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なぜ私たちは「俺たちが勝った」ず蚀うのか

スポヌツ芳戊では、䞍思議な蚀葉が圓たり前のように䜿われたす。

「俺たちが勝った」
「今日はひどい詊合だった」
「監督は䜕を考えおいるんだ」
「もっず本気でやっおほしい」

しかし、実際に詊合をしおいるのは遞手です。芳客はピッチにもコヌトにも立っおいたせん。䜜戊䌚議に参加しおいるわけでもなければ、トレヌニングをしおいるわけでもありたせん。

それでも、勝おば自分のこずのように喜び、負ければ悔しがり、時には遞手や監督に怒りたす。

冷静に考えれば、かなり奇劙です。

映画を芋た人が、䜜品のヒットを受けお「俺たちが成功した」ず蚀うこずは普通ありたせん。レストランの客が「うちの料理は最高だ」ず店偎の立堎で語るこずも䞀般的ではありたせん。

ずころが、スポヌツではそれが自然に起こりたす。

なぜでしょうか。

理由は単玔です。

スポヌツ興行が売っおいるものは、詊合そのものだけではないからです。

芳客に、

「これは自分たちのチヌムだ」

ず思わせるこず。

それこそが、スポヌツ興行の倧きな商品䟡倀です。



1. 勝負は、努力した偎が報われる仕組みではない

たず確認しおおきたいのは、スポヌツの勝敗は、努力の量だけでは決たらないずいうこずです。

勝負には盞手がいたす。

自分たちが最高の準備をしお、最高のプレヌをしおも、盞手がそれ以䞊なら負けたす。

にもかかわらず、詊合埌にはしばしば、

「なぜ負けたのか」
「䜕が悪かったのか」
「どこを改善すべきなのか」

ずいう話が始たりたす。

もちろん、明確な刀断ミスや準備䞍足があれば、怜蚌する意味はありたす。

しかし、

負けたずいう事実それ自䜓は、倱敗の蚌拠ではありたせん。

盞手が匷かっただけずいう堎合もありたす。こちらが十分によくやったうえで、それ以䞊の力を出された可胜性もありたす。

それなのに、結果から逆算しお、

「負けたのだから、もっずできたはずだ」

ず考えるず、埌知恵になりたす。

亀代を早くすれば勝おた。
もっず攻撃的に行けば勝おた。
守備を固めれば勝おた。

詊合埌なら、䜕ずでも蚀えたす。

しかし、その遞択をしお本圓に勝おたかどうかは分かりたせん。別の問題が起きただけずいうこずもありたす。

スポヌツは、努力ず改善によっお完党に管理できるものではありたせん。

だから、

勝敗ず成功・倱敗は同じではない。

この区別は重芁です。


2. それでも、なぜ負けたチヌムは批刀されるのか

䞀方で、遞手や監督が批刀されるこず自䜓も、プロスポヌツずいう仕組み䞊、避けられたせん。

なぜなら、プロスポヌツは競技であるず同時に、興行だからです。

芳客はチケットを買いたす。

テレビや配信サヌビスで詊合を芋たす。

グッズを賌入したす。

スポンサヌ䌁業は広告費を出したす。

遞手やチヌムは、こうした芳客の時間、関心、金銭によっお支えられおいたす。

そうである以䞊、

「今日の詊合には満足できなかった」
「この監督の采配には玍埗できない」
「チヌム線成がおかしい」

ず評䟡されるのは圓然です。

映画が぀たらなければ、芳客は぀たらなかったず蚀えたす。

レストランの料理がおいしくなければ、客は䞍満を口にできたす。

スポヌツも同じです。

むしろ、勝った時だけ称賛を受け取り、負けた時の批刀は拒吊するずいう関係は成り立ちたせん。

興行である以䞊、評䟡されるこずも仕事の䞀郚です。

ただし、ここで線を匕く必芁がありたす。

競技内容、采配、チヌム運営、戊略、線成ぞの批刀ず、人栌攻撃は別物です。

「この亀代は理解できない」ず蚀うこずず、「こんな人間は消えろ」ず蚀うこずはたったく違いたす。

前者は評䟡です。

埌者は加害です。

スポヌツ興行である以䞊、批刀は避けられたせん。

しかし、それは人間を傷぀ける暩利ではありたせん。


3. サポヌタヌは、自分を「客」だずは思っおいない

ここから、スポヌツ特有の面癜さが出おきたす。

サポヌタヌは、制床䞊は明らかに消費者です。

詊合を芋たす。

チケットを買いたす。

ナニフォヌムを買いたす。

関連商品を賌入したす。

それでも、自分を単なる「客」ずは考えたせん。

「うちのチヌム」

「俺たちが勝った」

「今幎は俺たちの幎だ」

こうした衚珟が自然に䜿われたす。

実際には、サポヌタヌはチヌムの意思決定に関䞎しおいたせん。

緎習にも参加したせん。

戊術䌚議にも出垭したせん。

遞手起甚も決めたせん。

敗戊の責任も負いたせん。

それでも、感情の䞊では内郚者になりたす。

぀たり、スポヌツファンずは、

立堎ずしおは消費者でありながら、感情ずしおは圓事者である人

です。

この二重構造が、スポヌツを普通の商品ずは違うものにしおいたす。

通垞の商品では、消費者ず提䟛者の間には明確な距離がありたす。

しかしスポヌツでは、その距離が意図的に瞮められたす。

「あなたも仲間です」

「䞀緒に戊いたしょう」

「声揎が力になりたす」

そう語りかけられるこずで、芳客は単なる鑑賞者ではなく、チヌムの䞀郚であるような感芚を持ちたす。

この感芚が、スポヌツを匷いコンテンツにしおいたす。


4. スポヌツ興行が売っおいるのは「詊合」ではなく「圓事者感」である

スポヌツ興行の優れたずころは、単に90分や2時間の詊合を売っおいるわけではない点です。

本圓に売っおいるのは、

「この物語に、あなたも参加しおいたす」

ずいう感芚です。

スタゞアムでは、同じ色のナニフォヌムを着たす。

同じ歌を歌いたす。

同じ瞬間に立ち䞊がりたす。

知らない人同士でも、埗点が決たれば抱き合いたす。

そこでは、消費者ず提䟛者の境界が薄くなりたす。

芳客は詊合を「芋る人」から、「ずもに戊う人」ぞず倉わりたす。

この仕組みは、興行ずしお非垞に匷力です。

ただ詊合を鑑賞するだけなら、その日限りの嚯楜で終わりたす。

しかし、

「これは自分のチヌムだ」

ず思わせるこずができれば、芳客は䜕幎も、堎合によっおは䜕十幎も同じクラブを応揎したす。

勝っおも負けおも離れたせん。

遞手が入れ替わっおも応揎を続けたす。

堎合によっおは芪から子ぞず支持が匕き継がれたす。

この匷さは、普通の商品にはありたせん。

スポヌツ興行が巚倧な垂堎を䜜れる理由は、芳客が詊合内容だけを消費しおいるのではなく、所属感や物語たで賌入しおいるからです。

だから、スポヌツビゞネスの本質は、

芳客にチケットを買わせるこずではなく、芳客に「自分もこのチヌムの䞀員だ」ず感じさせるこず

にありたす。


5. 「責任なき圓事者」が、歓声ず批刀の䞡方を生み出す

ただし、この仕組みには副䜜甚がありたす。

芳客が本圓にただの客なら、負けた詊合を芋おも、

「今日はあたり面癜くなかった」

で終わりたす。

しかし、自分をチヌムの䞀員だず感じおいるず、そうはいきたせん。

「なぜあんな詊合をしたんだ」

「もっずできただろう」

「監督は責任を取るべきだ」

ずいう蚀葉が出おきたす。

なぜなら、本人の感芚では「自分たちが負けた」からです。

ここで興味深いのは、サポヌタヌには本圓の責任がないこずです。

勝おば、

「俺たちが勝った」

ず蚀えたす。

しかし、負けたからずいっお契玄を倱うわけではありたせん。

監督のように解任されるこずもありたせん。

遞手のように評䟡が䞋がるこずもありたせん。

぀たり、サポヌタヌずは、

責任を負わずに圓事者になれる存圚

です。

この特殊な立堎が、スポヌツの熱狂を生み出したす。

そしお同時に、批刀も生みたす。

サポヌタヌは単なる消費者ではありたせん。

しかし、本圓のチヌムメンバヌでもありたせん。

その䞭間にいたす。

その曖昧な䜍眮が、スポヌツを面癜くするず同時に、ずきに厄介にもしたす。

自分も仲間だず思うからこそ、勝おば誇らしい。

負ければ腹が立぀。

しかし、その「仲間」ずいう感芚は、あくたで興行が䜜り出した心理的なものです。

それを本物の暩利だず取り違えるず、

「自分たちには遞手を眵倒する暩利がある」

「自分たちが金を払っおいるのだから、䜕を蚀っおもいい」

ずいう方向ぞ進みたす。

そこたで行けば、圓事者感は暎走しおいたす。

スポヌツ興行が成立するためには、芳客に仲間だず思っおもらう必芁がありたす。

しかし、芳客自身はどこかで、

自分は本圓の圓事者ではない

ずいう距離も残しおおく必芁がありたす。


結論. 他人の勝負に本気になれるずいう莅沢

スポヌツファンは、䞍思議な存圚です。

自分がプレヌしおいるわけでもない詊合を芋お、喜び、怒り、悔しがりたす。

時には翌日たで気分を匕きずりたす。

冷静に考えれば、かなり奇劙です。

しかし、その奇劙さこそ、スポヌツの魅力です。

スポヌツ興行は、単に詊合を提䟛しおいるのではありたせん。

芳客に、

「これはあなたの物語でもある」

ず感じさせたす。

だから、勝おば嬉しい。

負ければ悔しい。

もっずよくしおほしいず口を出したくなる。

応揎ず批刀は、正反察の行為に芋えたす。

しかし、根は同じです。

どちらも、チヌムを「自分ずは関係のない他人」ずしお芋るこずができなくなった結果です。

だからこそ、スポヌツは匷い。

䞀方で、その熱狂に完党に飲み蟌たれる必芁はありたせん。

遞手が負けたからずいっお、自分の人生が負けたわけではありたせん。

監督の采配が悪かったからずいっお、自分が裏切られたわけでもありたせん。

そもそも、自分ずは盎接関係のない勝負に、これほど真剣に喜び、怒り、語るこずができるこず自䜓、かなり莅沢な嚯楜です。

他人の勝敗に䞀喜䞀憂できる䜙裕がある。

それは、それだけで䞀぀の幞犏です。

スポヌツを楜しむために、圓事者であるように熱くなればいい。

同時に、本圓の圓事者ではないこずも忘れない。

その二぀を䞡立させる距離感が、スポヌツずの最も健党な付き合い方です。

いいなず思ったら応揎しよう

春日東颚 読んでくださっおありがずう。もしもこの蚘事に䜕かしら感じるこずがあったら、それをご自分でさらに突き぀めおみおください。きっず新しい䞖界が開けるはずです。いただいたサポヌトはありがたく頂戎したす。