
好きになれたらよかった人
社会人になったばかりの頃、ずいぶん熱心に声をかけてくれる先輩がいた。
誕生日には巨大なホールケーキを送ってきたり、
連日のように電話をかけてきたりした。
あだ名はモリッシュ。
母はいつのまにか「モリちゃん」と呼んでいた。
ときどき母が電話に出ることもあった。
母はくすぐったいような笑い声を立てて、楽しそうに話していた。
それは母にしては、珍しいことだった。
その先輩は母に、
「お母様にお会いしたい」
「ほうじ茶がお好きだそうですね。今度、ほうじ茶プリンをお持ちします」
などと言ったそうだ。
父は呆れていたし、私も、
そんな分かりやすいおべっかでいいのかと思った。
すると母は笑いながら言った。
「将を射んとすればまず馬を射よ、というでしょう。
よく分かっている、あの子は」
そして少し楽しそうに続けた。
「親の印象は影響するんだから、分かっていていいのよ。
ほうじ茶プリンで釣ろうなんて、可愛いわね」
モリちゃんは、みんなから称賛を集めるような人ではなかった。
むしろ少し変わった人の部類だったと思う。
けれど母の誇りを、
無神経に傷つけることのない人だった。
母は最初の電話から、そんな人だと感じていたのだと思う。
何でもかんでも削れば真実になるわけではない。
人の誇りを傷つけないための遠回しな言葉や、
ときにはおべっかのようなものの中に、
かえって本当の思いやりがあることもある。
母はそのとき、
くすぐったいように笑っていた。
母はふだん、
そういうふうに無防備に笑う人ではなかった。
母がそんなに喜んでくれるのなら、
この人と結婚できればいいのかもしれない、と
私は思ったことがある。
好きになれたらよかった。
けれど人生は、
そういうふうには進まない。
それでも、
母が少し安心したように笑っていた、
あの時間を今でもよく覚えている。
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この作品は「日常の薄皮をなでる」シリーズの一篇です。
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