
家電界のプロメテウス、あるいはなぜ私は掃除機マスターを自認するようになったか
私は掃除機マスターである。
なぜならば掃除機には主にサイクロン式と紙パック式があって、サイクロン式は定期的にフィルターを洗わなければならないし、紙パック式は紙パックを交換しなければならないことを知っているからだ。
なにを馬鹿なことをと思われるかもしれない。
しかし意外とフィルター洗浄および紙パック交換は知られていないのだ。
私はそのせいで死にそうになったことがある。
*
それは前にいた会社の話だ。
事務所のフロアはカーペットが敷かれていた。
パナソニックの掃除機がおいてあって、仕事が終わったらその掃除機でカーペットを吸うことになっていた。
無論私も楽しく掃除をしていた。
ただ掃除機がなんとなく元気を失っている。
私は事務所の人に訊ねた。
「ときにこの掃除機は紙パックとか交換してるんですかね」
事務所の人いわく、事務所開闢以来だれも掃除機の中身を開けたことはないということだった。
蓋をあけてみたら案の定紙パックがパンパンになっている。
私は近所のジャスコで紙パックを買った。
ぞうのキャラクターが掃除をしている絵柄だ。
色んなメーカーの掃除機に適合するバッタモンの紙パックであった。
バッタモンの紙パックというのは純正品と違ってパッキンが紙でできている。
だからほこりが若干漏れるようだ。
ただ若干なので個人的には気にならない。
紙パックを交換した掃除機は元気を取り戻し、カーペットの砂だのほこりだのをずんずん吸い込むようになった。
事務所のみんなには吸いが甘くなったら紙パックを交換するようお願いした。
*
しばらくして分かったのは、ぞうの紙パックを使いこなすにはある種の天才と霊感が必要ということだった。
ぞうの紙パックは様々なメーカーに対応している。
厚紙でできた硬い部分にたくさん点線が打ってあって、パナソニックはここを切り取る、日立はそっちを切り取る、シャープは二つとも切り取るが穴は空けないみたいに使用機器に合わせて硬い部分をちぎっていい塩梅の切り欠きを作らなければならない。
どこを切り取るかはちゃんと袋に書いてある。
しかしみんな袋を見ないで切り取れるところは全部切り取ってしまうのだった。
誰もが硬い部分を極小化して私のところに持ってくる。
そうしてこれは不良品だ、うまく掃除機にフィットしないと苦情を申し立てる。
その度私はブチギレて「お前も全部ちぎってやろうか!?」と叫んでいたが何も解決しない。
私は諦めて、純正品の紙パックを仕入れることにした。
*
それから幾星霜。
私は多忙にかまけて掃除をさぼるようになっていた。
事務所の若い衆が毎日掃除をしているのだった。
そうしたら若い衆の一人が「掃除機が壊れました」という。
曰く全然吸わないらしい。
私は若い衆に訊いた。
「紙パックは交換したかい?」
若い衆は問い返した。
「紙パック?なんのパックですか?」
私が掃除をサボっている間に紙パックは交換するものだという知識は失われ、ロストテクノロジーとなってしまったのだった。
やむをえまい。
人類に火をもたらしたプロメテウスだって、ぴよぴよの人類がすぐに火を忘れてしまい「もうっ!」ってなりながらあらためて火をもたらしたというようなことがあったんじゃなかろうか。
私も紙パック交換の秘術を事務所にもう一度もたらそうじゃないか。
「さあ若い衆よ、つどいて見るのだ。
ここにボタンがあってな、押すと掃除機の背中が開いて紙パックが露出する」
私はボタンを押した。
それとともにボフっと音がして、黒雲が立ち上った。
私は黒雲をまともに食らった。
瞬時に喉が痛くなる。
私は猛烈に咳き込んだ。
「大丈夫ですか!?」
若い衆は心配そうだ。
「うん、大丈夫」
答えた私の声は森山周一郎みたいになってしまった。
なんでこんなことになったのか。
若い衆は紙パックを交換しないで限界まで掃除を行った。
そのため、掃除機内の圧力はほこりと砂とその他よくないものでパンパンに高まっていた。
私が不用意にボタンを押してしまったため圧力が開放され、ほこりや砂やよくないものが黒雲と化して舞い上がったのだった。
黒雲にはなにやら毒性があったらしく、私はそれにやられてしまったのだった。
ダメージを受けたのは喉だけではなかった。
現に私は猛烈に頭が痛くなってきた。
鏡を見るとめっちゃ顔が赤い。
「具合が悪くなってきたから、帰るね」
私は紅の豚みたいな声でみんなにさよならをして帰った。
帰宅後速攻でシャワーを浴びて布団に入った。
その最中すでに気づいていたことだが、私の熱はどんどんあがっていた。
布団に入る前に熱を測ったところ38.8℃もあった。
あちゃー。
結局、黒雲から受けたダメージから回復するのに三日もかかってしまった。
*
今日会社に行ったら掃除機が捨てられていた。
理由を聞いたら「吸わなくなった」からだという。
ぬぬ。
私は紙パックを用意し、離れたところからめっちゃ手を伸ばして掃除機のパック開放ボタンをプッシュした。
今回は黒雲は舞い上がらなかった。
紙パックを交換し、掃除機は完全復活を遂げた。
やはり私は掃除機マスターだ。
**
追伸
いや実際わたし掃除機もってなくて、家ではほうきで掃除しているんですけどね