
レンブラントと生きる①──学者のおじいちゃん
レンブラントの『書斎の学者』を見ているうちに、こんな情景が広がってきました。
もちろん、全部私の想像です。
今日も、レンブラントの『書斎の学者』を見る。
眼差しを追いかける。
何を見ているの?
難しそうだね。
解決の糸口が見つかりそうかな。
・・・邪魔して、ごめん。
きっと、おじいちゃんは研究一辺倒だ。
外でどんな騒ぎが起きても聞こえない。
「うむ……うむむ……」
机の上の本や紙をガサガサとかき回し、睨むように見つめている。
目の周りには細かい皺。
分厚いローブ。
書物から、一度も目を離さない。
ときどき、孫娘が部屋へ入ってくる。
入っちゃダメと言われていても、
ついつい入ってしまう。
今日も、おじいちゃんは何かを書いている。
「おじいちゃん!」
ローブに飛びつく。
「やめなさい。」
老学者は手で振り払おうとする。
「そこを崩してはいかん。」
けれど、小さな手は、またローブをつかむ。
羽ペンを置く。
ため息をつく。
それでも、小さな手は離れない。
老学者は、
ゆっくり目を閉じた。
孫娘は、おじいちゃんの足の間に座って絵を描き始める。
老学者は、
足を動かそうとして、
小さく息を吐いた。
そのまま、
机の斜め前に置いてある書物を目で辿る。
眉間に皺が寄っている。
しばらく部屋は静かだった。
やがて、
「お腹すいた。」
と、孫娘がぽつりと言った。
「んん? なら、お母さんのところへ行きなさい。」
孫娘は、うつむいたまま、もぞもぞと身体を動かす。
老学者は苦虫を噛み潰したような顔をした。
やがて立ち上がる。
足を引きずるように部屋を出ていった。
しばらくして戻ってくる。
木の皿の上には、パンが二つ。
「食べなさい。」
孫娘は丸い目で老学者を見上げた。
それから嬉しそうにパンを食べ始める。
食べ終わると、
ふと顔を上げた。
「……おじいちゃん、好き。」
老学者は目を見開く。
椅子がガタンと鳴る。
「何を……。
もう寝なさい。
行きなさい。」
孫娘は立ち上がる。
老学者の身体に腕を回し、
頬にキスをして、
部屋を出ていった。
部屋は静かになった。
老学者は、そのまま立っていた。
羽ペンを持とうとして、
手が止まる。
台所では母親の声が聞こえる。
「おじいちゃんは、偉い研究をしている人なんだから、邪魔しちゃダメ。」
「邪魔じゃないよ。
だって、私の描いた模様が面白いって言ったもん。」
「……おじいちゃんの部屋へは、呼ばれてから行くのよ。」
窓の外は暗い。
黄色い灯りの下で、
老学者は一枚の紙を見つめている。
太い木の幹。
そこから、
何本も曲がりくねった枝が伸びていた。
老学者は、
その紙を、
机のいちばん上へ置いた。
羽ペンを持つ。
しばらくして、
また手が止まる。
もう一度、
孫娘の描いた木を見る。
黄色い灯りにかざす。
紙を透かすように、
曲がりくねった枝を、
じっと見つめる。
険しい顔のまま、
動かない。
部屋は静かだった。
黄色い灯りだけが、
紙を照らしていた。
*
この作品は「日常の薄皮をなでる」シリーズの一篇です。
ほかの作品も、よろしければ。