
35. 魏志倭人伝(邪馬台国は一次方程式で解ける)

1.不彌國から投馬國・邪馬壹國
魏志倭人傳の行程の考察も、帯方郡から不彌國までは順調に進むと思われます。しかし、不彌國から先の投馬國・邪馬壹國の行程の考察は簡単に進みません。理由は以下の記述があるためです。
「南至投馬國 水行二十日」
「南至邪馬壹國 女王之所都 水行十日 陸行一月」
この記述のために行程の解釈が難しくなり、いわゆる「水行20日、水行10日、陸行1月」の呪縛に囚われて手詰まりになります。この難題は数学的思考法を用いれば解読可能となります。
2.数学的思考法
次の問題に解答してみましょう。
問1.(制限時間 10分)
Aさんは明治神宮から浅草寺まで歩きました。
明治神宮から浅草寺までは、12,000 mでした。
明治神宮から浅草寺に行く途中に靖国神社と東京大神宮がありました。
明治神宮から靖国神社までは、5,000 mでした。
Aさんは靖国神社から東京大神宮まで10分で歩きました。
また、Aさんは東京大神宮から浅草寺まで20分と1時間で歩きました。
Aさんは靖国神社から浅草寺まで一定の速度で歩いたとします。
さて、問題です。
Aさんは、靖国神社から浅草寺まで毎分何mの速さで歩いたのでしょうか。
また、靖国神社から東京大神宮まで、および東京大神宮から浅草寺まではそれぞれ何 mだったでしょうか。
小学校で学習した算数を使えば解ける問題です。中学校で学習した一次方程式を使うと、より簡単に解けるかもしれません。
多くの人は設定された問題に正解が存在すると確信した場合には、その答えを計算で求めることが得意です。
次の問題はいかがでしょうか。
問2.(制限時間 10分)
Bさんは帯方郡から邪馬壹國まで行きました。
帯方郡から邪馬壹國までは、12,000 里でした。
帯方郡から邪馬壹國に行く途中に不彌國と投馬國がありました。
帯方郡から不彌國までは、10,700 里でした。
Bさんは不彌國から投馬國まで行くのに20日かかりました。
また、Bさんは投馬國から邪馬壹國まで行くのに10日と1月かかりました。
Bさんは不彌國から邪馬壹國まで一定の速度で移動したとします。
さて、問題です。
不彌國から投馬國まで、および投馬國から邪馬壹國まではそれぞれ何里だったでしょうか。
この問題は、問1と同じ演算を使って解答できます。多くの人は正解が無いかもしれないと判断した問題に対しては、解こうと努力することが苦手です。問2は『魏志倭人傳』の記述を整理して設定した問題です。
この問題が解ければ不彌國から投馬國まで、および投馬國から邪馬壹國までの距離を求め、邪馬壹國を比定できるのです。
重要なのは問題を解こうとすることよりも、数学的思考法で問題を設定することなのです。問題の設定さえ出来れば、解を導くことは容易いことです。
古代史の考察においても、学校で学習した数学的思考法を用いれば、問題を設定することが出来、解を導くことが出来るのです。
問1・問2の解答と解説は、いずれ記事にする予定です。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は一大國から末盧國-その9のタイトルでJR唐津駅からJR筑前深江駅の陸路について総括する予定です。