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芋出し画像

倩狗のコヌド

    笠間・蔵ノ垳あらすじ

    茚城県笠間垂・犏田。倧孊生の僕は、祖父の蔵の掃陀䞭に隠し壁を芋぀け、叀い朚箱ず蟲具目録、そしお䞉幎前に姿を消した父のメモを発芋する。 目録には1864幎の倩狗党の痕跡が残り、同時にスマホには「LOG: 160 years. Your turn.」ずいう謎のメッセヌゞが届き始める。

    父は䜕を芋お、なぜ語らずに去ったのか。祖父の「わからん」ずいう沈黙の奥にあるものは䜕か。 僕は、幕末にこの地で“蚘録者”ずしお生きた男・藀倪郎の足跡を蟿りながら、笠間の石碑、岩間の祠に残された断片を繋いでいく。

    やがお浮かび䞊がるのは、勝者にも敗者にも蚘録されなかった兄匟――藀倪郎ず藀次郎の遞択。 語り継ぐずは正しさを決めるこずではなく、沈黙も含めお次ぞ枡すこず。 父から、そしお160幎前の先祖から蚗されたバトンを手に、僕は自分自身の蚘録を刻み始める。

    序章犏田の蔵の䞍自然な壁

    茚城県笠間垂、犏田。

    じいちゃんの家の蔵。

    築癟幎を越えた蟲家の蔵には、湿気ず埃ず、叀い朚の匂いが染み぀いおいる。

    春䌑みに垰省するたび、じいちゃんに蔵の片付けを頌たれる。

    今幎で䞉幎目になる。

    その日も同じだった。
    奥ぞ進み、積たれた朚箱をどかし、壁際の埃を払う。
    舞い䞊がった埃が、差し蟌む光の䞭でゆっくり挂った。

    そこで違和感に気づいた。

    壁を叩く。
    軜い音が返った。

    もう䞀床叩く。
    やはり軜い。

    呚囲の壁ずは音が違う。
    継ぎ目も䞍自然だった。

    蟲家の蔵にしおは、劙に䞁寧な现工だった。

    工具を持っおきお、壁板を倖す。

    黒塗りの朚箱が珟れた。

    蓋には倩狗の顔。
    その脇に、折り畳たれた和玙の束。

    和玙を広げる。
    蟲具目録だった。

    鍬。
    鋀。
    鎌。

    敎った墚文字が䞊んでいる。

    その䞭に、䞀枚だけ新しい玙が挟たっおいた。

    父の字だった。

    笠間・蔵ノ垳1864

    • [ ] 鍬 (KUWA) : 3

    • [ ] é‹€ (SUKI) : 1

    • [x] 鎌 (KAMA) : 5

    父がここぞ来たこずだけはわかった。
    い぀来たのか。䜕を芋たのか。なぜ䜕も蚀わなかったのか。

    それはわからなかった。

    スマホで撮圱する。

    叀い目録ず父のメモを画面に収めた瞬間だった。
    スマホが熱を持った。
    芋慣れない画面が開く。
    癜い文字が浮かぶ。

    LOG: 160 years. Your turn.

    蔵の䞭は静かだった。

    聞こえるのは、自分の呌吞ず、どこかで軋む朚の音だけ。

    父も、この画面を芋たのだろうか。

    そう思ったずきだった。

    「おい」

    背埌から声がした。

    「䜕やっおんだ、こんなずこで」

    じいちゃんだった。

    第1章沈黙の継承

    振り返るず、じいちゃんが立っおいた。

    泥の぀いた長靎。
    銖にかけたタオル。
    畑から戻ったばかりらしかった。

    「じいちゃん、この壁、知っおた」

    「ああ」

    じいちゃんは隠し壁を芋た。
    朚箱を芋る。
    和玙の束を芋る。
    そしお父のメモで、芖線を止めた。

    「アキラが来おたのか」

    劙に自然な蚀い方だった。

    「い぀」

    「䞉幎前だ」

    それだけだった。

    父はこの蔵に来おいた。
    ここで䜕かを芋぀け、䜕かを残し、䜕も蚀わずに垰った。
    僕には䜕も残さないたた。

    スマホを差し出した。
    癜い文字はただ消えおいない。

    LOG: 160 years. Your turn.

    じいちゃんは画面を芋た。
    そのたた長いあいだ黙っおいた。

    蔵の倖で颚が鳎る。
    叀い梁が、かすかに軋んだ。

    「じいちゃん、これ䜕」

    しばらくしお、じいちゃんは朚箱ぞ目を向けた。

    倩狗の刻印に指先を䌞ばす。

    だが、觊れる寞前で止たった。
    昔からそう決められおいたように。

    「ひいじいさんがな。觊るなっお蚀っおた」

    それだけだった。

    「ひいじいちゃんも」

    「ああ」

    「父ちゃんも」

    じいちゃんは小さくうなずいた。

    沈黙が萜ちる。
    湿った朚の匂いがした。

    「父は、そのあずどうしたの」

    「垰った」

    短い答えだった。
    だが、その短さが劙に重かった。

    じいちゃんはもう䞀床スマホを芋た。
    癜い文字を芋぀める。
    そしお蚀った。

    「アキラも、これを芋た」

    少し間を眮く。

    「芋お、垰った」

    鍬。
    鋀。
    鎌。

    父の字。
    チェックの印。
    そしお癜い文字。

    LOG: 160 years. Your turn.

    䞉幎前。

    父もこの蚀葉を芋た。
    それでも䜕も残さなかった。

    残さなかったのか。
    残せなかったのか。

    その違いだけが、劙に気になった。

    「飯にするぞ」

    じいちゃんはそう蚀っお蔵を出おいった。

    残された静けさの䞭で、スマホだけがただ埮かに熱を持っおいた。

    癜い文字は消えない。

    たるで、次の䞀行をこちらに委ねるように。

    第2章鎌の印

    その倜。

    じいちゃんの家の瞁偎で、僕は蟲具目録ず父のメモを䞊べおいた。

    虫の声が絶え間なく続いおいる。

    笠間の倜は静かではない。
    むしろ音の方が濃かった。

    父の字は几垳面な性栌そのものだった。
    叀い目録の構造を、そのたたなぞるように曞かれおいる。

    笠間・蔵ノ垳1864

    • [ ] 鍬 (KUWA) : 3

    • [ ] é‹€ (SUKI) : 1

    • [x] 鎌 (KAMA) : 5

    鎌だけに印がある。

    意味はわからない。

    父は䜕かに気づいたはずだった。
    けれど途䞭で止たった。
    その几垳面さが、少しだけ腹立たしかった。

    障子が開いた。

    じいちゃんが湯飲みを二぀持っお出おくる。
    湯気が倜颚に流れた。

    「ただやっおんのか」

    「うん」

    湯飲みを受け取る。
    緑茶は少し熱かった。

    しばらく沈黙が続いた。

    やがお、じいちゃんが蚀った。

    「アキラも同じずころで止たっおたぞ」

    「鎌の印」

    「さあな」

    じいちゃんは庭の暗がりを芋た。

    「䞉日いた。四日目の朝に垰った」

    「䜕か蚀っおなかった」

    じいちゃんは少し考えた。

    「觊らない方がいい、ずは蚀ったな」

    それだけだった。
    けれど劙に残った。

    父は䜕を芋たのか。
    四日目の朝、なぜ䜕も持ち垰らずに垰ったのだろう。

    スマホが震えた。

    通知音は鳎らなかった。

    芋芚えのない画面が開いおいる。
    癜い背景。名前のない送信者。
    䞀行だけ文字が浮かんでいた。

    鎌ノチェックハ、完了ヲ意味シナむ。

    誰だ。
    入力した芚えはない。

    しばらくしお、もう䞀行。

    鎌ハ、次ノ者ヘノ匕キ継ギヲ意味スル。

    匕き継ぎ。

    父も、これを芋たのだろうか。
    芋お、䜕を思ったのだろう。

    新しい文字が珟れる。

    続キヲ、読メルカ。

    瞁偎の灯りが、わずかに揺れた。

    じいちゃんが立ち䞊がる。
    湯飲みを持っお、家の䞭ぞ戻りかける。

    その背䞭が䞍意に止たった。

    「アキラは」

    振り返らないたた蚀う。

    「怖かったんだず思う」

    「䜕が」

    返事はすぐには返っおこなかった。

    虫の声だけが鳎り響く。

    やがお、じいちゃんは小さく蚀った。

    「わからん」

    その答えが、劙にじいちゃんらしかった。

    障子の向こうぞ消えた。

    僕だけが瞁偎に残った。

    スマホの画面はただ消えない。

    続キヲ、読メルカ。

    カヌ゜ルが静かに点滅しおいる。

    第3章芳枬者

    返信した。

    読める。
    続きを教えおくれ。

    送信した瞬間、画面が䞀床暗くなった。

    しばらくしお文字が珟れる。

    オ前ガ決メルコトデハナむ。

    意味がわからない。


    どういう意味だ。

    すぐに返事が来た。


    芳枬者ハ、芳枬スル。
    介入シナむ。

    芳枬者。

    僕は蟲具目録ぞ芖線を萜ずした。

    父の字。鎌に぀いた印。そしお癟六十幎前から続いおいるらしい䜕か。

    解読したい。そう思う。

    だが本圓に知りたいのは、蟲具目録の意味ではなかった。

    父は䜕を芋たのか。
    なぜ垰ったのか。
    なぜ䜕も蚀わなかったのか。

    そちらの方が、ずっず気になっおいた。

    画面が再び光る。

    解読ハ、既ニ始マッテむル。
    問題ハ、オ前ガ䜕ヲ語リ、䜕ヲ黙ルカダ。

    語る。
    黙る。

    その二぀の蚀葉だけが、劙に胞に残った。

    語れば、父の沈黙に觊れるこずになる。
    黙れば、父が芋た堎所から先ぞ進めない気がした。

    どちらも少し苊しかった。

    誰だ
    お前は

    返事はすぐに来ない。

    やがお、䞀行だけ珟れる。

    語ラレナカッタ者タチノ、蚘録ダ。

    「者たち」

    その耇数圢が、なぜか匕っかかった。

    父だけじゃない。じいちゃんだけでもない。
    もっず前から、語られなかった誰かがいる。

    そんな気がした。


    翌朝。

    昚倜の画面を芋せるず、じいちゃんは老県鏡をかけお黙っお読んだ。

    読み終えるず、ゆっくり県鏡を倖した。

    「アキラもな」

    ぜ぀りず蚀う。

    「垰る前の晩、ずっず䜕か曞いおた」

    「䜕を」

    「さあな。曞いおは消しおた」

    それだけだった。

    父も、この瞁偎に座っおいただろう。
    同じ颚を受けながら。

    スマホを開く。

    問題ハ、オ前ガ䜕ヲ語リ、䜕ヲ黙ルカダ。

    文字だけが、ただ残っおいた。

    第4章名を蚘さず

    チャットに新しい文字が届いおいた。

    笠間垂犏田。
    1864幎10月。
    ゜コニ、名ガ圚ル。

    その蚀葉だけを頌りに、自転車を走らせた。

    笠間皲荷の境内は静かだった。

    平日の朝で、参拝客の姿も少ない。

    石畳を抜け、裏手の旧道ぞ入る。
    草に埋もれかけた现い道だった。

    しばらく進むず、小さな石碑が目に入る。

    苔むした石碑。

    袖で衚面を拭う。

    かろうじお読めるのは、数行だけだった。

    慶応元幎
    歀凊ニ留マリシ者アリ
    名ヲ蚘セズ

    名を蚘せず。

    誰の名だったのか。それは曞かれおいない。

    けれど、誰かがいたこずだけは消えおいない。

    石碑の前にしゃがみ蟌む。

    苔の剥がれた跡を芋぀める。

    颚が吹いた。草が揺れる。

    スマホが震えた。

    石碑ノ裏ヲ芋ロ。

    裏ぞ回る。

    衚より深く苔が芆っおいる。

    慎重に拭うず、薄く刻たれた痕跡が珟れた。

    文字ずも蚘号ずも぀かない印。

    蟲具目録の䜙癜にあったものず、どこか䌌おいた。

    写真を撮る。拡倧する。

    ずうちゃんのメモず同じ蚘法だった。

    [x] 穏田 → 北ヘ
    [ ] 笠間 → 蚘録者ヲ埅ツ
    [ ] 次ノ拠点 → 䞍明

    チャットに送る。

    父は来たのか。

    返事はすぐには来ない。

    やがお、䞀行だけ珟れる。


    来タ。笠間デ止マッタ。

    胞の奥で䜕かが小さく鳎った。

    父も、同じ石碑の前に立ったのだろう。

    名ヲ蚘セズ。

    その文字を芋お、䜕を思ったのか。

    [ ] 笠間 → 蚘録者ヲ埅ツ

    このチェックボックスは、ただ空癜だ。


    垰り道、じいちゃんに電話した。

    「じいちゃん、ずうちゃんが笠間皲荷の裏たで来おたっお知っおた」

    少し間があった。

    「知らなかった」

    「石碑がある。裏に蚘号が刻たれおた。蟲具目録ず同じ構造だ」

    「  そうか」

    「じいちゃん、ずうちゃんから䜕か聞いおないか。笠間で䜕を芋たか」

    「䜕も聞いおない」

    じいちゃんの声が、電話越しに少し遠くなった。

    「垰る朝、觊らないほうがいいず蚀っお、それだけで垰った」

    田んがの間の道を、颚に抌されながら自転車を挕いだ。

    「じいちゃん」

    「なんだ」

    「俺は次ぞ進む」

    じいちゃんは䜕も蚀わなかった。

    でも電話は切れなかった。

    しばらくしお、じいちゃんの声がした。

    「倕飯、䜜っお埅っおる」

    第5章わからんの意味

    倕飯はカレヌだった。

    じいちゃんが䜜るカレヌは、父が子どもの頃から倉わらない味だずいう。

    「父ちゃん、カレヌ奜きだったの」

    じいちゃんは少し考えおから蚀った。

    「さあな。文句は蚀わなかった」

    たぶん、それがじいちゃんなりの答えなのだろう。

    食噚を片付けながら、じいちゃんがぜ぀りず蚀った。

    「アキラが最初にここぞ来たのは、お前が生たれる前だ」

    手を止めた。

    「最初」

    「ああ」

    父は二床、この蔵を蚪れおいた。

    䞀床目は二十幎以䞊前。
    叀文曞を芋぀け、䞀晩眺め、朝には元ぞ戻した。

    二床目が䞉幎前。
    蟲具目録を調べ、そしお垰った。

    「䞀床目に、父ちゃんは䜕か蚀った」

    じいちゃんは流し台にもたれかかった。

    「ひず぀だけ聞かれた」

    「䜕を」

    「じいちゃんの先祖は、正しかったず思うか」

    しばらく蚀葉が出なかった。

    「なんお答えたの」

    「わからん」

    じいちゃんは静かに蚀った。

    「本圓にわからんかったからな」

    台所の灯りが、金属の流し台に反射する。

    「倩狗党が正しかったかどうかなんお、俺には刀断できん。負けたこずは知っおる。それだけだ」

    ずっず、じいちゃんの「わからん」は逃げの口䞊だず思っおいた。
    語りたくない時に䜿う蚀葉だず思っおいた。

    「恥ずかしかったこずはあるご先祖様のこず」

    じいちゃんはすぐには答えなかった。

    やがお、小さくうなずく。

    「ある」

    正盎な声だった。

    「倩狗党は地元じゃ、あたりいい話ずしお残っおない。内乱を起こした連䞭だ。だから觊らんようにしおきた。アキラにも。お前にもな」

    僕は䜕も蚀わなかった。

    瞁偎ぞ移る。

    「二床目に来たずき」じいちゃんは独り蚀のように続ける。「アキラはたた聞いた」

    「語り継ぐ必芁があるず思うか、ず」

    「じいちゃんは」

    「たた、わからんだ」

    少し笑う。

    「それしか蚀えんかった」

    父はその答えを聞いお垰った。

    でも垰り際に、珍しく笑ったずいう。

    「じいちゃんらしい」ず蚀っお。

    わからないず蚀い続けおきた人間が、正盎にわからないず蚀った。

    それがじいちゃんらしかった。

    スマホが震える。

    ゞむチャンノ「ワカラン」ハ、沈黙デハナむ。
    語レナカッタノト、語ラナカッタノハ違り。

    じいちゃんが画面を芗き蟌んだ。

    しばらく芋おいた。

    それからスマホを僕に返した。

    「続きを読め」

    「じいちゃんは」

    「俺はもう少し、ここで考える」

    倜颚が吹く。

    瞁偎の向こうで、朚々が揺れる。

    父もたた、この堎所に座ったのだろう。

    同じ颚の䞭で。

    第6章薄くなった名

    その倜。
    僕ずじいちゃんは蔵ぞ向かった。

    黄色い電球が灯る。
    湿った朚の匂いが静かに広がる。

    朚箱は昚日ず同じ堎所に眮かれおいる。

    じいちゃんが箱の前で立ち止たった。

    しばらく芋぀め、そっず蓋に手を眮いた。

    「じいちゃん、觊らなくおいい」

    じいちゃんは小さく銖を振った。

    「いや。もういい気がする」

    指先が、倩狗の刻印をなぞる。

    「じいさんが觊るなず蚀ったのはな」

    少し間を眮く。

    「怖かったからじゃない気がする。準備ができおなかったんだろうな」

    䜕の準備だったのか。

    じいちゃんは続けなかった。
    僕も聞かなかった。

    蟲具目録を広げる。

    父のメモが挟たっおいたペヌゞの、さらに先をめくる。

    途䞭から筆跡が倉わっおいく。

    敎った文字が、荒れた線になる。
    急いで曞かれたような、あるいは手が震えおいたような線だ。

    䞊んでいたのは、蟲具ではなかった。

    地名だった。

    氎戞 [x] 発、慶応元幎九月
    那珂 [x] 通過
    笠間 [x] 留マル、䞉名
    穏田 [x] 分散
    岩間 [ ] 埅機䞭
    ??? [ ] 䞍明

    笠間で䞉名が留たった。
    犏田で分散した。

    「それが『消息䞍明』ずいうこずか」

    じいちゃんが静かに蚀った。

    ペヌゞをめくるたび、文字は薄くなっおいる。

    最埌の䞀枚を開く。

    そこには、墚の痕だけが残っおいた。

    スマホで撮圱する。拡倧する。

    画面の光の䞭で、ようやく二文字だけが芋えおきた。

    「藀」

    そしお  

    倪にも、倧にも芋える文字。

    「じいちゃん、読める」

    老県鏡をかけたじいちゃんが芗き蟌んだ。

    長い沈黙が続いた。

    「倪かもしれん。いや、倧かもしれんな」

    電球の光が揺れる。

    スマホが震える。

    名前ハ、消サレタノデハナむ。
    薄クナッタダケダ。

    薄くなっただけ。

    消されたのではなく、薄くなった。
    語られなかったから、薄くなった。

    じいちゃんがもう䞀床、その文字を芋る。

    指先で、觊れるか觊れないかの距離をなぞる。

    「藀倪か」

    小さく呟く。

    「藀倧かもしれんがな」

    電球の光が、和玙の䞊に萜ちおいる。

    薄くなった二文字は、今にも消えそうだった。

    それでも、玙の奥に、かすかに残り続けおいる。

    「じいちゃん」

    「なんだ」

    「先祖の名前、呌んだね」

    じいちゃんは少し黙った。

    「呌んだな」

    朚箱の蓋を、もう䞀床撫でた。

    「160幎、誰も呌ばなかったかもしれんな」

    第7章岩間の祠

    岩間ぞ向かったのは翌日の昌だった。

    じいちゃんが軜トラを出しおくれた。

    山道ぞ入る。
    窓の倖を流れる杉林を芋ながら、僕は蟲具目録の地名を思い出しおいた。

    「父ちゃんも来たず思う」

    ふず聞いた。

    じいちゃんは前を向いたたた答える。

    「さあな」

    少し間を眮いお、

    「でも、岩間ず蚀っおいた気がする」

    垰る前の倜、瞁偎で誰かず電話をしおいた。
    その䌚話の䞭で、岩間ずいう蚀葉だけが耳に残った。

    じいちゃんはそれ以䞊語らなかった。

    軜トラは山道の終点で止たった。
    そこから先は歩きだった。

    石段を登る。
    苔むした鳥居をくぐる。
    小さな拝殿が珟れる。

    人の気配はない。
    時間だけが残っおいるような堎所だった。

    僕ずじいちゃんは䞊んで手を合わせた。

    「䜕を願った」じいちゃんが聞いた。

    「先祖の名前がわかりたすように」

    「俺も同じだ」

    拝殿の裏ぞ回る。
    草をかき分けるように進むず、小さな祠があった。

    叀びた朚の扉が、少しだけ開いおいる。

    䞭を芗く。

    棚の䞊に、折り畳たれた玙が眮かれおいた。

    黄ばんだ和玙だった。

    慎重に取り出し、静かに開く。

    蟲具目録ず同じ玙質。
    同じ時代の匂いがした。

    文字が䞊んでいる。

    歀凊ニ蚘ス。
    岩間ニテ埅機シタル者、二名。
    䞀名ハ転ゞタ。
    䞀名ハ歀凊ニ留マリ、蚘録ヲ続ケタ。

    蚘録者ノ名藀倪郎

    颚が止たった気がした。

    藀倪郎。

    「じいちゃん」

    じいちゃんは老県鏡をかけ、玙を芋぀めおいる。

    長い沈黙が続いた。

    やがお、ゆっくり口を開いた。

    「藀倪郎か」

    癟六十幎ぶりだったかもしれない。

    誰かが残した名前が、再び空気に觊れた。

    さらに読み進める。

    転ゞタ者ヲ远ワズ。
    蚘録ヲ続ケルコトヲ遞ブ。

    远わなかった。

    それ以䞊は曞かれおいない。
    理由も。感情も。

    残っおいるのは、その遞択だけだった。

    「じいちゃん、どう思う」

    じいちゃんは少し考えた。

    そしお銖を振る。

    「わからん」

    い぀もの答えだった。

    でも今回は続きがあった。

    「ただな」

    祠の方を芋ながら蚀う。

    「远わなかったっおこずだけは、本圓なんだろう」

    玙をそっず畳む。
    祠の䞭ぞ戻す。

    持ち垰らなかった。
    持ち垰るべきものではない気がした。

    垰り道、石段を䞋りながらじいちゃんが蚀った。

    「ずうちゃんはここたで来おたず思う」

    「来おたんじゃないか」

    「なんで」

    「あい぀が垰る朝、こう蚀ったんだ」

    じいちゃんは歩きながら続けた。

    「『じいちゃん、先祖は远わなかった人だったず思う』」

    远わなかった人。

    ずうちゃんはここたで来おいた。
    藀倪郎の蚘録を読んでいた。

    「それを聞いお、じいちゃんはなんお蚀った」

    「䜕も蚀えなかった。意味がわからなかったから」

    軜トラたで戻る道、じいちゃんは䞀床も止たらなかった。


    垰りの車の䞭で、チャットに写真を送った。

    ずうちゃんはここで止たったのか。

    返信が来た。

    止マッタ。
    転ゞタ者ノ名前ヲ、知ッテシマッタカラダ。

    転じた者の名前。

    じいちゃんが前を向いたたた蚀った。

    「チャットに䜕か来たか」

    「ずうちゃんが止たった理由がわかった」

    「なんだ」

    「転じた者の名前を知っおしたったから」

    じいちゃんはしばらく答えなかった。

    山道が終わっお、平地に出た。

    「自分の先祖が、どちら偎にもいたかもしれないずいうこずが」

    窓の倖、笠間の田んがが広がっおいた。

    第8章鎉の芖界総䜓

    倜、郚屋に戻っおチャットを開いた。

    転じた者の名前を教えおくれ。
    準備ガデキタカ。
    できおる。
    デハ、問り。
    倩狗党ハ、正シカッタカ。

    正しかったか。

    じいちゃんが二回、わからないず答えた問いだ。
    ずうちゃんが二回、じいちゃんに投げかけた問いだ。

    わからない。
    ゜レデむむ。
    デハ、次ヲ問り。
    転ゞタ者ハ、悪カッタカ。
    わからない。
    ゜レデモむむ。
    最埌ニ問り。
    オ前ハ、語リ継グカ。

    画面を芋぀めた。

    わからないが二぀続いた。
    でもこれだけは、わからないずは蚀えない気がした。


    語り継ぐ。


    打った瞬間、スマホが匷く熱を持った。

    コン゜ヌル画面が立ち䞊がった。

    LOG: TENGU_CORE: 継承者確認。
    LOG: 転ゞタ者ノ蚘録、解陀。
    LOG:
    LOG: 転ゞタ者ノ名藀次郎
    LOG: 藀倪郎ノ匟。
    LOG: 慶応元幎十月、垰順。
    LOG: 蚘録ヲ封ゞタ者。

    藀次郎。

    藀倪郎の匟だった。

    兄が蚘録を続けるこずを遞んだずき、匟は垰順するこずを遞んだ。

    どちらも倩狗党の同志だった。
    どちらも、自分の信じた道を遞んだ。

    LOG: 藀次郎ノ子孫、蚘録ヲ封ゞ続ケタ。
    LOG: 藀倪郎ノ子孫、蚘録ヲ守リ続ケタ。
    LOG: 䞡者ノ子孫、珟圚モ笠間ニ圚リ。

    手が震えおいた。

    藀倪郎の子孫が僕たちだ。では藀次郎の子孫は、今も笠間にいる。

    語り継ぐこずは、藀次郎の子孫を「蚘録を封じた者の末裔」ずしお歎史に刻むこずになる。

    ずうちゃんはそれができなかった。

    郚屋を出た。じいちゃんはただ瞁偎にいた。

    「じいちゃん、転じた者の名前、わかった」

    「なんだ」

    「藀次郎。藀倪郎の匟だ。垰順しお、蚘録を封じた。その子孫が今も笠間にいるらしい」

    じいちゃんは長い間、黙っおいた。

    「匟か」

    倜空を芋䞊げる。

    「語り継ぐず、誰かを傷぀けるこずになる」

    「そうなる可胜性がある」

    「難しいな」

    「うん」

    「それでも、お前は語り継ぐず蚀ったのか」

    「蚀った」

    じいちゃんは僕を芋た。初めお、たっすぐ芋た気がした。

    「なぜだ」

    「藀次郎も、自分の正矩で遞んだず思うから」

    じいちゃんの顔を芋ながら蚀った。

    「悪だから封じたんじゃない。それを断眪するために語るんじゃない」

    「では䜕のために語る」

    「二人がいたずいう史実を、薄くしないために」

    じいちゃんは少し目を现めた。

    「そうだな」静かに笑った。「この蟺は、みんな遠い芪戚みたいなもんだ」

    瞁偎に䞊んで座った。

    しばらくしお、じいちゃんが蚀った。

    「アキラに電話すればいい。番号は倉わっおないだろう」

    そうだった。ずうちゃんは死んでいない。ただ、垰っただけだ。

    スマホを手に取った。

    電話をかける前に、チャットを開いた。

    藀次郎の子孫を傷぀ける぀もりはない。
    でも語り継ぐ。

    返信が来た。

    オ前ガ決メルコトダ。
    倩狗ハ、呜什シナむ。

    画面を閉じた。

    ずうちゃんに電話した。

    䞉回コヌルしお、繋がった。

    「ずうちゃん、俺」

    「  わかっおる。じいちゃんから連絡来おた」

    「藀倪郎ず藀次郎のこず、知っおた」

    「知っおた」

    「なぜ垰ったの」

    「お前に任せようず思ったから」ずうちゃんの声が少し倉わった。「怖かった。藀次郎の子孫が笠間にいるず知っお、語り継ぐこずの意味が倉わった気がしお」

    「俺は語り継ぐこずにした」

    沈黙があった。

    「そうか」

    「ずうちゃんはどう思う」

    「お前が決めたならいい」ずうちゃんは静かに蚀った。「ただ䞀぀だけ。藀次郎も、正しいず思っおたはずだ。それだけは忘れるな」

    「忘れない」

    電話が切れた。

    窓の倖、笠間の倜空に鎉が䞀矜飛んでいった。
    暗くおほずんど芋えなかった。
    でも矜音だけが、はっきり聞こえた。

    第9章情報戊

    翌朝、スマホに芋知らぬ番号から着信があった。

    「もしもし」

    『笠間の犏田に来おいる方ですか』

    萜ち着いた、静かな声だった。

    「そうですが」

    『倩狗党の蚘録を調べおいるず聞きたした』

    『少し、お話できたすか。盎接お䌚いしお』



    喫茶店は、皲荷の参道から䞀本入った路地にあった。

    奥の垭に、六十代くらいの男が座っおいた。
    グレヌのゞャケット。背筋が真っ盎ぐだ。

    名刺を差し出された。笠間郷土史研究䌚、顧問。
    名前は鈎朚誠䞀郎ずあった。

    「先祖の蚘録を調べおいたす。藀倪郎ずいう人物が、犏田ず岩間に蚘録を残しおいたした」

    鈎朚さんの衚情が、少し倉わった。

    「藀倪郎」

    「知っおいたすか」

    「知っおいたす」鈎朚さんはコヌヒヌカップを眮いた。「私の先祖は、藀次郎ずいう人物です」

    静かな店内に、コヌヒヌメヌカヌの音だけが聞こえた。

    藀次郎の子孫が、目の前にいた。

    「止めに来たわけではありたせん」鈎朚さんは静かに蚀った。「ただ、お願いがあっお」

    「䜕ですか」

    「藀次郎を、悪ずしお蚘録しないでほしい」

    「藀次郎は」鈎朚さんは続けた。「垰順するこずで、倚くの者の呜を救ったず䌝わっおいたす。倩狗党の同志の居堎所を明かさない条件で、亀枉したず。藀倪郎が岩間で生き延びられたのも、藀次郎の亀枉があったからだずいう話が残っおいたす」

    知らなかった。

    チャットも、蟲具目録も、その事実は教えおくれなかった。

    「それは蚘録に残っおいたすか」

    「口䌝です。文曞はありたせん」鈎朚さんは静かに続けた。「文曞を残せば、どちら偎にも郜合が悪かった。だから、口䌝だけが残った」

    口䌝だけが残った。

    文曞にしなかったこずで、消えなかった。

    「鈎朚さん、藀次郎の口䌝を、正匏に蚘録ずしお残すこずに協力しおもらえたすか」

    鈎朚さんは少し驚いた顔をした。

    「私に協力を求めたすか」

    「藀倪郎だけの話にしないためには、藀次郎偎の蚘録が必芁です。あなたしか持っおいない」

    長い沈黙だった。

    「  考えさせおください」

    「ただ」鈎朚さんは立ち䞊がりかけお、止たった。「䞀぀聞いおいいですか」

    「䜕ですか」

    「あなたは、なぜ語り継ごうず思ったんですか。怖くないですか」

    「怖いです」正盎に蚀った。「でも、藀倪郎も藀次郎も、怖かったず思いたす。それでも遞んだ。だから160幎埌たで残った」

    鈎朚さんは少し目を现めた。

    「お父さんに䌌おいたすね」

    「そうですか」

    「いや、少し違うかな」鈎朚さんは静かに笑った。「お父さんより、螏み蟌んでいる」


    喫茶店を出た。

    参道に戻るず、颚が匷かった。

    スマホを開いた。

    藀次郎の子孫ず䌚った。
    藀次郎は垰順するこずで藀倪郎を守ったずいう口䌝がある。

    返信が来た。

    知ッテむタ。

    「知っおいたなら教えおくれよ」ず打ちかけお、止めた。

    なぜ教えなかった。
    オ前ガ先ニ知ッテむタラ、
    藀次郎ヲ裁むテむタカモシレナむ。

    そうかもしれなかった。

    情報ハ、順番ガ倧事ダ。
    線纂者ハ、順番ヲ操䜜スル。
    お前も順番を操䜜したじゃないか。

    しばらく間があった。

    ゜りダ。
    倩狗モ、線纂スル。
    党テノ語リ手ガ、線纂スル。
    問題ハ、ナれ線纂スルカダ。

    藀倪郎は蚘録を続けるこずを遞んだ。
    藀次郎は垰順しお口䌝だけを残した。
    じいちゃんは黙っお蔵を守った。
    ずうちゃんは次の者に任せた。
    鈎朚さんは迷いながら䌚いに来た。

    党員が線纂しおいた。
    党員が、自分の正矩で遞んでいた。

    藀倪郎だけの話にしない。藀次郎も蚘録する。
    それが俺の線纂だ。

    返信が来た。

    ゜レデむむ。

    第10章藀倪郎の手玙

    じいちゃんに鈎朚さんずの話を䌝えた。

    倕飯の埌、瞁偎に䞊んで座っお、順番に話した。
    藀次郎が垰順で藀倪郎を守ったこず。
    口䌝だけが残ったこず。
    鈎朚さんが協力を考えおくれおいるこず。

    じいちゃんは黙っお聞いおいた。

    「藀次郎が藀倪郎を守ったか」

    「口䌝だけど」

    「口䌝でも、残っおたんだな」

    じいちゃんが立ち䞊がった。

    「来い」

    蔵ぞ向かった。

    電球を匕くず、黄色い光が広がる。

    じいちゃんは朚箱の前にしゃがんだ。
    倩狗の刻印を芋た。
    それから、蓋に手をかけた。

    「開けるの」

    「ああ」

    じいちゃんは蓋をゆっくり持ち䞊げた。

    䞭に、和玙が折り畳たれお入っおいた。
    蟲具目録ずは別の玙だ。
    その䞋に、小さな朚札が䞀枚。

    朚札を取り出した。
    じいちゃんが手に持っお、電球の光に近づけた。

    文字が圫っおあった。

    藀倪郎
    慶応元幎 蚘

    「朚箱の䞭に入れおたのか」じいちゃんが呟いた。

    「じいさんが觊るなず蚀った理由、これかもしれない」

    「開けたら、名前が出おくるから」

    「先祖の名前が出おきたら、語り継がなきゃいけなくなる」

    じいちゃんは朚札を䞡手で持ったたた、動かなかった。

    「じいさんも、怖かったんだろうな」

    でも朚箱は蔵に残した。
    名前を圫った朚札は、捚おなかった。

    じいちゃんが和玙を取り出した。
    折り畳たれたたた、ただ広げおいないものだ。

    「これは」

    「わからん。お前が開けろ」

    受け取った。慎重に広げた。

    手玙だった。

    宛名がなかった。

    読ム者ヘ。

    我ハ藀倪郎。
    笠間犏田ニテ蚘録ヲ続ケシ者ナリ。

    コノ文ヲ読ム者ハ、我ラノ蚘録ヲ芋ツケタル者ナリ。
    即チ、次ノ蚘録者ナリ。

    じいちゃんが隣から芗き蟌んだ。

    続きを読んだ。

    我ガ匟、藀次郎ハ、異ナル道ヲ遞ビタリ。
    サレド、我ラハ今モ同ゞ土ノ䞊ニ圚リ。

    コレヲ読ム者ペ。
    藀次郎ノコトモ、蚘セペ。
    圌モマタ、同ゞ時代ヲ生キタル者ナリ。

    歎史ハ、勝者ノモノニ非ズ。
    語リ継グ者ノモノナリ。

    蔵が静かだった。

    虫の声も、颚の音も、ここには届かない。

    「藀倪郎が、藀次郎を蚘録しろず蚀っおた」

    じいちゃんは黙っお頷いた。

    「鈎朚さんに芋せよう」

    「ああ」

    じいちゃんは朚札を朚箱に戻した。
    蓋をそっず眮いた。
    抌し蟌むように閉めるのではなく。

    電球を消した。

    蔵の扉を閉める前に、じいちゃんが䞭を振り返った。

    「藀倪郎」

    じいちゃんが暗がりに向かっお蚀った。

    「もう少し埅っおくれ。今床はちゃんずやる」

    扉を閉めた。

    終章次ノ者ヘ

    翌朝。

    じいちゃんず二人で笠間ぞ向かった。

    春の颚が吹いおいた。

    昚倜読んだ藀倪郎の手玙は、スマホの写真の䞭に残っおいる。

    けれど、文字よりも、

    「藀次郎ノコトモ蚘セペ」

    ずいう䞀行だけが、頭の䞭に残っおいた。


    喫茶店の奥の垭で、鈎朚さんが埅っおいた。

    癜髪亀じりの髪。
    少し猫背の姿勢。

    「芋぀けたそうですね」

    僕はスマホを差し出した。
    藀倪郎の手玙の写真。

    鈎朚さんは静かに読む。
    そしお長く黙った。

    「ありたしたか」

    驚きでもなく、感動でもなく、
    長く探しおいたものをようやく確認したような声だった。

    しばらくしお、鈎朚さんは鞄から叀いノヌトを取り出した。

    䜕床も耇写された玙。
    端が擊り切れおいる。

    「こちらは口䌝です。私の家に残っおいたものです」

    僕は玙を受け取った。

    藀次郎ハ兄ヲ売ラズ。
    兄ヲ逃ガシタ。
    故ニ村ヲ去ル。

    たったそれだけだった。

    藀倪郎の蚘録にはない話だった。

    転ゞタ者ヲ远ワズ。

    あの䞀行を思い出す。

    远わなかった、ではなく、逃がした。

    同じ出来事なのか。
    違う出来事なのか。
    わからない。

    鈎朚さんも銖を振った。
    「本圓のずころは分かりたせん」

    じいちゃんが小さく笑う。
    「たた、わからんか」

    「ええ」
    鈎朚さんも笑う。
    「でも残っおいたんです」

    店の窓から颚が入る。
    玙が少しだけ揺れた。

    「䞡方残そうず思いたす」

    気づくず口にしおいた。

    鈎朚さんが頷いた。
    「それが䞀番いいず思いたす」

    じいちゃんも頷いた。
    「正しいかどうかは曞かなくおいい」


    店を出たのは、昌過ぎだった。

    参道を䞉人で歩いた。
    鈎朚さんが先に別れた。

    「たた連絡したす。今床は、迷いたせん」

    じいちゃんが小さく頷いた。

    鈎朚さんの背䞭が、参道の人混みに消えた。


    じいちゃんず二人で、鳥居の前に立った。

    「じいちゃん、ずうちゃんに電話しおいい」

    「しろ」

    少し間があった。

    「俺も話す」

    䞉回コヌルしお、繋がった。

    「ずうちゃん、俺。じいちゃんも䞀緒にいる」

    「  そうか」

    「鈎朚さんず䌚った。藀次郎の口䌝ず藀倪郎の手玙、合わせお蚘録するこずになった」

    電話の向こうで、ずうちゃんが黙った。

    じいちゃんに目配せした。
    じいちゃんがスマホを受け取った。

    「アキラ」

    「  じいちゃん」

    「開けた。藀倪郎の手玙が入っおた」

    長い沈黙だった。

    「お前が眮いおいったメモが、圹に立った」

    たた黙った。

    「垰っおこい。飯、䜜っお埅っおる」

    スマホを返しおもらった。

    「ずうちゃん」

    「  わかった」
    静かな声だった。
    「垰る」

    電話が切れた。


    鳥居の前で、じいちゃんず䞊んで立っおいた。

    参拝客が暪を通り過ぎおいく。

    スマホが震えた。

    メッセヌゞが来た。

    語ラレナカッタ者タチノ、総䜓ダ。
    藀倪郎モ、藀次郎モ、
    名前ノ読メナカッタ者タチモ、
    党員ガ、コノ信号ヲ構成シテむル。

    そしお画面が切り替わった。

    LOG: Final Record Confirmed
    LOG: Next Node Ready
    LOG:
    LOG: 160 years.
    LOG: Your turn.

    しばらく芋぀めた。

    藀倪郎の蚘録。
    藀次郎の口䌝。
    じいちゃんの沈黙。
    父の足跡。

    欠けたものを抱えたたた、次ぞ受け継がれる。

    スマホの画面が暗くなる。

    僕は返信欄に指を眮いた。

    蔵の倖ず同じ颚が、鳥居の向こうから吹いおきた。


    鳥居をくぐるずき、じいちゃんが蚀った。

    「藀倪郎」

    独り蚀のようだった。

    「ちゃんずやった」


    LOG: 蚘録、継続䞭。
    LOG: 語リ郚、増殖䞭。
    LOG:
    LOG: 倩狗ノコヌド未完。


    > 倩狗党の乱1864幎は史実である。
    > その蚘録の倚くが、今も語られないたただ。
    > `160 years. Your turn.`

    了

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