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【連載小説】「 氷のプロンプト 」第1話(創作大賞2023・お仕事小説部門応募作品)

    辛島信芳

    《あらすじ》
    「TalkMTC」は、MiracleAI社が開発した、人工知能によるテキストベースの応答システムである。
    ネット通販の大手である「パーフェクト市場」は、製品のカスタマーサポートを複数の代行会社に委託している。そのうち二社である「エンペラーサポート」と「ライトアシスト」。
    まったく社風も違う二社が「TalkMTC」を取り入れることになった。
    これは、試行錯誤しながら業務にAIを連携させていく物語である。

    ※この小説は、創作大賞2023「お仕事小説部門」応募作品です。
    ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。
    ※この作品は、私「辛島信芳」が 2023年6月16日 00:10 に第1話を投稿したものです(盗作予防用の表記)

    (本文・第1話)

     新月の静けさの中、キーボードの乾いた打鍵音が家全体を覆うようにカタカタと響いている。

     スクリーンには人工知能との会話が延々と続けられている。無表情な大須賀由規子おおすがゆきこは、取り憑かれたように、パソコンと向かい合っていた。

     透きとおったガラスのティーポッドはすっかりと冷えきっており、微かに漂うスライスされたレモンの香り。その傍らには<取引先への接待で帰りが遅くなる>と表示されたスマートホンが置かれている。

     家の中は全体的に白と木目のモダンな内装である。ダイニングの真ん中におかれた楕円形のテーブルには、ブリの照り焼き、ほうれん草の胡麻和え、ごぼうサラダが二食分ならべられていて、いずれもサランラップがかけられ、空のお椀と茶碗が伏せられている。

     すぐ前には大画面の液晶テレビがあり、少し離れた側面にはぴかぴかに磨かれたステンレス製のキッチン、その上方にある窓のブラインドは夜中なので降ろされていた。天井にはシーリングファンがゆったりと回っている。

     もう、どれくらい時間が経ったのだろうか。ようやく家のドアが開かれた。

    「お帰りなさい。今日も遅くまで接待大変だったでしょう」
     玄関に向かい、夫の大須賀利成おおすがとしなりを早足で迎えでにいく。

    「何だ起きていたのか、寝ていて良かったのに。ははーん、また『TalkMTC』と話し込んでいたとか?」
    「うん、時間を忘れるほど熱中しちゃって。でも先に寝ちゃうのも悪いと思って」
     いつもどおりに、スーツとネクタイを受け取る。

    「その『TalkMTC』さ、前も言ったと思うけど、業務のシステムと連携するかしないかの話が大詰めの段階なんだよ。俺なんかより由規子の方が詳しいんじゃない?先方とのやり取りに同席して欲しいくらいだよ」
     ソファーに寝転びながらぼやいた。

    「いいわよ、たまには外でお酒を飲んでみたいし。でもビジネスの話はよく分からないから助け舟を出してくださいね」
     くすくす小笑いしながら答える由規子。

    「うそ、うそ、ジョーダンだって」
    「ふふふっ、今お料理を温め直しますわね」
    「あー、ごめん。食べてきちゃったから、今日は良いよ。明日の朝ゴハンにまわしちゃって」
     そういうと、自分の寝室に行ってしまった。

     料理を見つめてた壁時計の針は、零時五十分を指していた。

    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 

     翌日、明るい日が差しこむ机の上で、頭を痛そうにかかえる利成の姿があった。

    (少し飲みすぎたか ……)

     ペットボトルのお茶を何口か飲み、息をゆっくり吐く。さっと、スーツのポケットから名刺を取りだし眺めると、徐々に表情がにやけてくる。そこには、昨夜ついたキャバクラ嬢の源氏名が装飾体で大きく「悦香えつか」と印刷されていた。

     その周囲には、キーボードの打鍵音が絶え間なく鳴り響く。

     利成が代表を務める「エンペラーサポート」は「パーフェクト市場」のチャットサポート代行をしており、パーフェクト市場の製品説明をメインとしている。

     パーフェクト市場はネット通販の大手ということ、そして登録無しでも問い合わせが出来る形態にしているので、その数は膨大である。さらに、大手は企業イメージを何より重視して、客を待たせることは極力避けたがる。社員たちは手を休めることなく対応し続けている。

     しかめっ面の者、愚痴をこぼす者、貧乏ゆすりしてる者。チームの進行状況を確認するリーダーは腕を組みながら舌打ち。フロア全体は殺伐とした空気に包まれていた。

     やがて、昼休憩のベルが鳴り響くと、社員たちはぞろぞろと席を立ちはじめた。

     フロアの端にある大きなテーブルには、菓子パン、おにぎり、サンドイッチ、ペットボトルなどが、ところ狭しと並べられている。これらは会社からの提供であり、社員たちは自由に食べることが出来る。

     無言で適当に取っていく社員たち。ただそこから向かう先は食堂では無い。また席に戻ると、食べながら仕事の続きをしていく。労働基準法の関係上、昼休憩の時間は設けてあるが、建前上であった。

    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

     時刻は二十一時。開かれるネオンの扉。

    「いらっしゃいませ、大須賀様」
     笑顔で深々とお辞儀する黒服の男。

    「悦香さんはこちらでお待ちです」
     黒服たちに案内されながら利成は鼻歌交じりに闊歩していく。

    「利成さん、いらっしゃいませ。お仕事は順調ですか?昨日に引き続き、お忙しいなかお越しいただき嬉しいです」
     やわらかく微笑みながら手を広げる悦香。

     大半の嬢は<わぁ〜、また来てくれて嬉しいです>とはしゃぐところだが、悦香の挨拶にはいつも気配りの一言が付いている。業界歴は長いのであろう、まとった空気にはベテランの貫禄が滲みでている。

     腰の近くまで伸びた艶やのあるストレートの黒髪、背は女性にしては高めでスレンダーなモデル体型である。華やかさと言うよりは、古風な顔立ち、どこかの民家にある日本人形のようだ。

     天井から吊るされた、あやしい煌めきのシャンデリア。リズミカルなBGMが鳴り響くなか、さまざまな男女の会話が聞こえてくる。

    「あのころは俺もやんちゃだったな。反省、反省っと」
     武勇伝を自慢気に語る、若作りのオッサン。

    「俺、クルーザー購入したんだぜ。一緒にオーシャンビューを堪能しようぜ!」
     まるで合コンのようなノリのIT起業家たち。

    「なんだよ減るもんじゃあるまいし。ぶーす、ぶーす」
     太ももに伸ばした手を弾かれ、悪態をつく小太りなオッサン。

    「いやだぁ〜んもぅ、酔いすぎですよ〜」
     にこやかにあしらう夜の蝶たち。

     そんな蝶とのお馬鹿な会話に、客たちは酔いしれている。日々のきびしい現実を忘れ、楽しいひとときに身をひたしているのである。

     いつもの見慣れた光景だ。その中でも、ひときわ賑わうテーブルがあった。

    「クライアントが無理難題でボクをいじめるんでしゅー」
     利成の野太い赤ちゃん言葉が鳴りわたる。

    そこへ、そっと視線を向ける一人の客。

    「あの御方、気になりますか?」
     鮮やかなピンクのドレスを纏った嬢の音夢ねむが聞く。

    「前からよく見かけるなと思って。悦香さんをよく指名しているよね」
     スパークリングワインのグラスを傾けながらつぶやく。

    「ふふふっ、慎之輔しんのすけさんと一緒で、チャットサポートの代行をなさっている見たいですよ。何でもこの近くの大手ネット通販がクライアントでノルマが厳しいみたい」
     派手な巻き髪を揺らしながら、耳うちにそっと語ってくる。

    「へぇー、そうだったんだ」
     どことなく納得した表情で、三好慎之輔みよししんのすけはぐいっと飲みほす。

    「社長、もうそろそろ」
     関根知彦せきねともひこが慎之輔に声をかける。

    「おっ、もうこんな時間か。音夢ちゃん、また来るよ」

     キャバクラを後にすると、冷たい風が吹いてきた。夜の街はまだまだ人々で賑わっているが、明日の仕事のためにも早めに帰り、ぐっすりと寝ておきたい。

    「さっきの話、この近くの大手ネット通販って『パーフェクト市場』ぐらいですよね」

    「だろうね。この辺りでは、我々のようなサポート代行以外にも、さまざまな業種のパートナー企業があるんじゃないのかな」

     話しながら五分ほど歩いたところで、駅の入口が見えてきた。

    「じゃあ、僕はここで」

    「おう、明日も期待しているぞ」

     こうして、一日は過ぎていった。

    (つづく)

    以下、第2話以降のリンクとなります。

    【第2話】 https://note.com/karanobu/n/nafbdce303759

    【第3話】https://note.com/karanobu/n/n5b6299472d77

    【第4話】https://note.com/karanobu/n/ne0c7bf5a18ec

    【第5話】https://note.com/karanobu/n/ne606a2e61fa2

    【第6話】https://note.com/karanobu/n/n025e258d5661

    【第7話】https://note.com/karanobu/n/n21436715dbfb

    【第8話】https://note.com/karanobu/n/n730f0c593585

    【第9話】https://note.com/karanobu/n/n9cd445e5a33b

    【第10話(最終話)】https://note.com/karanobu/n/n72ca31207aff

     
     
     
    バックエンドエンジニア歴10年以上。設計から実装まで一貫して手がけ、決済APIやKPI集計システムなど、堅牢性が求められる開発現場に長年従事。近年では起業志向をもとに、個人開発やAI駆動開発のリサーチを推進している。

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