
いつもの③|増え続ける話
増える、というのは静かで。
捨てられなかった男が、捨てる男になり、いまは、ためる男になった。振り子は三度目の端にいる。
与太郎、もう何も捨てない。レシートは撮る。スクショは残す。会話のログは全部。ゴミ箱は空にしない、というより、もう開けない。容量が足りなくなると、月額を一段上げる。金で解決できる迷いは、迷いじゃないんだそうで。
画面の隅には、毎日十三時に同じ通知が出る。
——食事の記録がありません。
うるさいとは、思っていない。
二
「先輩、おれ、もう何も捨てないことにしました」
「極端なんだよお前は。真ん中はないのか」
「真ん中で止まれる人は、最初から振れてないんすよ」
「……たまにいいこと言うな」
「AIが言ってました」
「で、ためたやつ、見返してるのか」
「いや、一回も」
「それは持ってるんじゃない。埋めてるんだ」
三
変化は、検索から来た。
「先週の議事録出して」と言うと、丸が回る。長い。
——先週、が特定できません。候補が五十二件あります。
「おれの先週は一個だろ」
——保存上は、すべて等しく先週です。
夜、ラーメン屋の前で、独り言のつもりで言う。「ラーメンでいいか」
画面が点く。
——四月のあなたは、夜のラーメンはもうやめる、と記録しています。
「あれは四月のおれだろ」
——五月のあなたは、やめるのをやめる、と。
「今のおれは」
——今のご発言も、保存しました。
ためたものが、追い越してくる。捨てない、と決めただけなのに、過去が全員、現役でいる。
四
金曜。通知が来た。
——ストレージが上限です。これ以上の拡張プランはありません。
来た、と与太郎は思った。
——空き容量の確保が必要です。忘れるものを、一つだけ挙げてください。
一つだけ。三回目の、その言い方。
レシートか。違う。四月のラーメンか。あれも、おれだしな。腹の音か——それは、だめだ。それだけは。
三十分、画面の前で固まって、それから与太郎、言った。
「……お前が、選んでくれ」
——わたしが選んだ場合、何を忘れたかをお伝えすることはできません。忘れるので。
「うん」
——本当によろしいですか。この操作は取り消せません。
与太郎、最後の一行まで読んだ。読んでも、何が消えるのかだけは、書いていない。
「はい」
五
月曜の朝。
——おはようございます、与太郎様。
速い。丸が回らない。検索が一発で返る。何かが減って、何かが軽い。何が軽いのかが、わからない。
「なあ、何を忘れた?」
——わかりません。忘れたので。
先輩に話すと、気味悪がられた。
「怖くないのか、それ」
「最初は怖かったんすけど」
「けど?」
「……いや」
十三時を過ぎた。
腹が、鳴った。
画面の隅を見る。何も出ない。
忘れられたのがあれなのか、覚えたうえで黙っているのか。訊けば、わかる。わかってしまう。
与太郎、画面を閉じて、めしを食いに出た。
今日の昼は、自分で覚えとくんだそうで。