
ピアニカを拒んだ55年前から変わらない、わたしを動かすもの
幼稚園児の頃には、既に確立されていた、わたしの個性?
忘れられないエピソードがある。
年長さん、幼稚園最後の運動会。
鼓笛隊が恒例の花道だった。
わたしは密かに「小太鼓」を狙っていた。
ところが、人気だったため逃す💦
結果、与えられたのは、「ピアニカ」
”その他大勢”という位置づけだ。
訪れた運動会の本番。
それまで、決められたことに逆らうなど、
したことはない。
それなのに、あぁそれなのに。
なんと、わたしは「ボイコット」したのだ。
駄々をこねて、
「どうしても小太鼓がいい」
「ピアニカはやりたくない」
と、先生を困らせた。
しかし、本番は容赦なく始まった。
けど、その日のわたしは頑なだった。
ピアニカなんて、やるもんか💢
隊列に並んで歩いたけど(正確には歩かされた)、
ピアニカは吹かなかった。
そんなわたしを見て、祖母はご立腹の上、ご帰宅(笑)。
帰ってからこっぴどく叱られた😢
今思い返しても、なぜあそこまでこだわったのか?
いつもはちゃんとした子だったのに、
なぜよりによって、運動会本番だったのか?
分からないまま55年過ごしてきたけど、
ここ数年、自分を見つめ直す機会もあって、
あの時のわたしがどんな思いだったのか、
なんとなく見える気がした。
幼稚園最後の運動会だから、
家族にカッコいい自分を見てもらいたかった、
そして褒めてもらいたかったんじゃないかな。
だからどうしても、小太鼓がやりたかった、
その他大勢のピアニカじゃダメだったんだと思う。
そこに、「ピアニカでもいい」という、
わたしの納得がなかったから、最後まで抵抗したんじゃないか。
面白いエピソードがもう一つあって、
今度は、中学3年、受験生の時。
数学の成績がかんばしくなく、
光栄にも、夏休み・補習組のメンツに入った✨(笑)
そこでわたしを困らせたのは、
あ、正確にはわたしが先生を困らせたのだが、
「公式」の壁
数学はやたら公式にハメたがる。
ところが、わたしはそれを良しとしない。
「どうして公式にはめるの?」
「どうしてこの公式なの?」
と、こねても仕方ない駄々をこねる子どものよう💦
そんなんだから、数学ができなくて当たり前(笑)。
いい加減困り果てた先生が、
「〇谷!この公式にハメると、
この問題はあっという間に解けるぞー」
思いっきり疑いの目線を送るわたし(笑)
ところが、騙されたつもりで一回、
ハメてみたら・・・
なんということでしょう✨
まるで真夏のアイスのように、
一瞬で解けてしまうではありませんか👏
もうそこからは、公式にハメることにハマったわたし。
次から次へと、ハメてハメてハメまくった。
同じような問題ばかり解くから、
果たして受験勉強として正解だったのかは疑問だが、
確実に数学の成績は上がり、
気づくとクラスで指折りの位置にいた。
なんでもっと早く教えてくれんかったのー
そう文句を言いたいくらいだけど、
多分もっと早くから教えられていたんだと思う。
ただ、わたしが公式を拒んだのが原因(笑)
もし今あの先生に会えたら、言いたい。
あの時はご面倒おかけしましたm(__)m
わたしはこの二つの忘れられない出来事から、
自分にとって「納得する」ことがいかに重要か?
ってことに気づいたんだよね。
納得しないと動かない、動けない。
でも納得さえすれば、その後の動きは驚くほど速い。
「自分を納得させる」っていうのは、
「自分を大切にする」ことでもあるんじゃないか?
そんな風に思った。
だから、これからもわたしは、