
#23『桜吹雪』
風がふんわりと桜色を羽織る。
いつもは見えない風が。
今日も、昨日と同じ布団で同じように横になる。
僕の体温を吸い取って、布団が温まっていく。
そのぬくもりに抱かれて、今日も夢を見る。
朝起きたらやることは決まっている。
先日使った食器を片付け、湯を沸かす。
そして、いつもと同じ紅茶を飲む。
どうも、今日は天気が良いようだ。
青空を見て、気分が晴れるのを感じる。
茶葉に湯を浴びせる。
そうすると、茶葉はびっくりしたように広がる。
そして、鼻の奥をくすぐる香りを放つ。
まるで鼻腔内芳香剤だ。
これが、僕なりの朝のスイッチ。
ずいぶん減ったが、やはり多くの人が忙しそうに外を歩き回っている。
他の誰かと競争しているみたいに。
後ろから、狼に追いかけられているかのように。
のんびりするのが好きな僕は、見ているだけで疲れてしまう。
もう少しゆっくり歩けばいいのにな。
そうすれば、落とし物なんてしないのに。
大切なものを、ポロポロと落として歩いているのだろう。
みんな、がっくり肩を落としているから。
人といるのはあまり好きじゃない。
余計な一言で相手の表情を奪ってしまうから。
本当に申し訳ないと思う。
余計なことを言うまいと、相手の気持ちを汲み取ろうとするあまり、ドッと疲れてしまう。
昔から、僕は人の気持ちを理解するのが下手なんだ。
これは、女性関係でも同じだ。
言わなくていいことを、つい口に出して言ってしまう。
いつも、言った後に言わなきゃよかったと後悔するんだけど。
その点、植物はわかりやすい。
春になると、それぞれが好きな色で笑い、
夏になると、青々とのびやかに手足を伸ばし、
秋になると、カサカサと淋しさを嘆き、
冬になると、白い毛布にくるまり、ふて寝をする。
人間もこれぐらい単純だったらいいのにな、と思う。
きっと人の気持ちってやつが見えないからだろう。
こんなにも苦労するのは。
それでも、どこかしらに、気持ちは咲いているのだろう。
笑顔のように。涙のように。
目に見える形で。
そんなことを考えているうちに、
紅茶は静かに店じまいをしてしまった。
また、入れ直さなきゃ。
風がふんわりと桜色を羽織る。
いつもは見えない風が。
君の頬がじんわりと赤らむ。
この僕にも、分かるように。