
敵わない、と思った。──苦手な同僚の一言。
人事異動の季節になった。
部屋の空気が、少しずつ落ち着かなくなる。
いつもサンダル履きの同僚が、机の下に革靴を揃えていた。
時折、誰かが呼び出されて部屋を出ていく。
すぐ戻ってくる者もいれば、
なかなか帰ってこない者もいた。
嬉しさを隠しきれない者。
消化不良をこじらせたような顔で戻ってくる者。
みんな、何事もなかったように仕事を続けていた。
⸻
ある日、私も呼び出された。
内部異動の打診だった。
内容は、どうしても納得できなかった。
返事ができないまま席へ戻る。
すぐにミーティングが始まった。
何を話していたのか覚えていない。
資料を持つ手だけが、小さく震えていた。
⸻
その頃、同僚の中に一人、苦手な男がいた。
彼は私を嫌っているようで、
私も毛虫のように彼を避けていた。
夕方。
その男がコーヒーを淹れに立った。
私のデスクの隣で、
コーヒーにミルクを落とす。
「何て言われたの。」
いつもなら、
話さなかった。
けれど、その日は、
つい全部話してしまった。
男は黙って聞いていた。
コーヒーを一口飲む。
窓の外へ目を向ける。
しばらくして、ぽつりと言った。
「そういうところから、人間ひねくれていくんだよな。」
スプーンで静かにコーヒーをかき混ぜる。
「俺からも、上に一言言ってみるよ。」
⸻
相変わらず、
嫌いなままだった。
けれど、
何も言えなかった。
敵わない、
と思った。
*
この作品は「日常の薄皮をなでる」シリーズの一篇です。
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