
寺の精 ──あぐらの若者とべろりんぱ
古い寺の庭を、若者がひとり、あぐらをかいて、じっと見つめていた。
短い黒髪。細縁メガネ。ジャンパーにジーンズ。
柱の陰から、薄桃色の打掛をまとった女が、ぬうっと現れた。ズル、ズル・・・
「お主、感心じゃのう。その若さで侘び寂びの庭に没入するとは……」
若者が振り返る。
「何事かあるのであろう。よいから言うてみい。その若さで、もうそのような……そなたの人生、高速スピードじゃぞ」
「え、いや、庭が綺麗だなって……」
「隠すでない。恋か。進路か。その胸のつかえはなんじゃ」
「いえ、観光で……」
女は後ろから若者の両肩に手をかけた。
べろ〜り
大きな舌が若者の額と頭を撫でる。
うわあっ
若者がのけぞる。
女はしばらく若者を眺めた。
「老いて悟るとは限らぬ。経験少なくとも、深淵まで覗くことはあるのじゃ。お主、聡い者であるのかの」
「……いえ、ちょっと休んでただけです」
「そうか。休むのも大事じゃ」
女は、ずるずるずる……と柱の陰へ戻っていった。
若者が去ったあと、縁側でお茶をすすりながら、女は欄干越しに庭を眺めた。
「若くとも、感心させられるものじゃの」
着物の袖で、口元を撫でる。
「可愛いやつには、べろりんぱじゃわい」
くっくっくと笑う。
その寺には、こんな噂がある。
庭は素晴らしいが、たまに人生を聞いてくる何かがいる。
*
この作品は「日常の薄皮をなでる」シリーズの一篇です。
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