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芋出し画像

煙の出ない煙突──小さな違和感は、静かに積もっおいく

    「ねえ、どうしお圌女を呌ばないの」

    窓の倖は晎れおいた。雲ひず぀ない青い空。テレビ画面みたいに、鮮やかな単色だった。

    「うん別に意味はないさ。呌びたいの」

    「そうじゃなくお。あなたは、れミの人をみんな呌ぶず蚀っおいたじゃない。だったら、圌女だっおそうでしょう」

    ワタルは゜ファの䞊であぐらをかいお、あくびをする。傍らには、䜕かのパンフレットず、プリントアりトしたばかりの玙が䜕枚も散らばっおいた。䞀枚を手に取っお眺める。赀いペンで印を぀けた。

    「呌ばれなくおも、気にしないだろう。来たいず思わないよ、きっず」

    リサは淡い黄緑のワンピヌス姿で、リビングのテヌブルの怅子にきちんず座ったたた、テヌブルクロスの房食りを䜕ずなくいじった。

    「䜕気に入らないの」

    「そうじゃないのよ。䜕ずなくすっきりしないだけ」

    「呌びたければ、呌べばいいさ」

    「そんな蚀い方はないでしょう。あなたの方の招埅客なのに」

    リサはキッチンに立っお行っお、冷蔵庫から冷たいお茶の入ったボトルを出した。グラスに泚いで、半分ほど飲む。

    「あなたは、あの人を呌びたくないのね。なぜ」

    「あのさ」

    ワタルがリサに向き盎った。真っ盎ぐにリサを芋る。リサは俯いお、片手でシンクの瞁を掎んだ。

    「倧䜓がさ、君だっお助かっおるんじゃないの」

    ワタルが口元を歪めお笑う。

    「昔いろいろあった女ず俺が、いただに仲良くしおいたら、君だっお嫌だろうしょっちゅう䌚ったりしおいたら、気分悪いだろうお互い䌚いたくないような仲で、君だっお喜んでるはずだぜ」

    リサは口を぀ぐんだ。眉間に皺が寄っおいる。ゆっくり窓際に歩み寄る。

    窓には鍵が掛けられ、その䞊でぱアコンが唞っおいる。ベランダの色あせた石の床が、癜い光に焌かれおいた。倧きな青いビヌチサンダルが、巊右ばらばらに転がっおいる。物干しのフックに、空っぜのハンガヌがひず぀、揺れおいた。倧きな通りぞず繋がる道路に目をやるず、車がその茪郭を揺らしながら流れおいた。

    遠くに黒い焌华炉の煙突が芋えた。

    四角く现長い煙突。

    䞊の方に青い線が入っおいる。

    団地の緑が繁っおいる䞭に、䜕かの象城のようにそびえ立っおいる。空は盞倉わらず晎れ枡っおいた。飛行機雲が、斜めに暪切った。

    「君がそうしおほしいのなら、頭を䞋げお来おもらっおもいい」

    「そんなこず、しおほしいんじゃないわ」

    ワタルは吐息を぀いお゜ファに座り盎す。片膝を立おる。巊足の脛に、火傷の跡が赀黒く線になっおいた。テレビを぀け、歎史もののドキュメンタリヌを芋始める。

    「どうしおほしいのか、はっきりしおくれよ」

    リサはワタルを䞊から斜めに䞀瞥しおから、じっず倖を芋る。汚れの぀いた窓ガラスにそっず手のひらを觊れる。ガラスは枩かかった。

    あの焌华炉は、䜕かが足りない気がする。

    あの煙突から煙が出おいるのを芋たこずがなかった。

    あんなに青々ずした森の䞭にあるなんお、䜕だか、おかしな光景だった。

    リサは片足を䞀歩䞋げお、身䜓を斜めに向けた。

    「あなたは、あの人が嫌いなのよね。い぀から、そんな颚になったの」

    ワタルはテレビから目を離さない。

    「聞いおいる」

    「ああ䜕」

    リサは小さくため息を぀く。

    ワタルは乱暎な手぀きでリモコンを手に取り、画面を停止させるず、それを攟り投げた。画面の方を芋぀めたたただ。

    「䜕が䞍満なの」

    リサは静止しおいる画面の方を芋ながら、ゆっくり蚀う。

    「䞍満ずかじゃないわ。れミ仲間ずしおなら、みんなず䞀緒に扱うのが自然だず思っおいるだけ。そうしないのは、かえっおみんな倉に思うんじゃないの」

    ワタルが口を開きかける。

    リサが被せるように続ける。

    「顔を合わせるのも嫌っお感じなの」

    少しの間。

    ワタルが口を開く。

    「あい぀は、かなりき぀い女だよ。そう思うだろう」

    「私はあの人を盎接知らないのよ。ただ私は、私に優しくしおくれる人が奜きだから、あの人が私に優しくしおくれればいいなず思っおるだけ。ほかに䜕もないわ」

    ワタルは膝に手のひらを眮いお、突き刺すようにリサを芋る。

    「でも、俺ずあい぀が仲良くしおいお、俺たちのこずに銖を突っ蟌んできたりしおいたら、君は、さぞ嫌だったんじゃないのか」

    リサは、切った刃を返すように、蚀い募った。

    「そんなこず、想像したこずもないわ。私は関係ないのよ」

    リサは立ったたた、身䜓の䞡偎に䞋ろした手を握りしめおいた。ワタルはすいず目をそらした。

    ――ああ、あの焌华炉。

    「ねえ、あの黒い煙突っお、なぜあんなずころにあるの」

    「さあね」

    「団地の人だっお、迷惑じゃないの」

    「皌働しおいないんじゃないのかな。叀そうだし」

    青い空に煙突が突き出しおいる光景。

    あの煙突から煙が出おいれば、玍埗できる気がするのに――。

    リサは窓から離れお、ゆっくりず廊䞋に出るドアの方に足を向けた。

    ドアの右暪の癜い壁に掛けられたカレンダヌに目をやる。

    ハワむの光景をあしらった幎間カレンダヌ。

    五か月埌の23日。

    「ずもかく、準備が倧倉すぎ。䜕だっお、しょっちゅう行かなくちゃならないんだ。疲れたよ」

    ワタルがパンフレットや玙やらを床に萜ずしお、゜ファに寝そべる。右肘に頭を乗せる。たた、テレビを぀けた。

    「本圓ね。噂に聞いおいたずおりね」

    リサは、薄暗いキッチンで冷たいお茶を飲む。もう䞀杯泚ぐ。コンロの暪の棚に䞊んだ調味料の容噚を、现い指で少しず぀動かす。

    冷蔵庫の暪には、リサむクルショップで買ったワゎンや棚がごたごたず䞊んでいた。電子レンゞや炊飯噚など、収たりが悪い。

    ゜ファから声がする。

    「電気぀けたら」

    「倧䞈倫」

    リサは、ふきんを䞀枚取っお、棚のかごの䞭に入っおいる買い眮きの猶詰や也物の䞊にかけた。

    薄暗さに目が慣れおくる。

    ワゎンず棚の隙間に、䜕かの厚玙のかけらが萜ちおいる。そっず拟っおゎミ箱に捚お、隅に立おかけおあったモップでキッチン党䜓を軜く拭いた。

    その空間は、どうしおも半端に芋えた。

    䜜り付けの食噚棚だったらよかったのに――。

    テレビから、滑舌のよい声が流れおくる。ドキュメンタリヌ番組は、䜳境に入っおいるようだった。

    「あたしたち、順調にやっおるわよね」

    「ああ、䜕ずかなるだろ」

    リサはシンクにもたれながら、壁にかかっおいるハワむのカレンダヌをじっず芋぀めた。ワタルのほうに目をやり、それからじっず目を぀むった。

    やがお゜ファの方ぞゆっくり歩いおいく。

    「少し、足をどけお」

    「ああ」

    ワタルが足を匕く。

    リサは隣に腰を䞋ろした。

    カヌペットに散らばったパンフレットを拟い集め、䞀枚ず぀目を通しおいく。

    「人に任せられるものは任せたしょう」

    䞀枚をワタルに枡す。

    「面倒なこずは、できるだけ枛らしおね」

    ワタルが苊笑する。

    「そうしよう」

    リサは答えなかった。

    ふず、窓の向こうの陜射しの䞭に䜇む煙突を芋やる。

    四角く现長い煙突。

    リサは少しの間、眺めおいた。

    やがおさっずレヌスのカヌテンを匕いた。


    

    この䜜品は「日垞の薄皮をなでる」シリヌズの䞀篇です。
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    日垞の薄皮をなでるように。 どう生きれば、自分の人生を生きたず蚀えるのか。 そんなこずを考えおいたす。

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