
言葉にならなかったもの―― あの一言の奥にあったもの
あのとき、聞き取れなかったものがある。
人は、言葉にできないものを持っている。
それは単に「まだ言葉になっていない」のではなく、その場では言葉にすること自体が不可能なものとして現れることがある。
しかし不思議なことに、それらは後になって理解される。
では、そのとき“存在していなかった”のか。
それとも、言葉とは別の形で、すでに存在していたのか。
娘が、ポツリと言った。
「あの子が、おもちゃを使っちゃダメって言った」
その言葉の奥に、ざらりとしたものがあった。
だが、それはその場で言葉になることはなかった。
私はそれを掴み損ねたまま、日常の中に流してしまった。
その後、いじめがあったことが分かった。
そのとき、あの娘の言葉が、遅れて戻ってきた。
理解は、遅れてやってくる。
そしてそれは、痛みを伴う。
では、あのとき、あの言葉は、どこにあったのだろうか。
あのとき何が起きていたのか、今も完全には分からない。
*
この作品は「日常の薄皮をなでる」シリーズの一篇です。
他の作品もよろしければ。
*
この作品は「言葉」についての連作の一篇です。
言葉にならなかったものや、言葉の外にあるものを、少しずつ辿っています。
*
言葉の前にあったものについて、もう一つ。
言葉の前にあったもの