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毎日、良い習慣を続けることについて

    龍安寺 道

    良い習慣を、毎日、コツコツと継続するというのは、結果的には大きな成果をもたらす。

    今から15年近く前、2007年10月に、僕はウォーキングを始めた。勤務していた銀行のメタボ検診に引っかかったのがきっかけである。産業医と保健師に呼び出されて、運動不足を解消するべきであることを告げられ、とりあえずはウォーキングでも初めてはどうかと指導された。当時の僕の体重は、いまよりも約15キロほど多かった。毎日の目標は10千歩。万歩計を渡された。今ならばスマホのアプリがあるが、当時はまだ一般的ではなかったと記憶している。

    夜は何かと予定も入って不規則なので、早朝、5時に起きて、近所の公園を1周するという生活がスタートした。サラリーマンになって以来、まともに運動をしたこともなく、最初は5時に起きることも、公園をたかが1周することも(自宅を出て、公園に行き、公園を1周して、再び自宅に戻る行程でトータル5キロ弱)、苦痛でしかなかった。それでもなぜかわからないが、三日坊主になることもなく、3ヶ月ほど続いた。

    体重が5キロ減っていた。

    何もやらないゼロからのスタートだったので、伸びしろしかなかったからであろう。その後は最初の3ヶ月ほどの勢いはなかったが、1年ほどかけて体重はトータル10キロほど減り、メタボ体型が明らかに変化した。翌年の健康診断では諸々の数値が改善しており、メタボからは脱却した。

    そうなると、せっかく身についた習慣をやめてしまうのが惜しくなり、というか怖くなり、早朝ウォーキングの習慣はその後も10年ほど続くことになった。

    10年経つとウォーキングくらいでは刺激が乏しくなり、もっと身体を動かしてみたくなった。「ちょっと走ってみようかな」と思い立ち、ウォーキングの合間にゆるゆるとしたランニングを交えるようになった。

    もちろん、最初は大して走れない。数百メートルも走ると、脚が痛くなり、息が切れた。もともと思いつきでちょっと走ってみただけだから、しんどくなれば走るのはやめて、ウォーキングに切り替える。その程度のお気楽さである。

    それでもやっているうちに、徐々に走れる距離が延びてくる。1キロ走っても息が切れなくなる。やがて走れる距離は着実に延びてくるし、息が切れることもなくなる。時間が取れる休日には、2時間走り続けることができるようになった。距離にすればハーフマラソン程度である。

    ランニングを始めるようになってから、体重は再び減り始め、大学を卒業して社会人になった頃の体重にまで戻った。今は少しリバウンドしたが標準体重は余裕で維持している。

    以上のことは、それまでより1時間ほど早起きして、毎日、コツコツとウォーキングやランニングをやっただけの成果である。決して大した話ではないし、威張るほどのものでもない。でも億劫がって何も始めていなければ、おそらく今でも僕はメタボ体型のままであっただろうし、下手すると病気になるか、死んでいたかも知れないことを思えば、15年前にウォーキングを始めて正解だったと思う。

    ほんの些細なことでも、何か良い習慣を身につけて、毎日、短時間であってもコツコツと継続すること。「塵も積もれば」ではないが、長い目で見れば、大きな利益実感を得ることができる。忙しいサラリーマンでも、30分や1時間くらい、その気になれば確保できる。あとは継続できるか三日坊主で終わるかだけの違いである。

    こういう話を書くと、「意志が強いんだろう」と言われるが、僕は自分が意志が弱い人間であることは自覚している。意志が弱いから、ほんのちょっとのことしかやれないのだ。毎日、3時間確保して何かやれと言われたら、やる前に気持ちが折れてしまうが、30分や1時間くらいであればやれそうな気がする。

    数年前、資格試験の受験で勉強しないといけなくなった時にも、同じ要領で取り組んだ。週末に10時間勉強しようと思っても自分には無理なのはわかっているので、毎日1時間だけやる。その代わり、何があっても1時間は必ずやる。週末は1週間分の復習だけを、やはり1時間だけやることにして決して無理はしない。そんなゆるゆるな勉強であっても、毎日、コツコツと続けることで、ちゃんと試験には合格できたので、改めて自分のやり方に対して自信をもった。

    逆もまた真なりである。悪い習慣が身につくと、中長期的には大きなダメージを受けるかも知れない。ちょっとした無駄遣い、たとえばギャンブルとか喫煙とかが典型であろうか。10年、20年と経過すると、たぶん驚くくらいの金額を浪費しているに違いないし、健康や精神を損ねる原因となるかも知れない。

    ゼロはどれだけ積み重ねてもゼロ。わずかであってもプラスを積み重ねられるか、わずかであってもマイナスを積み重ねるかの違いは中長期的には大きい。


     
     
     
    気になったことは、とことん考えてしまう。 1人で考えて、AIと壁打ちして、また考える。 答えが出るとは限りません。 そんな思考の過程を、あれこれ書いています。 関西在住の元銀行員で、現在はスタートアップ企業に勤務。 酒と美味しいものを愛する単なるオッサンです。

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