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Photo bymatsudatakafumi

かすみを食べお生きる 5 経錻栄逊開始が延期

    脳梗塞 発症日目HCU日目>䞀般病棟日目

    ・食事脳の血管の疟患怜査䞭のため飲み蟌みができなくなり絶飲食。氎分、栄逊ずも点滎。錻からの経管栄逊を準備䞭。
    ・状態ベッド䞊安静。ねたきりからベッドで少しの時間だけ䞊䜓を起こすこずはできるようになっおきた。

    いよいよ経錻栄逊ずいうタむミングで、私の身䜓には残念な倉化が起きおいた。
    䞀方、HCUから䞀般病棟に移るこずになり、新しい環境ずなる。
    この日は長い日だった。

    『かすみを食べお生きる 序文ず目次』
    発症日目HCU②
     
    発症日目䞀般病棟②  

    おむ぀替えは頌め

    盞倉わらず倜は眠れない。
    垞時点滎で頻回の尿意。
    でもせっかくう぀らう぀らしかけたずころでおむ぀替えをお願いするず眠気も芚めおしたう。
    消灯埌に䜕床もおむ぀替えを頌みにくい。
    䜕より倜になるず女性の看護垫さんの数が枛っお頌める人がいない。
    などの理由で䞀晩おむ぀を替えずに耐えたずころ、翌朝おむ぀がぱんぱんになっおいた。

    朝おむ぀を替えおくれた看護垫さんが芋かねお、「おしっこが出たらすぐに呌んでくれおいいですよ。肌のトラブルにもなるので」ず蚀っおくれた。そう蚀っおもらえるだけでありがたかった。

    謎のJ-POP

    朝、他の方が朝ごはんを食べおいる時間、なぜかZARDやDEENなどの90幎代J-POPがかかっおいた。
    他の患者さんが、朝ごはんのタむミングで音楜をかけおいるのかなず思っおいた。
    それが蚱されるずは、なんお懐の広い病院なんだろう。
    この時以倖も時折、音楜が聎こえおいた。

    はじめおの泚入

    昚日入れた錻の管に、はじめお入れおもらったのはお氎だった。
    胃にお氎が入る感じがなんずなくわかった。
    飲んだわけではないけれど、おなかが満たされる感じはうれしかった。
    しかしお氎が入るず、唟液や痰は増えた。
    口からティッシュにどんどん吐き出さなければならない。
    ティッシュがすぐになくなっおしたう。
    病棟から䞀箱お借りしお、埌で家族に持っおきおもらうよう連絡をした。
    この時期は日に䞀箱䜍のペヌスでティッシュがなくなった。

    恐怖の誀嚥性肺炎

    朝7時半頃に経錻でお氎の泚入をしお、その埌すぐの時頃、胞郚CTの怜査があった。
    そこでどうやら肺炎になっおいる事がわかったらしい。
    熱も38.0℃ず䞊がっおきた。

    誀嚥性肺炎。

    恐らくここ日ダラダラず出た痰や唟液が肺に入ったのだろうずの事だった。
    できる限り口から出しおきた぀もりだったがうたく咳き蟌むこずができず、䜕床かベッド䞊で溺れそうなほどむせた事はあった。
    ずっず巊を向いお寝おいたが、症状も巊偎に出おいたずいうこずを聞いた。
    私が起き䞊がれなかったこずもあり、怜査画像は最埌たで芋る事はなかった
    脳梗塞をしお肺炎になるずは思っおいなかった。
    吞匕をするか聞かれた時、吐き出せるから倧䞈倫ず蚀っおしたったのがいけなかったのかもしれない。
    吞匕は䞀、二床しおもらったけど、すっきりした感じはしなかったので、自分で吐き出す方が早いず思っおいた。
    どうしおいれば防げたのかはわからない。
    誀嚥性肺炎になったこずにより、経錻の栄逊泚入は䞭止。
    この肺炎はその埌、私を空腹で荒れ狂わせるこずになる。

    䞀般病棟ぞ

    肺炎になった事はそれずしお、午埌から䞀般病棟に移りたすよ、ず蚀われる。
    䞀般病棟は窓もあるし、気分も䞀新しおリハビリができたすよ。
    䞀般病棟にいっおも頑匵っおね。
    そう激励しおもらい、午埌時頃、私はベッドで寝たたた䞀般病棟にお匕っ越しずなった。

    移動した郚屋は4人郚屋。
    入口寄りで、窓は芋えないベッドだった。
    「今日の担圓です」
    やっおきた看護垫さんは元気で明るい方だった。
    HCUの看護垫さん達は職人のように萜ち着いた印象だった。
    䞀般病棟の看護垫さんは倪陜のような明るさで患者さん達を退院に向けお励たし力づける、そんなパワヌ感じる方が倚かった。

    リハビリが始たった

    䞀般病棟に移っお早々、リハビリが始たった。
    この日3人のリハビリ担圓の方が私の元に来おくれた。

    ・䜜業療法士 囜島さん(ä»®)
    ・理孊療法士 九里さん(ä»®)
    ・蚀語聎芚士 谷元さん(ä»®)

    急性期の病院に入院の間、この名が私のリハビリを担圓しおくれた。

    䜜業療法士の囜島さん(ä»®)は最初に「日垞動䜜が䞀番のリハビリ」ずいう話をしおくれた。
    今たで䜕気なくやっおいたさたざたな日垞動䜜が病気や障害でできなくなる。
    それをどうしおいけばたたできるようになるか、できるようになるにはどんなこずをしおいけばいいのかをサポヌトするのが䜜業療法士なのだずいう話だったず思う。
    この日は考え方をお聞きしお、次から頑匵りたしょうずのこずだった。

    理孊療法士の九里さん(ä»®)は、立ったり歩いたりずいう身䜓の基本動䜜の回埩をサポヌトしおくれた。
    若い方ながらずおも萜ち着いおいお、立ち姿のきれいな方だった。
    初日は䞻に足の動きを淡々ず確認をしおくれた。
    この時わたしはベッド䞊に起き䞊がる事たではできたが、九里さん(ä»®)にベッドに腰かけお足を䞋におろしおみたしょうず蚀われ、しばらく身䜓党䜓を瞊にしおいない事に気づいた。
    詊しにやった途端、気持ちが悪くなった。
    これは、無理。
    そのたたベッドに暪になり足もベッド䞊に回収した。
    歩けるかどうかどころでなく、たずは起き䞊がっお足を地に぀けるずころが始たりだずいうこずがわかった。

    そしお蚀語聎芚士の谷元さん(ä»®)。
    嚥䞋機胜回埩をサポヌトしおくれた。
    この日は手足の動きを確認しお、蚀葉がしっかり喋れるか、銖のうごき、ぶくぶくうがいができるかなどをみおくれた。
    入院しおから歯みがきはできず、かわりに氎を少しだけ含たせたスポンゞで口の䞭を拭いおもらうずいう事しかできなかったので、久しぶりのうがいはうれしかった。
    今埌うがいはしおもよいこずになった。

    おむ぀替えは頌めない

    リハビリが終わった頃、私のおむ぀はがっ぀り汚れおいた。
    近くにいた看護垫さんにおむ぀替えを頌んだ。
    「ちょっず埅っおくださいね」
    倕方の時頃だった。

    「お埅たせしおごめんなさい」
    来おくれたのは時だった。
    なるほど これが䞀般病棟 。
    この時間の間、看護垫さん達が皆さん忙しそうなのは芋おいおわかった。ナヌスコヌルはガンガン鳎っおいた。
    そしお聞こえる範囲でコヌルの䜓感割䜍が「お茶ください」だった。
    歩ける患者さんもみんなお茶を頌んでいお䞍思議だった。
    普段ならリハビリも兌ねお患者が自分で絊茶機たでお茶を汲みにいくずころが、新型コロナのために絊茶機の䜿甚が犁止され、必ずナヌスコヌルで頌たなければならない状況だったず埌になっおわかった。
    おむ぀は替えなくおも死にはしない。
    でも氎分はないず苊しい人もいるだろう。
    ここは自分でできるこずはできる最倧限、自分でやらなければいけない堎所なのだず認識した。
    38℃の熱でがんやりし぀぀も、頑匵らねばならないなず思った。


    ---振り返っお

    頌んだおむ぀替えにすぐ来おもらえなかったこずに぀いお、今振り返るず、もしかするずちょっず忘れられおたのかもしれない、30分皋埅っおこなかったらもう䞀床ナヌスコヌルを抌しお頌めばよかったのではないかず思いたす。
    もしくは通りがかりの看護垫さんに頌んでしたったので、病宀担圓の方に頌んだほうがスムヌズだったのかもしれたせん。
    しかし入院慣れしおなかった私は、
     ナヌスコヌル苊しい時に抌すず看護垫さんが駆け぀けおくれるもの
    ずいうむメヌゞがあっお、どの皋床ナヌスコヌルを抌しおよいのか、ただよくわかっおいたせんでした。

    ちょうど月経も来お血みどろでもあったおむ぀の気持ち悪さを誰に蚀うこずもできず、でも看護垫さん達の忙しそうな状況はどうしようもなさそうなこずも芋おわかったので、ただただ自分でなんずかせねばず思ったのでした。

     
     
    📒かすみを食べお生きる完結40代で脳梗塞ワレンベルグ症候矀を発症。嚥䞋障害ずなる。食べるこずを取り戻すたでのリハビリ入院日蚘。 📒ちょっず聞いおくださいよ連茉䞭カフェで、飲み屋で、子ども・仕事・健康以倖のしょうもない話をしたい。

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