは、こちらが思うようにはいかないしな」
    五朗にいわれて自分の気持ちは、はっきりした。
    彩夏と飛鳥ともすっかり打ち解けて、今では家族本当のようになっている。
    家族――。
    トランクはもしかしたら俺の叶えたい願いである、家族が欲しいという願いを叶えてくれようとしてくれているのか。
    トランクが用意したこの状況が、のちにどうなるのか考えてみる。
    もしかしたら彩夏も、同じ気持ちでいてくれているかもしれない。
    でもそれはいなくなった、ダンナさんに似ているからじゃないのか。
    やっぱり俺は彩夏のダンナさんの身代わりなのか。
    それも7番目の星が見つかった時にハッキリする。
    彩夏が来週北海道に、セブンスターの木を見に行こうという。
    そこで7個目の星が見つかったら。
    そしたら彩夏に、正直に今の気持ちを伝えよう。
    彩夏を好きになったと。
    そして本当の家族になりたい、と伝えよう。
     
    梅雨があけて空にはひとかけらの雲も見えず、セミが頭の上で鳴いている。
    飛鳥が夏休みに入ってすぐの週末、俺が運転して後部座席に飛鳥と彩夏が乗り、北海道へと車を走らせる。
    彩夏のダンナさんの実家があり、二人が出会い恋に落ちた場所に行くことに、俺も彩夏も口にはしないが、何か運命的なものを感じていた。
    飛鳥は単純に夏休みの旅行だと、はしゃいでいる。
     
    途中で一泊して、北海道の美瑛町に入る。
    初夏の晴れ渡る空にどこまでも広がる広大な大地。
    北海道らしい雄大な景色が広がる。
    「すこーい。広い!」とさらに飛鳥がはしゃぐ。
    「さすがCMになったのがわかるわね~」と窓を全開にする彩夏。
    区画ごとに複数の農作物が作付けされてパッチワーク状に見える畑がとても美しい。
    カラフルな景色を織りなすことから「パッチワークの路」と呼ばれているそうだ。
    しばらく走ると、少し小高くて広大な丘の上に、1本だけカシワの木が立っているのが見えてくる。
    事前に検索した写真で見た景色だ。
    近くの駐車場に車を停めて、トランクとアーシャを持ち、彩夏と飛鳥と一緒にセブンスターの木の下まで辿り着く。
    強い日差しに負けず、大樹が青々とそびえて大きな陰をつくっている。
    トランクを置き、アーシャをゼブンスターの木にかざす。
    じっとアーシャの宝石を見つめるが全く反応しない。
    彩夏もがっかりし「違った?」
    「みたいだな。おい、アーシャ。違うのかよ。この木はセブンスターの木だぞ」
    飛鳥がはしゃいで「わ~い。ハズレだ~」
    思いっきり脱力してその場に寝転んで、空に向かって大声で「アーシャ!もう、星を探さなくていいのかよ!」
    どこまでも広がる大空に声が吸い込まれていく。
     
    近くのキャンプ場で夕食にバーべQを食べて、テントを借りて泊まることにした。
    飛鳥ははしゃぎ過ぎて、もうテントで寝ている。
    テントの前に椅子を並べて、彩夏と並んで缶ビールを飲む。
    夜空を見上げると満天に輝く星は、カンボジアと中国で見た星のようだ。
    「あんなに沢山の星が煌いているのにね。トランクさんはなかなか厳しいのね」と缶ビールを飲み干す彩夏。
    彩夏が提案してくれたセブンスターの木は、アーシャの胸の星ではなかった。
    星が見つからなかったことは残念だったが、見つからなかったことを嬉しく思う。
    今まで世界を巡ってきてトランクが選んだ人に、その人が必要とするものをプレゼントしてきた。
    それぞれの国で出会った人たちにも、もう一度会いたいと思う。
    でも彩夏との出会いは、俺にとっては他の出会いとは全く違う特別なものとなった。
    もしもアーシャの星がこの時点で見つかっていたら、そこでこの旅は終わりとなる。
    そうしたら彩夏はまた今まで通り、行方不明のダンナさんの帰りを待つのだろうか。
    俺は東京に帰って、それなりに仕事をしていくのか。
    そんな想像をしていたら、彩夏が立ち上がり夜空を見上げて「この星は世界中の人たちも見上げているんだよね」
    俺も星空を見上げて「ああ。カンボシアや中国でもこんなふうに星が煌めいていたよ」
    「星かぁ……。なんで星なんだろう。アーシャはどうして星が必要なのかしら」
    彩夏がトランクに乗っているアーシャを持ち手にはめてみる。
    「ねえ。アーシャはなんで星が欲しいの」
    遠くにあるキャンプ場の外灯と星明りに照らされた彩夏の切れ長の目や整った鼻、そして少しハスキーな声がたまらなく好きだ。
    そうなんだ。
    俺は5歳年上で小学生の子供がいて、行方不明のダンナさんの帰りを待つ彩夏が好きだ。
    もしもダンナさんが帰ってきたらその時は彩夏とはもう二度と会わない。
    そう思ったら、アーシャには悪いがこのまま星が見つからないで欲しい。
    「でも、なんかほっとしたな」と俺もビールを飲む。
    「えっ、どうして」と彩夏が俺を見る。
    「もしも、ここで星が見つかったらさ……」
    「見つかったら?」
    「もう、君とは……」
    考えたくない。この旅の終わりは――。
    「私も考えた……星が見つかったら、その時は……」
    じっとお互いを見つめ合う。
    そっと彩夏の肩を抱き寄せる。
    とても自然に初めてのキスをする。
    世界中にたった二人きりしかいないような静けさに包まれて、いつまでも、いつまでも、二人で抱き合っていた。
    このままずっとこうしていたい。
    お互いの気持ちがそう溶け合った気がした。
     
    翌日彩夏がここから2時間車で走った所に、ダンナさんの実家があるので寄りたいという。
    飛鳥もおじいちゃんとおばあちゃんに、会えると喜んでいる。
    「もちろん行こう」と車を走らせる。
    「でもね」と後部座席から不安げな彩夏の声がする。
    バックミラー越しに彩夏を見ると「ダンナさんにそっくりなあなたを見たら、両親がどう反応するかしら。電話で事情は説明したんだけど」
    「じゃあ、どこかで待ってようか」
    「ううん。一緒に来て。その方がいいわ」
    彩夏は自分へ言い聞かせるようにいう。
    息子にそっくりな男が現れたらご両親はどうするだろうか。
    彩夏が失神したように何か起きなければいいけど。
     
    彩夏のダンナさんの実家に到着し、家の敷地に車を停めた時に、中からご両親が出て来る
    「おじいちゃん!おばあちゃん!」と飛鳥が勢いよく車から飛び出す。
    飛鳥を抱きしめるお母さんは、小柄で少しふくよかで優しい笑顔で迎えてくれる。
    長身の白髪でメガネをかけたお父さんは「飛鳥、大きくなったな」と飛鳥の頭を撫でる。
    彩夏と一緒に車から降りて、ご両親に挨拶をする。
    お母さんは少し怒ったように俺をじっと見つめて、泣き出した。
    お父さんがお母さんを慰めるように、肩をさする。
    彩夏が両親の近くまで行き会釈をする。
    お母さんが涙を拭きながら「ごめんなさい。彩夏さんから聞いてはいたけど、本当に息子にそっくりで。よく来てくれたわね。さあ中に入って」
     
    部屋のリビングで、お母さんが用意してくれた昼食をご馳走になる。
    食事を終えたお父さんと飛鳥が、隣の仏間でゲームをしている。
    俺と彩夏とお母さんでコーヒーを飲みながら、手作りのチーズケーキを食べる。
    近くの牧場で取れた新鮮な牛乳とチーズで作ったというケーキは、とびきり美味しい。
    「お母さん、これ売れますよ」といい2回もおかわりをする。
    お母さんが遠慮がちに「私がこんなことをいうのもおかしいけど、もういいんじゃない」
    「えっ?」彩夏がお母さんを見て。
    「あの子もきっと、そうして欲しいと思うのよ。死亡届け出して」
    彩夏の顔色が変わって俯く。
    「あなたもまだ若いんだから。自分の幸せを考えていいと思うわ。ねっ」
    そっと彩夏を見る。
    彩夏は、何かをじっとこらえているように俯いたままで。
    小刻みに肩が震えていて、泣いているのがわかる。
    重い沈黙の中、隣の部屋から無邪気にはしゃぐ飛鳥の声が響く。
     
    彩夏と出会ってまだほんの1ヵ月。
    ダンナさんと彩夏に紡がれた時間と絆に比べたら、俺の存在は比較にはならないだろう。
    ものすごく自分にそっくりな、ダンナさんに嫉妬した。
    目の前にいる彩夏が、急に手が届かないところに行ってしまったように感じる。
    帰りの車の中でもずっと彩夏は、黙ったままだった。
    時折飛鳥が話しかけるのに、応える以外はほとんど話をしない。
    つい昨日彩夏と交わしたキスで彩夏も同じ気持ちだと浮かれたが、それは行方不明のダンナさんへ向けられたものだったのか。
    彩夏がダンナさんの死亡届けを出さないのは、生きていて帰ってくると信じているからじゃないのか
    やっぱり俺はダンナさんの身代わりだったということだ。
    こうやって彩夏と一緒にいてもとてもさびしい。
    彩夏がとても好きだ。
    でもその言葉はぐっと飲み込んだ。
    今はとにかく運転に集中しよう。
    そう自分に言い聞かせて石巻へと車を走らせる。
    日付が変わる少し前に石巻の彩夏の家に到着すると、飛鳥はぐっすりと眠っている。
    飛鳥を部屋に運び、布団に寝かせる。
    帰ろうとすると背中に彩夏がそっと寄り添う。
    彩夏がかすれた声で「お願い。帰らないで」
    ゆっくりと彩夏を抱き寄せる。
    彩夏は静かに泣いていた。
    *     *     *
    北海道に7番目の星を探しに3日間の旅に出て、夫の両親に会ってお母さんから夫の死亡届けを出してといわれた。
    夫の死亡届けを出すことを私はずっとためらっていた。
    心のどこかで夫はもう二度と帰ってはこないだろうと、あきらめているがそれを認めたくない。
    ある日わたしたちのところに、ひょっこりと帰ってくることを希望にして生きてきた。
    この世の中のどこかで、夫は生きている。
    そう思って今日まで生きてきた。
    夫の死を認めるたら、これから私は何を希望にして生きていけばいいのだろうか。
    あの日夫と一緒に、私も飛鳥もこの石巻に居たら。
    私たちが生き残っていることへの罪悪感が、心に重くのしかかる。
    浩は次の日仕事がある私を気遣ってくれて、眠るまでそばにいてくれた。
    夜空の下で初めてのキスを交わし、多分浩も同じ気持ちだと分かった。
    お母さんも私の気持ちを察して、夫の死亡届けを出してといってくれたのだと思う。
    そういわれて、それはできないって思った。
    認めたくない。
    夫が死んだってことを。
    もう二度と会えないとわかっていても。
     
    リビングのソファで眠っている浩の寝顔を見て、物凄い罪悪感に襲われる。
    それは夫にも、浩にも。
    二人に対して。
    私は夫にそっくりな浩だから、好きになったの?
    それとも夫を忘れる為に、浩を好きになったの?
    どちらともだ。
    私ってずるいんだ。
    自分がつくづく嫌になる。
    今は浩が私にとって大きな希望となっている。
    でもそれは夫の身代わりとして、浩を受けいれているだけ。
    隠していたずるい自分の本心をさらされて、また知らん顔して生きていくことはできない
    トランクはその人が、一番欲しいものを運んでくれるって浩がいっていた。
    私が一番欲しいものって……。
    浩とずっとこのまま一緒にいたい。
    でもそれは夫に対しても、浩に対しても背信行為のように思える。
    7番目の星が見つかったら、浩とは別れよう。
    もっと若くて独身で、浩だけの子供を産んでくれる人と幸せになって欲しい。
    そう決意をすると心が穏やかになった。
    その日まで、もう少しだけ私にこの幸せをください。
     
    家に居ると浩と顔を合わせなくてはいけないから、納品の帰りに真由美のカフェに遅いランチを食べに行く。
    いつものカウター席に座り真由美が作った日替わりランチを食べる。
    真由美が淹れてくれているコーヒーのサイホンの水の泡を見つめながら、北海道での出来ことを話す
    「それで、いいの?」と真由美が怒ったようにいう。
    「何が?」とすっとんきょうな声を出してしまう。
    「浩君?とさぁ、別れるんでしょ。星が見つかったら」
    「別れるっていっても、私たちはそんな関係じゃないしね」
    真由美がじっと見つめて「状況はどうあれ、好きなんでしょ。浩くんのこと」
    「うん。好きだよ。でもさ、私なんかじゃなくて、もっと若くてさ。浩くんだけの子供を産んでくれる人と幸せになって欲しいんだ」
    真由美がコーヒーをカップに淹れてくれる。
    たちこめるコーヒーの香りをかいで、一口飲み込む。
    真由美が怒ったように「でも浩くんは、どうなのよ。彩夏のことどう思ってんのよ」
    「わからない。でも私は、そう決めましたので。そういう真由美は、五朗さんとどうなの?進展あった」
    もうこれ以上浩のことはあれこれ説明したくなくって、話題を変えた。
    「あるような、ないようかな」真由美は少し嬉しそうにいう。
    「あら~真由美らしくないね~。ガンガン攻めるんじゃないの」
    真由美は思い出したように「やっぱりさ。五朗さんさ、彩夏のことまだ思ってんだよね」
    「そんなことないって」
    「そう、なんです。私わかるもん」
    一気に気まづい空気になる。
    真由美がいうように、五郎がそうならそれは本当に困る。
    大切な五郎と真由美が、一緒に幸せになって欲しい。
    夕方五朗を海岸に呼び出した。
    真っ赤な太陽が海岸線にゆっくりと沈んで行く。
    いつもと変わらない五郎の顔が夕日に照らされ、まぶしそうに眼を細める。
    「五朗さん。浩くんがお世話になりありがとうございます」と軽く会釈する。
    「あ、いや。男同志で案外楽しいよ」
    「私もすっかり、いつも五朗さんに甘えちゃって」
    「お互い様だよ」
    「夫がいなくなってからここでやってこれたの、五朗さんや真由美がいたからだって。すごく感謝してます」
    「……俺だってさ……」
    「あの日以来きちんとお話してないから。失礼かもしれないけど、ちゃんと私の気持ちを伝えようと思って」
    五郎もしっかりと私を見る。
    「五朗さんは私にとって、良き兄であり、良き親友であり、良き同志です。これから先も、その気持ちは変わらないです」
    五郎は一瞬海岸に顔を向けて大きく息を吐いて「わかっているよ。俺はそれでいいんだ。これからも彩夏ちゃんたち親子を応援するし、この良い関係を続けていきたって思っている」
    「私も」
    「浩と一緒になるのか」
    なんて答えていいか言葉が出てこない。
    「今はわからないか。ごめん変なこと聞いたな。お互い前を向いて、幸せになろうな」
    「うん……。なる。彼の分まで……」
    真っ赤な夕日が、私と五朗を照らしていく。
    *      *      *
    6月・7月・8月、ここ石巻にきて3ヵ月が過ぎた。
    飛鳥の学校もはじまった。
    彩夏は北海道から帰って来てから、俺に距離を置くようになった。
    トランクもアーシャも何の反応もないまま、花屋の仕事を手伝いながら、極力飛鳥と過ごした。
    飛鳥も彩夏もそうすることを望んでいたし、俺も彩夏へ意識がいかないようにしていた。
    いつものように飛鳥とサッカーをしているとボールを足で転がしたまま「僕のパパになってくれないの?」飛鳥が俺を見る。
    「えっ?」
    飛鳥が少しすねたように「ママが本当のパパはもう帰って来ないってさ。だからヒロ兄ちゃんが、パパになればいいのにな」
    飛鳥の肩を抱き寄せ「そうしたいけどさ。でもママが、嫌みたいなんだ」
    「え~どうして?」
    「ママは飛鳥のパパが大好きだからさ」
    「ふ~ん、そうなんだ。でも僕はヒロ兄が好きだよ」
    「ああ。俺も飛鳥が大好きだ」
    「ママにお願いするよ。ヒロ兄を好きになってって」
    「そうか~。ありがとうな。でもママが自分で決めるから、お願いしなくていいよ」
    「ふ~ん」
    不満そうにする飛鳥の頭を優しく撫でる。
     
    その日の晩の五朗との晩酌で、ずっと言えなかった彩夏への気持ちを吐き出す。
    「北海道に旅行に行ってから、彩夏は俺に距離を置くようになったんです」
    「距離を置くようにって?」
    「避けているっていうか……」
    「浩はちゃんと、気持ちを伝えてないのか」
    「北海道に行った晩、俺達初めてキスをしました。その時はお互い同じ気持ちだったと思います。でもそのあとお母さんにダンナさんの死亡届けを出すようにっていわれてから、彩夏は俺に距離を置くようになったんです」
    五郎が彩夏を好きだと知っているからキスしたことはいえなかった。
    五郎は無理に笑みを浮かべて「そっか……」とグラスに半分残ったハイボールを一気に飲み干す。
    五郎が開いたグラスにウイスキーを多めに入れて、炭酸を勢いよく入れすぎてコップからあふれだす
    五郎が慌てて立ち上がり、タオルを取りに行き、怒ったように溢れた炭酸を拭く。
    明らかに動揺している五郎の態度にいったことを後悔する。
    五郎はグラスを持って氷をゆっくりとくゆらせたりして、少し考えこんだりしている。
    じっと五郎の言葉を待っていると、思いきったように「俺もまだ彩夏が好きなんだ」
    五郎に真っすぐに見られて言葉が出ない。
    持ち上げたコップをそのまま持ったまま五郎を見る。
    「彩夏に言われたよ。俺のことは良き兄であり、良き親友であり、良き同志で、これから先もその気持ちは変わらないってさ」
    五郎がハイボールを少し飲み「だから俺ではダメだ。彩夏を幸せにできない」
    「でも俺ももうこれ以上、踏み込めないっていうか。彩夏は俺がダンナさんに似ているからなのかな。言い方があっているかわからないけど、俺はダンナさんの身代わりなのかなって思うんですよ」
    氷が溶けてしまって薄くなったウイスキーの入ったグラスを手でくぐらす。
    「そうかもしれないな」
    そういわれて思わず五郎の顔をみる。
    五郎にはそんなことはないよと言ってほしかったけど。
    俺の気持ちが伝わったのか五郎は「彩夏が今もダンナさんの死亡届けを出さないのは、帰ってくるって、どこかで生きているって、希望を持っているからだからだと思うんだ」
    「俺はこのままここにいてもいいんでしょうか」
    「そうだな……彩夏の気持ちがちゃんとなるのには少し時間がかかるな」
    「待ちます。彩夏がダンナさんのことから立ち直って、ちゃんと目の前の俺を見てくれるまで」
    「浩もキツイだろうけどさ、今の彩夏を救えるのはやっぱり浩しかいないしな」
    トランクが仕掛けた、俺と彩夏の未来がどうなるのか。
    希望を届けるトランク。
    そうあって欲しいとトランクを見つめる。
     
    お店が休みの日に、五郎の発案で彩夏と飛鳥と真由美さんも一緒に、近くのバーべーQ場に来た。
    真由美さんが得意のお料理を事前に準備してくれ、俺と五郎で肉を焼いたりする。
    北海道に行った日以来、彩夏は俺に距離を置いたままだった。
    こうしてみんなでいると、彩夏のことばかりを気にしなくていいから、気持ちが楽だった。
    食事を終えて、飛鳥が五郎とキャッチボールをはじめる。
    真由美が食事を片付けながら「浩くんがここに来て3ヵ月が過ぎてるけど、その後全くトランクも開かないんでしょ」
    持ってきたアーシャを手にはめて「まったく。どうしちゃったんですかね」とおどけていう。
    彩夏が俺からアーシャを取り「アーシャは色んな人々の人生を沢山見てきたんでしょうね。だからきっと試しているんでしょうね」
    彩夏はアーシャに問うように語りかける。
    ほんの短い期間のアーシャとトランクとの旅だったけど、世界中にも石巻でも様々な事情で家族や大切な人を失いながらも、必死に前を向いて生きている人達がいると知った。
    それまでは自分のことばかりしか考えていなかった、
    小さな自分だったけどこうして人は色んな形で、支え合い生きていくんだと知った。
    トランクが案内してくれて、俺は沢山の希望に出会うことができた。
    ほんの小さなことでも希望があれば、人は前を向いて生きていける。
    「『そのあなたの今の苦しみは、同じ悩みや苦しみを持つ人とわかち合う時に希望へと変えられるのです』」
    初めてアーシャに出会った時に、アーシャが俺にいった言葉を思い出す。
    この状態が一体いつまで続くのか不安になる反面、このままずっとここに居たいというとも思う。
    7個目の星も見つからずにずっとこのまま、この人達と一緒にここで生きていきたい。
    そう願う気持ちになった。
     
    そんな矢先に、事件が起きた。
    新学期が始まって、一週間が過ぎた頃。
    夜中に眠っていた所に、携帯の電話の音で目が覚めた。
    彩夏からの電話で、飛鳥が交通事故に遭ったという。
    急いで聞いた病院に向かうと、薄暗い病院のロビーで彩夏が一人座っている。
    俺に気が付き、彩夏が立ち上がり「今手術中なの。私……」といって声にならずに泣き出す。
    泣いて話ができない彩夏を、思いっきり抱きしめる。
     
    手術は明け方までかかり終了して、飛鳥は集中治療室へと運ばれた。
    彩夏がいうには、俺が五朗さんの家に帰った後に、取引先から急ぎの仕事を頼まれる。
    迷った挙句今後の仕事のことを考えて、飛鳥も寝ていたし外出した。
    そのほんの30分くらいの間に目を覚ました飛鳥が、彩夏を探して家を飛び出した所を、車にはねられたそうだ。
    「私のせいなの。私が出かけなければ……」と彩夏は泣きはらした顔で、更に泣いている。
    俺に連絡をしてくれれば良かったのにといいかけるが、更に彩夏を追い詰めると思い飲み込む。
    夜が明けて五朗も、病院に駆けつけてくれる。
    それから一週間飛鳥の様態は、油断を許さなかった。
    彩夏も俺も仕事を休み、お互い交互に病院で仮眠を取らせてもらい、飛鳥に付き添った。
    真由美さんも毎日、俺達に手作りのお弁当を差し入れしてくれる。
    彩夏は飛鳥に付き添っているので、俺が彩夏の家に必要な物を取りに帰る。
    リビングに置かれたままのトランクの上に置かれているアーシャを手に取り、
    「アーシャ。助けてくれよ。飛鳥が死にそうなんだよ」
    そう話しかけても何も反応しない。
     
    病院にトランクとアーシャを持ち込み、休憩室で彩夏に「アーシャとトランクがなんで何も反応しないか、俺なりに考えたんだ」
    彩夏はじっと俺を見つめる。
    「トランクは大切な人を失い悲しみにくれる人に、その人が一番必要とする物を届ける。その人がその物を受け取ったことにより、悲しみを乗り越えて希望を持って生きていけるようになるようにする。そして、その人の喜びを星として頂く――これが俺が6個の星をもらってきた経過なんだ」
    「そうね。素敵なお話よね」
    「7個目の星。トランクは君を選んだ。ご主人を亡くして悲しみにくれる君を。君が一番必要としていたのは……」
    「あなただった」俺がいう前に彩夏がいう。
    「随分と自惚れた話だけどな」
    「私あなたに初めて会った時に本当に救われたわ。奇跡が起こったって。でも主人が帰ってきたのではなく、あなたが全くの別人と分かってから、とても心が揺れ動いていたの。主人とあなたとの間で」
    「ああ……分かるよ」
    「夫の母に夫の死亡届けを出すようにいわれてから、本当の自分の気持ちに気が付いたの。私は夫に似ているあなたが好きだって。でもそれは夫にも、あなたにも両方に申し訳ないって」
    「俺は……」
    「だからそれをトランクが、認めてくれないんだと思うの。だから私のせいなの」
    ゆっくりと彩夏を抱きしめた。
    「かまわないよ。君の中にずっと、ご主人が生きていたって。俺をご主人だと思って愛してくれても。……俺は今目の前にいる、彩夏を愛しているから……これからもずっと愛していくから」
    「……でも、私……ずるいよ。私だけ、ずるいよ」
    「ずるくても、いいよ。それでも君と飛鳥と、一緒に生きて行きたい」
    「ありがとう……」彩夏のかすれた声がする。
    突然にトランクが開く。
    お互いに顔を見合わせて、トランクの中をのぞくと、マーガレットの花束が入っている。
    彩夏が手に取り「マーガレットの花言葉は、“真実の愛”そして“わたしを忘れないで”」
    アーシャが「そうです。それは彩夏さんのご主人のメッセージです。彩夏さんが今目の前にいる浩を、愛していると心から思ったからです」
    「アーシャ。やっと会えたな」とアーシャを手に取る。
    「私も嬉しいです。このまま最後の7番目の星をもらえなかったら、私は永遠にさまよい続けなくてはなりませんでした」
    「私の心が浩を心から愛するって決めたからなのね」と彩夏がアーシャにいう。
    「そうです」
    彩夏と見つめ合う。
    アーシャが「彩夏さん。あなたは7番目の星が、どこにあるのか知ってますね」
    思わず彩夏を見る。
    彩夏も俺を見て「……はい。多分……」
     
    彩夏が自宅に戻っている間、俺はアーシャを腕にはめて、
    「アーシャは全て知っていたんだな」
    「私のご主人様はトランクです。トランクが全て決めます」
    「すげ~トランクだな。人の心の中まで、わかっちまうんだからな。俺は何で?何で?ってジタバタしていたよ」
    「人の心はトランクでも変えることはできません。だからお二人には、これだけの時間が必要だったのです」
    「彩夏が心から俺を、受け入れるまでっていうことか」
    「私は信じていました。浩と彩夏さんが真実の愛で結ばれると」
    「これで良かったんだよな」
    「はい。そうです」
    「俺は彩夏と飛鳥を、ずっと守って行くよ」
    「分かっていますよ。だからトランクは、あなたを選んだんですから」
     
    彩夏が戻って来て「7個目の星は、多分これだと思うの」といって小さな箱を差し出した。
    それは一粒のダイヤモンドの指輪だった。
    ご主人が彩夏に結婚する時に贈った物で、ダイヤにスターカットという特殊なカットを施してあるそうだ。
    専用のスコープでダイヤを覗くと、万華鏡のように小さな星が現れる。
    「浩から星の話を聞いた時、本当はこの指輪のことを思ったの。でも気持ちの整理がつかなくて、いい出せなかったの……ごめんなさい」
    彩夏の結婚指輪をアーシャの宝石に近づけると、今までに見たことがないほど、強い光が宝石の表面に閃く。
    アーシャが「すごいです!今までに感じたことがない強い、強い、喜びが広がりました!」
    彩夏をそっと抱き寄せる。
     
    担当医から飛鳥の病状を彩夏とアーシャと一緒に聞く。
    飛鳥は後頭部を強く打っていて、このまま意識が戻っても、言語や知能障害、最悪は運動神経の麻痺で一生車いすの生活になる可能性もあるという。
    話を聞き終えて、飛鳥が眠る集中治療室の前で座っていると、
    アーシャが「私を砕いて、飛鳥君に飲ませてください」
    「アーシャ、何をいってんだよ」
    「魔術師が『この世で悲しみに暮れる人にそれぞれの願いを叶えて、その悲しみを希望の光へと変えた時、その希望の光が星となって、その石に宿り、全ての願いをそなたに与えるだろう』と――私の魂は、全ての願いを叶えるのです」
    「アーシャの魂はどうなるの?」彩夏が不安そうにいう。
    「さぁ。それは、私にもわかりません」
    「そんなことできないよ」と俺もいう。
    「いいんです。それが、私の使命です」
    「使命って……アーシャ……」思いっきりアーシャを胸に抱きしめる。
     
    彩夏と病院の屋上で、アーシャの宝石を金づちで叩いて砕く。
    粉々になったアーシャが宿る宝石の粉を水で溶いて、それを飛鳥に飲ませるのだ。
    しかし飛鳥は、集中治療室で病状を管理されている。
    彩夏が面会に入り、看護師が目を離した隙に少しずつ飛鳥に飲ませた。
    それから一週間が経つと飛鳥の意識が戻り、個室に移るまでに回復した。
    医者も驚くほどの回復で、一ヵ月後に飛鳥は、歩いて退院することができた。
    飛鳥を連れて彩夏の自宅に戻り、飛鳥を寝かしてから、二人で店の掃除をした。
    飛鳥にずっと付ききりだったから、お店もずっと閉めていた。
    数カ月前にここで彩夏と初めて出会ったんだ。
    「彩夏」
    片付けの手を止めて彩夏が俺を見る。
    「俺達、結婚しよう」
    彩夏は驚いたように俺を真っ直ぐに見て「……でも私、あなたより5歳も年上よ」
    「ああ、知ってるよ」
    「私一人で寝れないのよ」
    「知ってる」
    「私お料理下手よ」
    「(笑って)それも知ってるよ」
    「でも、でも、世界で誰よりもあなたを愛してるわ」
    「それも知ってる」
    最後の言葉を聞く前に彩夏を抱きしめていた。
    「俺達ずっと一緒に生きて行こう」
    「はい。よろしくお願いします」
     
    彩夏が飛鳥の退院祝いを兼ねて、自宅に五朗と真由美を招待する。
    真由美が沢山のご馳走を持って来てくれ、五朗は大きなホールケーキとシャンパンを持って来てくれた。
    大人はシャンパンで、飛鳥はジュースで乾杯をする。
    食事を食べ終わり、デザートのケーキを食べる段になり「お二人には、大変にお世話になりました。俺達結婚することにしました」
    飛鳥が喜んで、「やった!ヒロ兄が僕のパパになってくれるんだ!」
    「ああ、飛鳥。よろしくな」
    「うん!」
    「良かったね。彩夏」と真由美が涙ぐむ。
    「二人にも今まで沢山助けてもらって、心から感謝しています。ありがとう。これからもまた変わらずお付き合いください」と彩夏が深く頭を下げる。
    「じゃあ、あれだね。真由美さんが、彩夏さんにお料理の特訓をしましょうかね~」と真由美が持ってきた料理の皿を持ち上げる。
    「どうぞよろしくお願いします」と彩夏が笑って、また頭を下げる。
    「これで浩の願いをトランクが叶えてくれたんだな。ほんとに不思議なトランクだな」と残ったシャンパンを飲む五朗。
    「じゃあこれから私達は、自力で自分達の願いを叶えましょうね~」と意味深に五朗を見る真由美。
    五朗がおどけて、「真由美ちゃんの願いって何よ」
    「私の願いですか――うふふふ。私ももう一度、お嫁さんになること」
    「いいね!お嫁さんか!予定あるの?」と五朗がさらに茶化す。
    「もう~おじさん!本当に疎いんだから。私がこんなにわかりやすくしてるのに、気がつかないかな」と真由美が五朗に詰め寄る。
    五朗も困って「え~、何よ」
    「今日から私、五朗さんの家でお世話になります」
    「きょ、今日からって。え~なんで」五郎は本当に困ったように顔をこわばらせて。
    「五朗さん。これって真由美からのプロポーズです。まさか断らないですよね」と彩夏がさらに詰め寄る。
    「真由美さんお料理も美味しいし、明るいし楽しい家庭が築けそうですね」と俺も援護射撃する。
    「ちょ、ちょっと何。みんなでさ~」とさらに逃げ場がなく困った様子の五朗。
    飛鳥が五朗のそばに行き顔を覗き込み「五朗おじちゃん。恥ずかしいの?」
    「なんだよ~飛鳥まで~。いや、参ったな~」
    「五朗さん。ハッキリとしてください。真由美と結婚しますか」と彩夏が強い口調でいう
    「結婚ってさ~。そう急にいわれてもさ」と五朗は本当に困っているようだ。
    真由美がしびれを切らして「いいの。私は五朗さんが大好きだから、とりあえずお試しで一緒に暮らしましょう。合わなかった、別れればいいだけの話だから」
    「そ、そうは簡単に」五郎は泣きそうな顔をする。
    「でもきっと一緒に暮らしたら、もう離れられないと思うけどね」と自信たっぷりに真由美がいう。
    結局真由美はその日から、五朗の家で一緒に暮らし始めた。
     
    あれから1年後――。
    飛鳥は何の後遺症もなく元気に学校に通っている。
    トランクは本当に、俺の願いを叶えてくれた。
    家族を飛行機事故で亡くして、一番欲しかったもの――それは家族。
    俺たちに新しい家族が増えた。
    女の子で名前を七星と書いて、「なな」と命名した。
     
    そして七星が一歳の誕生日を迎えた日に、突然トランクがまたびっくり箱のように
    開いた。
    トランクの中にはアーシャの魂が宿っていた宝石にそっくりな石が入っている。
    そして「瀬戸浩」と名前が印字された航空券が入っている。
    行先はインド。
    出発は明日だ。
    トランクは今度は、どんな希望を運んでくれるのだろうか。
    そしてアーシャ。これで君の魂を故郷に帰してあげられるぞ。
                                       おわり


     
     

    Katy Moon

     
     
    映像化を目指して物語を書いています。 このブログでは私の「好き」を、 エンタメとして発信しています。 創作作品:https://qr.paps.jp/EM4nC

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