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Photo byvoice_miwa0401

ママ友とうまくやれない私は、母親失格だと思っていた

    私は、日本にいた頃、人間関係にとても疲れていた。

    特に、息子が幼稚園に入ってから。

    「ママ友とうまくやらなければ」
    そんな思いに、いつの間にか圧倒されていた。

    園のママたちの輪に入れなければ、息子が寂しい思いをするんじゃないか。

    友達と楽しく遊んだり、休日にお出かけしたり、そういう“楽しい園生活”を作るには、母親同士のつながりが必要なんじゃないか。

    だから私は、
    「息子のために」
    ママ友を作らなきゃいけない、と思っていた。

    でも、その思いから行動する人付き合いは、どこかいつもしんどかった。

    本当は疲れているのに話を合わせる。

    行きたくない集まりにも参加する。

    断ったら悪い気がして、無理をして予定を入れる。

    そうやって、自分のエネルギーをどんどん使い果たしていた。

    特にしんどかったのは、グループLINEだった。

    家に帰っても、気持ちが休まらない。

    スマホが鳴るたびに、また“集団”の空気が自分の中に入ってくるような感覚があった。

    返信を考えたり、会話の流れを気にしたり、誰がどう思っているのかを勝手に想像したり。

    自分の時間なのに、自分の心がどこにもいないような感じだった。

    でも、その頃の私は、
    そんな自分を責めていた。

    他のママたちは、楽しそうに見えたから。

    自然に友達を作って、
    子ども同士も遊ばせて、
    園生活を楽しんでいるように見えた。

    なのに私は、
    うまく輪に入れない。

    だんだん、園終わりの公園遊びに行くことすら苦痛になっていった。

    息子は、「遊びたい!」というエネルギーでいっぱいだった。

    本当は連れて行ってあげたい。

    でも私は、公園に行くたびに、自分のエネルギーが削られていく感覚になっていた。

    だから、雨の日に少しホッとしてしまうこともあった。

    今日は公園に行かなくていい。

    今日は誰とも会わなくていい。

    そんなふうに思ってしまう自分に、また罪悪感を感じていた。

    「息子を楽しく遊ばせてあげられないのは、私がちゃんと集団に馴染めないからだ」

    あの頃の私は、本気でそう思っていた。

    でも今振り返ると、
    息子自身は、そこまで困っていなかった気もする。

    困っていたのは、
    “集団にうまく馴染めない自分”
    を許せなかった、私自身だったのかもしれない。

    子どもの交友関係まで、母親がちゃんと繋げなきゃいけない。

    ちゃんと輪に入れなきゃいけない。

    空気を読んで、
    みんなとうまくやらなきゃいけない。

    そんなふうに、私はずっと「集団に馴染めることが正しい」と思って生きてきた気がする。

    だから、馴染めない自分を見るたび、
    自分が“ちゃんとしていない人間”のように感じてしまっていたのかもしれない。


    移住して、しばらく経った頃、日本人の友人たちと食事をしていて、子育ての話になった。

    それぞれに、それぞれの考え方がある。当たり前のことだけど、以前の私なら、どこかで「私はこう思う」を主張していたと思う。自分の正しさを、そっと守ろうとしながら。

    でもそのとき、不思議とそうしなかった。

    「そういう考え方もあるんだな」

    ただ、それだけだった。否定もしない。肯定もしない。その人の考えは、その人のもの。自分の考えは、自分のもの。それだけのことが、すっと腑に落ちていた。

    家に帰っても、引きずらなかった。

    以前なら、「でも、あの考え方は…」と頭の中で反芻していたと思う。それがなかった。「そうなんだね」で、本当に終わっていた。

    あ、私、変わったのかもしれない。

    そう気づいたのは、そのあとだった。


    もしかしたら、あの頃の疲れは、人間関係のせいじゃなかったのかもしれない。

    頭の中で、ずっと戦っていたのは、私自身だったのかもしれない。

    「ちゃんとした母親でいなければ」と思っていた私と。

    ママ友と上手くやれることで、それを証明しようとしていた私と。

    母親失格だったんじゃなくて、ただ、「ちゃんとやれてるよ」と思える場所を、外側に探していただけだったのかもしれない。

    外側に答えがある限り、どこへ行っても苦しかったのかな、と今は思う。

    そして、移住して、初めて少しだけ 「そのままでも大丈夫かもしれない」と思えるようになったのかもしれない。


     
     
     

    Katako

     
     
    海外で子育てをしながら暮らしています。 頑張りすぎてしまったり、「ちゃんとしなきゃ」と思ってしまう日々の中で、ふと感じたことを言葉にしています。 ▶ブログはこちら https://katakotokozure.com

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