メインコンテンツへスキップ
見出し画像

夏のベランダ、竹林の静

    朝顔は一日で咲き、竹林は長い時間を生きる。
    夏の朝と夕方、二つの風景を歩きながら、自分の時間について考えた。

    夏の早朝。
    誰よりも早く起きて、レースのカーテンを開けてベランダを見る。

    今日は、紫だった。

    口元がほころぶ。
    窓を開ける。
    すでに、暖かい空気が膨らみながら漂っていた。
    サンダルをつっかけて鉢のそばにしゃがみ込む。

    朝顔がふたつ咲いていた。
    ひとつは両手を広げて伸びをするように。
    もうひとつは、慎ましげに俯いている。

    鮮やかな紫色に、そっと指を触れる。
    微かに立ち昇る水気から、まだ物慣れないような、淡い香りがした。

    じっと見つめる。
    指で朝顔の首に触れる。すぐ引っ込めた。

    少し分厚いハードカバーの本を小脇に挟んでいた。間には、これまでの朝顔たちが押花になっている。今日は、開く気にはなれなかった。

    やがて陽射しが強くなってくる。
    暖かい光が肌を刺した。

    植木鉢を日陰へ動かす。
    朝顔と目を合わせるように少し笑って、部屋へ戻った。

    一日の務めを終える。
    裏庭の向こうには竹林がある。

    陽が射さず、しんとしていた。
    吸い込まれるように薄暗い。

    何となく靴を履いて、中へ踏み入る。

    土には葉や小枝が混じり、踏むたびに乾いた音がした。
    湿り気のある土の匂いが立ち昇る。
    少し小高くなった場所を登っていく。

    竹に手を触れる。
    太い肌は薄く褐色になっていた。
    撫でると、すべすべしている。
    節の輪に沿って指を滑らせると、ざらりと引っかかった。

    青い竹は、ほとんどなかった。
    長い時間をそこに立っていたようだった。

    薄褐色の柱に囲まれて、じっと佇む。

    音もない。

    呼吸をするたびに、少しずつ身体が溶けていく気がした。

    私よりもずっと長いときを過ごしてきたのだろう。

    見上げる。

    薄闇の空に、細い葉が重なり合って揺れていた。

    ふいに、地面へうつ伏せた。
    手のひらを土に当てる。

    この竹林の種になりたい。

    *

    この作品は「日常の薄皮をなでる」シリーズの一篇です。
    ほかの作品も、よろしければ。

    →目次はこちら

     
     
    日常の薄皮をなでるように。 どう生きれば、自分の人生を生きたと言えるのか。 そんなことを考えています。

    あなたへのおすすめ