
〈掌編小説〉 フルーツ
僕は今、彼女に買い物を頼まれて果物店に来ている。大人気店で彼女もこの店の大ファンだ。この店以外での果物は買わないと言っても過言ではない程の入れ込みようだ。
その店で今、この時間に果物詰め合わせの特売が行われようとしている。肝心の彼女はというと、この時間はどうしても見たいドラマがあると言う。実はそのドラマは僕も見たかった。だが、前回の販売で気づくのが遅れ、買いそびれた彼女の悲しそうな顔が忘れられない。だから今、もう既に販売時刻前から人集りになっている店の前で僕は待っているのだ。
時刻になり店が開く。皆、一斉に店内へなだれ込む。お目当てのワゴンの周りには人垣ができ、商品は見えない状態。まるで撒かれた餌に群がる夥しい数の魚のようだ。
僕はその勢いに押され怖気づき、思わず踵を返したくなったけど、手ぶらで帰宅した時の彼女の落胆を思うとどうしてもそれも出来ない。
意を決して僕はその群れに突入する。
何度も押され弾かれ揉まれる、怖い程の熱気の中で漸くワゴンの商品がチラリと視界に入ってくる。それでもまだそれは遠い。詰め合わせの中身は購入しないと見ることができない。僕は必死に人波を掻き分け何とかワゴン付近に辿り着き、手を思い切り伸ばした。そしてろくに商品も見ずに一つ袋を掴み取った。
僕は素早く群れの中から抜け出し、会計をあたふたと済ませる。店内を出て心は一気に軽くなる。空は晴れやかだ。早く彼女の元に帰り、喜ぶ顔が見たかった。
得も言われぬ勝利感に浸る帰り道、ガサゴソ音を鳴らす果物入りの紙袋。そう言えば中身は何だろう。今更ながら気になってその閉じられた袋を開いてみる。
幾つかの果物の中、一番最初に目についたのは三個の檸檬。何処か懐かしさ感じる輝くようなその色をしばし見つめ、僕は満ち足りた気持ちになる。
彼女が好きな果物ばかりだ。