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私は赀川次郎の䞖界が奜きだ

    私は赀川次郎の䞖界が奜きだ。

    初めは、11歳の頃だった。

    同じ塟の友達から、

    「これ、面癜いよ」

    ず勧められたのが、『吞血鬌はお幎ごろ』だった。

    塟の䞋の階に、小さな本屋があった。

    奥の巊偎の棚に、吞血鬌シリヌズが䞊んでいた。

    ツルツルした衚玙。

    女の子が䞉日月に腰掛けお、こちらに手を振っおいる。

    圓時流行っおいた挫画ずは少し違う、時代ずは関係のないような絵だった。

    そこも奜きだった。

    䞀冊買っお、読んだ。

    そこからは、雪厩だった。

    もずもず読曞は奜きだった。

    孊校の図曞通でシャヌロック・ホヌムズを読み、アルセヌヌ・ルパンを読み尜くした。

    そしお、赀川次郎の䞖界に出䌚った。

    吞血鬌シリヌズ。

    䞉毛猫ホヌムズ。

    四字熟語殺人事件シリヌズ。

    花嫁シリヌズ。

    そのほか、もろもろ。

    お小遣いのほずんどが、本に消えた。

    おかげで友達ず遊びに行くずきは、ケチケチしおいた。

    それでも、やめられなかった。

    家には、母の叀い朚の本棚があった。

    倏目挱石をはじめ、玔文孊や歎史小説がぎゅうぎゅうに詰たっおいた。

    掗濯物をベランダに干すには、私の郚屋を通らなければならなかった。

    母は通りがかりに、私の本棚を芋た。

    挫画ず、赀川次郎。

    「こんなものばかり読んで」

    反抗期らしい反抗期も、ほずんどなかった。

    でも、そこだけは譲らなかった。

    䜕も蚀い返さなかった。

    ただ、読み続けた。

    読みたい、ずいうより、必芁だった。

    氎を飲むように。

    空気を吞うように。

    私は、その䞖界を欲しがった。

    

    倧人になっおも、奜きなたただ。

    今でも、ずきどき赀川次郎が必芁になる。

    図曞通では、WEBから20冊たで予玄できる。

    ダダダ、ず予玄する。

    吞血鬌シリヌズが圧倒的に倚い。

    花嫁シリヌズも入れる。

    昔読んで面癜かった単発の本も入れる。

    予玄できるだけ予玄する。

    届いたら、すぐに借りに行く。

    家ぞ持ち垰っお、郚屋の隅に眮く。

    䞁寧に積んだりはしない。

    床に盎眮きだ。

    どうせ、すぐ読む。

    䞀冊取る。

    読む。

    読み終わったら、隣のビニヌル袋に入れる。

    読んだ本ず、ただ読んでいない本が混ざらないようにするためだ。

    たた䞀冊。

    たた䞀冊。

    ほずんど無心で、無蚀で読む。

    ずりあえず、お腹に䜕か入れないこずには人心地が぀かない。

    䞉冊目くらいになるず、少し萜ち着いおくる。

    十冊なんお、あっずいう間だ。

    飛行機が途䞭のアラスカで燃料を補絊するように、どんどん攟り蟌む。

    ずころが、床に残っおいる本が少なくなるず、今床は寂しくなる。

    あず䞉冊。

    あず二冊。

    もう、これしかない。

    そんなに奜きなら、買えばいい。

    昔は買っおいた。

    でも、本は叀くなる。

    叀い本を読んでいるず、なぜか身䜓がむずむずしおくる。

    虫か

    ず思う。

    匂いもする。

    それで、い぀からか買うのをやめた。

    読みたくなったら、図曞通で借りる。

    それでいい。

    

    ずきどき、この䞖界が必芁になる。

    ほかの本も読む。

    最近は、もう少し離れたかな、ず思うこずもある。

    それなのに、䜕かの拍子に、

    ああ、赀川次郎が読みたい。

    ず思う。

    人ずうたくやるこずに、挫折したような気持ちになるこずがある。

    女性でいるこずが、なんずなく窮屈に感じられるこずもある。

    䜕だか、疲れたなあ。

    誰にも䜕も蚀われないずころで、自由になりたいなあ。

    そんなこず、無理だけどね。

    自由っお、どんな感じなのかなあ。

    頭の䞭がもやもやしお、泥の䞭を歩いおいるようなずき。

    私は赀川次郎の䞖界ぞ飛び蟌む。

    

    䞀番よく垰るのは、吞血鬌シリヌズだ。

    クロロックは、䜕癟幎も生きおきた吞血鬌だ。

    か぀お䌯爵ず呌ばれ、迫害を受け、故郷を远われた過去を持぀。

    知識も、経隓も、人間ずは比べものにならない。

    そんなクロロックが、人間の若い劻、涌子の尻に敷かれおいる。

    私は、涌子が奜きだった。

    いや、涌子になりたかった。

    涌子は、思いっきりわがたただ。

    継嚘の゚リカが行方䞍明になったずき、涌子がクロロックを責める。

    だから゚リカさんたちだけで行かせるのは危ないっお蚀ったのに

    クロロックが蚀う。

    いや埅お、お前が、たたにぱリカさん抜きで楜しくやりたしょうよ、ず蚀ったのではなかったか。

    䜕ですっお!?

    分かったわ。あなたっお、私をそんなひどい女だず思っおいるのね。

    いや。

    私が悪かった。

    お前がそんなこずを蚀うはずがない。

    私は、ここが奜きだ。

    別の堎面では、涌子がクロロックに迫る。

    ゚リカさんず私ず、どっちが倧事

    お前は䞖界䞀倧事な女だ。

    ゚リカさんは

    だいぶ萜ちるな。

    それを、゚リカの目の前でやる。

    ゚リカは䞍貞腐れおいる。

    でも、本気で怒っおはいない。

    クロロック自身も、おかしい。

    䜕癟幎も生きおきた元䌯爵が、䌚瀟でこっそりメロドラマを芋おいる。

    ゚リカがやっお来る気配がするず、慌おおテレビを消す。

    そんなもの芋るか、ず誀魔化す。

    私は、そんなクロロックに憧れた。

    深い知性を持っおいる。

    人間よりはるかに長く生きおいる。

    匷い。

    でも、その匷さで人を抌さえ぀けない。

    涌子は、クロロックの前で少しも小さくならない。

    男性に遠慮せずにいられる。

    わがたたを蚀う。

    嫉劬する。

    怒る。

    䜕でも蚀う。

    そしお、クロロックはそれを受け止める。

    涌子が矚たしかったのは、わがたたを叶えおもらえるからではなかったのだず思う。

    どんなわがたたでも、安心しお蚀える。

    䜕を蚀っおも、次の日も愛されおいる。

    もちろん、この䞖界にもひどい男は出おくる。
    女性を傷぀ける男もいる。

    それでも、読んでいお苊しくならない。

    私には、䜜品そのものが女性の味方をしおいるように感じられた。

    登堎人物が女性を芋䞋すこずはあっおも、物語たで䞀緒になっお女性を芋䞋すこずはない。

    女性たちは、男性の前で小さくならなくおいい。
    遠慮せずにいられる。

    ゚リカの友人たちもそうだ。

    ごく普通の女の子たちで、クロロックや゚リカずは䜕もかも違う。

    それでも、誰も圌女たちを䞋に眮かない。

    みんな察等に、そこにいる。

    誰かが怒る。

    誰かが嫉劬する。

    誰かが䞍貞腐れる。

    わがたたを蚀う。

    ずきには理䞍尜なこずだっお蚀う。

    それでも、䞖界は壊れない。

    たず、䞖界がある。

    その䞭で、みんながやり合っおいる。

    そしお次の日も、みんなそこにいる。

    私は、そんな䞖界が奜きだった。

    玔文孊ではない。

    母なら、たた「そんなものばかり読んで」ず蚀うかもしれない。

    それでも、私はこの䞖界がいい。

    11歳の私は、そんなこずを考えおはいなかった。

    ただ、ここにいるず楜だった。

    息を詰めなくおよかった。

    深呌吞ができた。

    もしかするず私は、

    これが自由なのだず思ったのかもしれない。

    

    昔読んだ話を、たた読む。

    結末は知っおいる。

    奜きな堎面も芚えおいる。

    もうすぐ、あの堎面が来る。

    そう思いながらペヌゞをめくる。

    ああ、これこれ。

    ずころどころ、现かいずころを忘れおいる。

    それをもう䞀床味わうのも嬉しい。

    垰っおきた、ず思う。

    人のいない朚枯らしの道を、䞀人で歩いおいるようなずきがある。

    寒い。

    どうしようもなく寒くお、やりきれない。

    そんなずきに、䞀冊読む。

    もう䞀冊読む。

    たた䞀冊。

    䞉冊くらい読む。

    するず、い぀の間にか、普通に郚屋の䞭にいるような感芚に戻っおいる。

    䜕かが解決したわけではない。

    元気いっぱいになったわけでもない。

    ただ、起点に戻った。

    

    読み終わった本を、図曞通ぞ返しに行く。

    䞀冊ず぀、返华甚のベルトコンベアに乗せる。

    本が運ばれおいく。

    衝立の向こうぞ消える。

    䞀冊。

    たた䞀冊。

    あああヌ。

    行っおしたうのねヌ。

    少し惜しい。

    昔ほどの勢いで、新しい䜜品が出るわけではない。

    それでも、この本たちはずっず私ず䞀緒にいた。

    11歳から、䜕床もここぞ垰っおきた。

    たたね。

    助かったよ。

    最埌の䞀冊が、衝立の向こうぞ消える。

    返し終わったら、地䞋のスヌパヌぞ行く。

    ずきどき、カフェに寄る。

    そしお、家ぞ垰る。

    

    この䜜品は「日垞の薄皮をなでる」シリヌズの䞀篇です。
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