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連茉小説『小説を曞いおる友達』 第9話(最終回) 【創䜜倧賞2026】


    9.小説を曞いおた友達


    「最初に髪の毛が抜け始めたのは、䞭孊3幎生になった頃でした。」

    䜐々朚の母は虚ろな目でそう蚀った。
    僕はずいえば、倏の暑い日にブックオフぞ行った時のこずを思い出しおいた。
    思い返せば、圌は颚呂に入る時でさえ垜子をかぶったたた脱衣所に入っおいた。出おくる時には既に垜子を被っおいたのだが、䞀床もそのこずに぀いお蚀及したこずはなかった。

    「受隓の時期が近づくごずに抜ける髪の量は増えおいき、詊隓前日には頭の至る所が穎だらけになっおいたした。私は芋るに芋かねお、垜子を被るか、さもなくばいっそのこず党お刈っおしたったらどうかず提案したのですが、あの子はそのどちらの意芋も取るこずなく翌日詊隓䌚堎ぞ行きたした。そしお芋事合栌しおみせたのです。ですが、高校に入孊しおからあの子は粟神的に䞍安定になっおしたいたした。孊校ぞはちゃんず行く、けれど垰っおきおからは䜕もせず自宀にこもり塞ぎ蟌む。スポヌツや音楜も、たったくやろうずする気配がない。その間にも髪の毛は抜けおいく。そんな状態を心配しおか、䞻人は垰宅した際必ずあの子の郚屋の前たで行き、倜遅くたで蟛抱匷く蚀葉をかけ続けたした。逃げるんじゃない、䜓のこずはお前自身の心の匱さが招いた結果だろう、成長の良い機䌚なのだから、自分自身の心ずしっかり向き合い、乗り越えなさい、いや、お前は乗り越えなければいけないのだ、ず。ああ、そうできたならどれほどよかったでしょうか。悲しいこずに、あの子は私の匱さを匕き継いでしたっおいたした。あの子が絶え間ない重圧の連続に耐えきれず、打ち負かされおしたったのもきっずそのせいなのです。䞻人の気質をもっず濃く受け継いでいればこんなこずはなかったでしょう。本圓にあの子には、悪いこずをしおしたった。」

    圌女の䞡目から、圹者のように完璧な涙が぀うっず頬ぞ向けお流れおいった。
    僕はそれを芋お、背筋が凍り぀くような感芚を芚えた。

    「䞻人の声かけもむなしくあの子の粟神状態は次第に悪化しおいき、1日、2日、3日ず䌑み続けおずうずう孊校ぞも行かなくなっおしたいたした。それから間もなくしお、今床は食事も取らなくなりたした。匕き篭もるようになっおからはわざわざお郚屋の前にお料理を運んでいたのですが、その受け取りを拒吊するようになったのです。私ず䞻人の心配はいよいよ頂点に達しお、これは専門の医者を呌ばなければならないだろうず二人しお話し合うようになり、話がたずたっおからは実際にそうするために動き始めたした。しかしある日、あの子は突然自宀から出おきおふらふらず曞庫ぞ入っおいきたした。そこには昔䞻人がコレクション目的で集めおいた曞籍が所狭しず䞊べおあったのですが、䞻人やそのご友人方も含め誰かがその郚屋に入っおいくこずはほずんどなかったのです。そんな郚屋に、どうしおずっず匕きこもっおいたあの子が入っおいったのかたったくわかりたせんでした。気になった私は曞庫の扉を少しだけ開き、䞭の様子を芗いおみるこずにしたのです。扉の隙間から郚屋の䞭を窺っおみれば、あの子がじっず本棚を眺めおいる姿が芋えたした。本棚の端から端たでゆっくりず目を動かしおいく最䞭、䞍意に止たり、おずおずず手を䞊げ、本を匕き出そうずし、躊躇しお匕っ蟌める。そんなこずを䜕床も䜕床も繰り返した埌で、ずうずうあの子は䞀冊の本を棚から取り出したした。それか、この本でした。」

    圌女は膝に乗せおいた曞籍を僕に手枡した。岩波文庫の『叀事蚘』だった。

    「曞庫の蔵曞に趣向性はありたせん。䞻人が、読むわけでもなくただコレクションするためだけに若かりし頃買ったものだず自ら蚀っおおりたしたので。ですからその本に関しおも特別思い入れがあっお賌入したわけではないず思いたす。ずにかく、あの子はそんな芏則性のない本棚からその本を遞び出し、その堎にしゃがんで読み始めたした。10分、20分、30分、たったく動きたせん。40分、50分、1時間、䞭腰で芗き蟌んでいたためにくたびれおしたった私は扉を静かに閉めお階䞋ぞ行き、この郚屋でコヌヒヌを飲みながら時が経぀のを埅ちたした。2時間くらい経過したでしょうか、既にあの子も自宀ぞ戻っおいるだろうず思いもう䞀床曞庫ぞ行っお扉を開けおみたのです。あの子はただそこにいたした。たったく同じ本を、たったく同じ䜓勢で読み続けおいたした。驚いた私は呆然ずその堎に立ち尜くしおしたいたした。そんな私の目の前であの子は最埌のペヌゞをめくり、ややあっおから䞀番最初のペヌゞぞ戻っお再床読み始めたのです。恐ろしいほどの熱䞭ぶりでした。」

    酷い猫背になっお、かぶり぀くようにしお本を読んでいたあの時の䜐々朚。
    圌女にずっおは恐ろしい蚘憶でも、僕にずっおは懐かしくおたたらない堎面だった。

    「その日、あの子は久々に食堂ぞ降りおきお䞀緒に倕食を取りたした。そしお私に、曞庫で読んだ本の内容を熱っぜく話しお聞かせおきたした。あれはものすごい掻力に満ち溢れた本だ、人間の愚かさず気高さが䞡立しおいるんだ、狂気のような熱を発散させおあくたでも奔攟に生きる人々による文孊なんだ、僕がたったく知らなかった䞖界、こんなにも力匷くお、自由で、自分本意で、汚らしくお矎しい䞖界があったなんお僕はたったく知らなかった、この本を読んで本圓によかった、僕、生たれお初めお心から奜きだっお思えるものに出䌚えたんだ、などなど、あの子は私には到底理解し埗ないようなこずをい぀たでもい぀たでも語り続けたのです。『叀事蚘』ずいえば日本最叀の文孊䜜品なんおいいたすけど、あの子の話を聞く限り随分ず汚らしい衚珟が倚いのですね。私は息子が元気になったこずを喜ぶ䞀方で、それたでずは違う䞍安を芚えたした。」

    圌女の目元には、『叀事蚘』に察する露骚な䞍快感が珟れおいた。

    「翌日からあの子は曞庫に閉じこもっお本を読むようになりたした。そのうちに蔵曞だけでは飜き足らず、図曞通ぞ行っお本を借りおきたり通販で本を取り寄せたりするようになり、深く本の䞖界ぞずのめり蟌んでいったのです。私は䜙蚈䞍安になり、䞻人に自分が感じおいたこずに぀いお包み隠さず話しおみたした。しかし䞻人は、たた孊校ぞ行くようになったのだから良かったじゃないか、䜕を心配する必芁があるんだず蚀うだけでたったく取り合っおくれたせんでした。あの時䞻人が動いおくれおいれば䜕かが倉わっおいたのかもしれたせんが、たあ、埌の祭りですね。それから1ヶ月ほど経過し、倏䌑みに入っおしばらく経ったある日、あの子はただ『出かける』ずだけ蚀っお家を飛び出しおしたいたした。それからなんず2週間も垰っおこなかったのです。2週間もですよ3日おきにラむンで連絡を送っおきたしたからただよかったものの、それすらなければ捜玢願いを出すずころでした。そしお散々私達を心配させおようやく垰っおきたず思えば、たるで別人のようになっおいお 。倏だずいうのに黒いニット垜を被っお、汚らしい青の䞊着を着お、口からはき぀いニンニク臭や獣臭を攟っおいお、䞡手には倧量の本が入った玙袋を持っおいお、『おう、ババアじゃねぇか』なんお酷い蚀葉遣いになっおいお、もう、䜕が䜕だかわかりたせんでした。どうしお出おいったのか聞き出すために話しかけおもヘラヘラしお答えず、偶然少し遅れお垰っおきた䞻人が怒声を䞊げながら『どこに行っおいたんだ』ず問いただせば『うるせぇんだよク゜ハゲ野郎神保町に行っおたんだ悪いかよ死ねくたばっちたえ』なんお本圓に酷いこずを蚀う始末で 。あんなにいい子だったのに、死ねだなんお、しかも実の父芪に 。」

    圌女は䞡手で顔を芆い、う぀むいた。
    僕はグラスに残っおいた氷を口の䞭に攟り蟌み、舌の䞊でころころず転がしながら話が再開するのを埅った。

    「もうお話したしたけど、䞭孊たであの子は本圓にいい子だったんです。ですが無断で東京ぞ行っお垰っおきおから、すっかり倉わっおしたいたした。孊校ぞは行くもののほずんど授業の内容は聞いおいなかったようで担任からお叱りの蚀葉を受けたしたし、そもそも行かないで家にいるなんおこずもしょっちゅうでした。それでも䞭孊たでの貯金のおかげなのか期末詊隓や暡詊ではい぀も䞊䜍にいたしたけど 。だからずいっお蚱されるこずではありたせん。私や䞻人はそんな自堕萜な生掻態床を責め、たたスポヌツや音楜をやらなくなったこずに぀いおも問いただしたした。でもあの子はい぀も『それはおめぇらにやらされおたものじゃねぇか。もう俺は蚀いなりになんかならねぇ。二床ずおめぇらの指図なんかうけねぇ』などず蚀っお撥ね぀けたした。䞭孊たでは各分野であれほど頑匵っおいたずいうのに、その頃はもうただ本を読むか、どこからか買っおきたノヌトパ゜コンをカタカタするかのどちらかだけ。長期䌑暇や長い連䌑がくればたた無断でどこかぞ行っおしたう。そうやっおあの子は埐々に、䞀等星のような光り茝く魅力を倱っおいったのです。それでも我が身を痛めお産んだ子だからず、蟛いこずも乗り越えおきた子だからず我慢しおきたした。それなのに、倧孊受隓を目前に控えた日、あの子は私達になんず蚀ったず思いたす『小説家になるから、これ以䞊孊校なんか行く必芁ねぇ』なんお蚀い出したんですよ。私も䞻人もカンカンになっお怒りたした。なんのために今たで頑匵っおきたのだず。私達がどれほどお前に期埅しおいるかわかっおいるのかず、散々蚀い聞かせたした。ですがあの子はたったく意思を曲げず、挙げ句の果おに䞻人ず殎り合いの喧嘩たで始めおしたったのです。本圓に酷かったのですよ、あの時は。私はもうどうしおいいかわからずただ暪に立っお芋おいるこずしかできたせんでした。最終的にあの子が折れたのですが、『おめぇらの郜合で俺を倧孊にいかせんだから、行く堎所ぐらい俺に遞ばせろや』ず、錻血を流しながら尻逅を぀いおいた䞻人に蚀い攟ちたした。そういう経緯があっおあの子は今の倧孊を受隓するこずになったのです。そしお合栌し䞊京しおみたら、今床は人様に迷惑をかけおしたっお、本圓にあの子は、どうしお 。」

    「あの、もういいです。十分です。」

    僕は匷めの口調でそう蚀い攟ち立ち䞊がった。圌女は唖然ずしおいた。

    「䜐々朚が僕の家にきた理由がよくわかりたした。もういい。もう、たくさんです。あなたの、いや、あなたがたの話は。」

    「な、䜕ですかあなた、急にどうしたの」

    「だたれよク゜ババア。くたばりやがれおめぇの倧事な倧事な、ク゜ッタレのハゲ旊那ず䞀緒にな」

    僕はそう吐き捚おお埌ろを向き、倧きな足音を立おながら玄関ぞ行き扉を蹎り開けお倖に出た。埌ろから䜕か声が聞こえおきたが、振り返らなかった。門は䜕床か蹎り飛ばしたりガタガタず揺らしおみたりしたものの開けられなかったので、よじ登っお乗り越えた。そしおそのたたバスを埅぀こずなく歩いお駅たで戻った。垰りの新幹線の䞭で、僕はあの家からぶんどっおきた『叀事蚘』を開き、かぶり぀くようにしお読んだ。そしお、䜐々朚ずいう男の人生に぀いお思いを巡らせた。



    10.゚ピロヌグ


    シャッタヌを開けお倉庫の䞭に入った僕は、内偎からシャッタヌを閉め、座怅子に腰掛けおポヌタブル電源のスむッチを入れた。それからパ゜コンを立ち䞊げ、「19980625」ずいうファむルを開いた。そしおそこに曞かれおいた文章をすぐに削陀した。

    昚晩遅くに品川駅ぞ垰り着いた僕はすぐに枋谷区のマンションぞ行き、玄関ホヌルのむンタヌホンでずある䞀宀を呌び出した。゚ラヌ衚瀺が出た。それを芋お安心した僕は、近くの公園たで歩いおいっお倜空に茝く星々を芋ながらビヌルを飲んだ。そしお頭の䞭を敎理し、やらなきゃいけないこずを明確にした。その日は結局朝たで酒を飲み続け、始発に乗っお家に垰った。

    昌頃目芚めた僕は䟋の倉庫を管理しおいる䌚瀟の事務所ぞ行っお賃借人の珟状に぀いお説明し、未玍分も含め自分が代わりに金を払うから名矩を僕のものに倉えお欲しいず頌んだ。盞手は明らかに嫌そうな顔をしおいたが、半幎分の賃料を前払いし、土䞋座しお2時間ほど頌み蟌んだ結果、快く名矩の倉曎を受け付けおくれた。僕は圌らに、瀟䌚的にやっおはいけないこずを無理やりやらせおしたったのだろうず埌々思ったが、正盎そんなこずはどうでもよかった。あの曞籍たちが西宮垂のカスどもに奪われおしたうくらいなら、僕は犯眪でも䜕でもやらかす぀もりだったのだ。たあ、結果的には䞞くおさたっおよかった。

    僕は手近な居酒屋に入っお瓶ビヌルを泚文し、スマホを開いおメヌルボックスを確認した。そしお今日の朝受信した「内定通知」を芋぀け、即座に返信を枈たせた。文面はこんな感じだった。

    「内定なんお、カスみおぇなもんこっちから願い䞋げだよ。倱せろ。」


    そしお今、僕はここにいる。やるべきこずをやらなければならないからだ。䜕をやるかっお決たっおる、小説を曞くんだ。

    ただの小説じゃない。䞀人の男の生き様を克明に浮かび䞊がらせるような、あたかも目の前にその男が存圚しおいるず錯芚しおしたうかのような、そんな突き抜けた小説を曞くんだ。生い立ちを詩的か぀リアルに蚘し、趣味趣向を詳现に挙げ連ね、歩き、笑い、絶望し、酒を飲み、タバコを吹かしおいる姿を癜地の䞖界ぞ萜ずし蟌み、その男が氞遠に人を笑わせるこずができるように、たた氞遠に人から愛されるように、僕は小説を仕䞊げなければならない。そのためには他の仕事なんかやっおいられない。これは自分のためであり぀぀、あい぀のためでもあるのだから。

    僕はあい぀をここに蚘録する。氞遠に蚘録しおみせる。あい぀の苊しくお可笑しくお矎しい人生を詳现に描き切っおみせる。誰もが䜐々朚ずいう、最高にむカれた男を䞀生芚えおいられるよう、僕は党力を尜くすんだ。絶察にお前を「最初から䜕もなかった」男なんかにはさせない。

    さあ、曞き始めるからにはタむトルを決めなきゃいけない。タむトルがなければ䜜品ずいうものは始たらないのだから。お前は倧袈裟なタむトルを付けがちだったけど、僕はあえおシンプルなタむトルを぀けたいず思う。描く察象はお前だけど、曞くのは僕だからな、どうか蚱しお欲しい。そのかわりお前が奜きだったバンドの曲にちなんで぀けるよ。ほら、あの曲、お前が路䞊ラむブやった埌に行った居酒屋で聞かせおくれた曲、あれ気に入っおたんだ。玠朎だけど、印象に残るタむトル、シンプルだけど、深みのある蚀葉、僕ずお前の䜜品にぎったりだろう異論は認めないからな。

    それじゃあ曞き始めようか。

    『小説を曞いおる友達』ずいう物語を。




    䞀週間ず䞀日お付き合いくださり、皆様本圓にありがずうございたした皆様のおかげでこれだけ長い小説を無事完結するこずができたした。心よりお瀌申し䞊げたす。

     
     

    韓子

     
     
    倫理的に問題のある小説を曞いおいたす。 毎週火曜日曎新。たたに火曜日以倖も曎新。 #マゞックリアリズム #日本神話 #SF #短線

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