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《パリのファサードを実況中継する試み②》ベル・エール通り、パリ12区

    ⒉ ベル・エール通り(パリ12区)


    *

    1月、午後2時。晴れ。
    比較的暖かい。

    *

    パリ12区、円形のナシオン広場から放射状に伸びた道路のひとつがベル・エール通りだ。
    bel air(上品な)という名の通り、閑静な住宅街といった落ち着いた雰囲気の通りだが、そのなかでもひときわ美しい装飾の建物がある。

    設計者はジャン・ファルプ(1868-1943)。
    19世紀末から20世紀初頭にパリでいわゆるアール・ヌーヴォー様式の建物を多く手がけた人物で、11区と12区には今でもそのファサードがいくつか見られる。
    このアパルトマンは、1905年ごろに建てられたもので、特徴的なのは、優美な扉のアーチと、ファサードの前面に施された装飾である。

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    美しい扉のアーチ

    彫刻を手がけたのは、ジョルジュ・アルドゥアン(1879-1917)。
    これまた20世紀前半にパリでアール・ヌーヴォーの装飾彫刻をよく手がけた彫刻家である。
    アール・ヌーヴォーの建築装飾といえば、真っ先に植物の紋様的な彫刻が思い浮かぶが、このファサードでは長い髪が波打った女性の彫刻が随所に刻まれている。
    その顔立ちは神話的というよりも、どこか憂鬱そうであったり、上の空であったりとどこか生々しく、それがモダンな印象を与える。

    カメラをかまえて、ファサードの彫刻を写真に収めていたら不意に扉が開いて、十人が出てくる。
    見咎められるかと思ったら、軽く笑いかけるだけでナシオン広場のほうに歩いて行った。
    住民もファサードを誇りにしているのかもしれない。


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    アーチの脇に設計者と彫刻家の名前が仲良く並んで刻まれている。

    *

    人通りは少ない。
    大きな黒いヘッドフォンをして俯きがちに歩く男。
    サン=マンデ通りの大学のキャンパスから歩いてくる学生のグループ。

    突然、大学の方からオペラのような甲高い歌声が聞こえてくる。
    ソプラノの歌手が歩きながら発声練習でもしているのだろうか。
    ヘッドフォンの男も、学生たちも立ち止まってそちらを見る。
    セイレーンのように、歌声が通りを歩くひとたちの意識を惹きつける。
    扉の上の彫刻の女たちは、相変わらずそぞろな表情をしている。

    歌声が消えると、通りの人々が普通に流れ始める。

    生後2ヶ月の子供。
    平らなシートの黒いベビーカーの上。
    思わぬ歌声に薄目を開けていたが、すぐにまた眠りに落ちる。
    まだ、黒い布の囲いの外側をそれほど気にする様子はない。




     
     
    創作・研究、翻訳。 『駒場文学』・『上陸』同人/第47回すばる文学賞最終候補/第33回銀杏並木文学賞大賞/第38回織田作之助青春賞最終候補。 20世紀のフランス人作家ジュリアン・グラックの研究をしています。 過去の短編小説は、おもにTALESに載せています。

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