
人を超えたかったあの頃の僕へ──“違い”と生きる物語
1、同じ景色を見ているのに、どこか違っていた
中学生の頃、クラスのざわめきの中で、ふと浮かぶ問いがあった。
「この世界って、本当にあるの?」
「人って、なんで生きるんだろう?」
そんなことを考えているなんて、誰にも言えなかった。
みんなは、部活とか、恋バナとか、テストの点とか。
ちゃんと“今”を生きてるみたいだったから。
2、人を超える人になりたかったのかもしれない
周りの誰にもわからないことを、僕だけが知りたかった。
この世界のしくみを、すべて理解したかった。
「人間を超える方法」を、ずっと探していた。
でも、今思えば──
それは“自分を救う方法”でもあったんだ。
3、わかってほしかっただけだった
「お前、何考えてるか分かんねぇよ」
って言われたこともある。
正直に話せば、引かれると思ってた。
でもほんとは──
誰かに、「わからないけど、聞かせて」って言ってほしかったんだ。
4、“超える”ことじゃなく、“見つける”ことだった
今の僕なら、あのときの僕にこう言える。
「人を超える必要なんてない。
あの問いの中に、本当の自分がいたんだよ。」
問い続けてくれて、ありがとう。
5、そして、今もまだその途中にいる
世界の裏側にたどり着いたわけじゃない。
答えが出たわけでもない。
でも、問いを持ち続けている自分を、少しだけ愛せるようになった。
「人を超えたい」という願いの奥にあったのは──
**“この自分で、生きていきたい”**という、切実な祈りだったのかもしれない。
📝 このnoteは、「ギフテッド」「HSP」「生きづらさ」を抱えた大人の私が、かつての思春期の自分に向けて書いた手紙です。
🧠 今も、あの頃のように「答えのない問い」を抱えて生きている人へ。
🌱 ひとりじゃないです。あなたの物語も、きっと誰かの居場所になります。
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