
飴色のそろばん──そろばん塾で出会った、忘れられない先生
子供の頃、そろばん塾に通っていた。
友達と一緒に入ったのだが、1人、また1人とやめていき、最後は私1人になった。
私は感覚的に「途中でやめる」という選択肢がなかった。
面倒ではあったが、通い続けていた。
筋が良かったようで、検定にはとんとん拍子に合格し、やがて年上の子たちの夜の時間帯のクラスで練習するようになった。
今思えば、塾にとっては金の卵だったのかもしれない。
けれど子供の私には、ただ居心地が悪かった。
年上の女の子たちと仲良くすることはできなかった。
その塾では、入塾のときに配られる指定のそろばんがあった。
しかし私は、母から譲り受けたそろばんを使っていた。
そのそろばんは、艶のある飴色で、滑りがよかった。
手作りの別珍のカバーに入っていた。
女の子たちは、それが指定のそろばんではないことを確かめた上で、先生に集団で抗議した。
規則違反だと言うのだ。
先生は、肝っ玉かあさんのような人だった。
茶色の髪をきゅっと引っ詰め、エプロンと服が一体になったような服を着ていた。
柔らかく、そして大きな声で話す人だった。
先生は「まあまあ」と皆を宥めていたが、ついに宥めきれなくなり、私のところに来て、気の毒そうに言った。
「塾のそろばん、使おうか」
私は特別なこだわりがあったわけではないので、すぐに指定のそろばんに戻した。
後日、落とし物の鉛筆を先生のところに持っていった。
すると先生は突然、私の頭を胸に抱きしめて、染み込むような声で言った。
「いい子だ。本当にいい子だ」
びっくりした。
その塾には先生の子供たちも通っていた。
自分の子がいるのに、どうして私に、と思った。
周囲の目も気になった。
贔屓だと思われたら、またいじめられるかもしれない。
先生の気持ちは、今もよく分からない。
けれど、
居心地の悪い塾に通い続けたのは、
先生がいたからだったのかもしれない。
思えば、
支えられたり、
突き落とされたりするのは、
いつもそういう目に見えないものだった。
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この作品は「日常の薄皮をなでる」シリーズの一篇です。
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