
【問いかける】今日もみんなで無事に帰ろう
人が受け取れる言葉の幅を大きく考えれる言葉だな
とてもそう思う。
家を出た少し先の道沿いで、ずっと工事が続いている。
そこの寮らしきところに掲げられている言葉。
『今日もみんなで無事に帰ろう』
この言葉はもちろん現場で働いている方に向けて書かれたもの。
だけど、通りすがりの他人がこの言葉を目にした時、何を感じるだろうか。
僕は、ふと反対のことを考えてしまう。
「誰かが無事じゃなかったんだろうな」って。
屁理屈でもなく純粋にその思考に至った。
例えば、怪我をしないで帰ろうと書いていた場合、
誰かが怪我をしたからそう書いたのかなって感じてしまう。
字体からは少しポップさを感じはするものの、とても奥行きのある言葉だなって感じる。
なぜなら、普段僕は無事に帰ろうって頭でも言葉としても言ったことがほとんどない。
だから安易に想像できる背景を思い浮かべる。
でも、仕事柄、命に危険性があるかもしれない仕事をしている人からしたらどうだろうか。
たぶん他人事としてすぐにスルーできるような言葉でもないように思う。
要するに受け取り方って一方方向じゃないってことかもしれない。
書いている意図や前提と違った受け取り方をされることもあれば、そのまま伝わることもある。
当たり前のように思えて当たり前じゃないってことは覚えておかないといけないなって感じる。
日本語はその感情に見合った言葉や表現がかなりある。
僕もまだまだ知らないことだらけ。
そんなことを江戸川乱歩の本を読みながら感じたことがある。
むしろ創作された言葉ですらある世界。
夏目漱石がその最たる例。
それらを使うことによる意図は何だろうか。
そんなことが頭によぎった。
もっと言葉と向き合いたい。
使い方も受け取り方も磨いていきたい。
そんなことを思いながらこのキャッチコピーを眺めていた。
少し投げかけてみたい。
「今日もみんなで無事に帰ろう」
あなたはどんなふうに受け取りますか