
私もソリティアおじさんかもしれない|小説『ソリティアおじさんがいた頃』
シリーズ 「ちょっと聞いてくださいよ」
カフェで、飲み屋で、しょうもない話をしたい。
ちょっと聞いてくださいよ。
最近しんどくて。
家庭も仕事もうまく回らなくて、何をしたいのかわからなくなってきまして。
楽しい事が何も思い浮かばないんです。
しんどいのに、スマホの広告で出てきた、色の粒を同じ色のマスに移動させて絵を完成する、みたいな単純作業ゲームを延々と何時間もやってしまうんです。
そんな時に家のリビングにぽんと置かれていたのがこの本『ソリティアおじさんがいた頃』。
2026年上半期の芥川賞候補作。
ゲームで細かい粒ばかり見て目が疲れてきたので、その本を読んだんです。
これが今の私に妙に刺さったんです。
お話としては
主人公は京都の味噌メーカーで働く女性。
かつて職場にいた、すでに定年退職しているソリティアおじさんが亡くなった、という話を耳にするところから始まります。
そこからソリティアおじさんについての思いが、主人公を取り巻く状況に絡んでいき物語は進んでいくのですが…。
ソリティアおじさんとは
会社で勤務時間に仕事をせずにパソコンで延々とソリティア(1人用トランプゲーム)をやっている中年男性。
今の私に刺さったのは「ソリティアおじさん」がなぜソリティアおじさんになったのかというところ。
物語のソリティアおじさんは、以前はバリバリ仕事をしていたそうです。
でもいつの間にかソリティアおじさんになっていた。
物語の中にはもう一人、立ち止まって動けなくなっている人が出てきます。
彼らに何があったのか。
そして私も今まさに、色の粒を移動させるだけのゲームをひたすらやっています。
動けなくなった事がない人に、この感覚はわかりにくいと思います。
そして動けなくなっている本人も、どうして動けなくなっているのか、思い当たる節がありすぎてもうわからない。
という事が、今の私にはわかりすぎて、痛い。
ソリティアがやりたくてやりたくて仕方がないわけじゃない。
ほんとに動けないならソリティアもできない。
でもソリティアしかできなくなる。
すぐ死ぬわけじゃない。
でも時間は経つ。
するといろんなものが体にまとわりついてきて余計に動けなくなる。
そんな苦悩を抱える人が、私以外にも意外とたくさんいる気がします。
読み終わって
文学がその時代の苦悩を映し出す一面があるなら、この物語はすごくきれいにリアルを切り出してて、今という時代を感じました。
なるほど、芥川賞候補。
ちょっとホッともしたんです。
このつらさが存在していることを、認知されたような気もして。
おかげで私も色の粒を移動させるのをやめて、この文章を書いてみようと思えました。
だからといって事態がガラッと変わるわけじゃないんですけどね。
しんどいもんはしんどい。
でも、この主人公がすごくいいんです。
この人もある種のしんどさを抱えている。
でも今日も仕事をする。
そこが、すごく好きでした。
なので、はい。
今回も持ってきましたよ。
お貸しします。
語り口がちょっと独特なので、慣れるまでちょっと違和感があるかもしれませんけど、それもおもしろいんで、読んでください。
そしてソリティアおじさんがどう見えたか、聞かせてください。
シリーズ「ちょっと聞いてくださいよ」#22
久しぶりに誰かとごはんに行っても、うっかり子どもや仕事、健康の話をしてしまう。
もっとしょうもない話がしたい。
カフェや飲み屋で、ダラダラおしゃべりする感じでお付き合いください。
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