
【薄皮メモ】『エロイカより愛をこめて』に住んでいた①
『エロイカより愛をこめて』に出会ったのは、中学生のときだ。
学校帰り、バスの乗り継ぎの待ち時間に、本屋へ行くのが習慣だった。駅近のルナブックス。その二階の漫画コーナーは、ワンフロア全部が漫画で、少し贅沢な心地がした。
本が好きだった。小説も漫画も、紙の本なら何でもよかった。お小遣いのほとんどを漫画に使っていたと思う。
『エロイカより愛をこめて』は、そのころからずっと気になっていた。巻数はすでにかなり多く、人気作品なのだということは分かった。
けれど、少女漫画にしては絵がリアルで、なぜか手が出なかった。
その頃、さまざまな漫画や小説を読み漁っていた。
面白い作品にはたくさん出会った。
それでも、まだ新しい世界を欲していた。
自分を連れて行ってくれる何かを。
何度も『エロイカより愛をこめて』の前を通り過ぎた。
そして、ある日、思った。
これほど長く続いているのだから。
これほど多くの人が夢中になったのだから。
私も、どこかへ連れて行ってもらえるかもしれない。
そうして、ようやく手に取った。
最初の一、二巻は、あまり馴染めなかった。
けれど、アラスカを舞台にした話あたりから、ぐっと引き込まれた。
そして、「9月の7日間」。
このあたりで、エロイカの世界が完成したように感じた。
少佐や伯爵は、もう漫画の登場人物ではなかった。
少佐を信頼していた。
伯爵の優雅な遊び心の裏には、豊かな教養と、どんな場所でも堂々としている品格があった。そんな生き方に憧れた。
「なぜ、この人はこんな行動を取るのだろう。」
「この人なら、きっとこう考える。」
そんなことを思い巡らせながら、一人ひとりの価値観や人生を想像していた。
KGBのこぐまのミーシャも、石油王サバーハも、それぞれが自分の人生を生きていた。
誰一人、物語を動かすためだけに存在している人はいなかった。
気がつけば、私はNATO情報部の一員になっていた。
少佐たちと一緒に任務に就き、敵に立ち向かい、ヨーロッパ中を駆け回る。
登場人物たちと一緒に息を切らし、危機をくぐり抜けていた。
夢見ている、というのがいちばん近い。
現実から逃げていたのか、魅了されていたのか。
たぶん、どちらもあった。
思春期の私は、ずいぶん思い悩んでいた。
だから私は、漫画を読んでいたのではなかった。
登場人物と一緒に生き、その世界に住んでいた。
ここまで書いてきて、ひとつ分かったことがある。
あの頃の私は、新しい漫画を探していたのではなかった。
一緒に生きていける人物と、その人たちが生きる世界を探していたのだ。
その世界では、人の行動の奥にある理由を、いつまでも考えていてよかった。
私が憧れていたのは、そういう世界だったのかもしれない。