
『ふくろうがたり』
作: カオルのAI工房
StandFMの朗読(2026年8月4日国際フクロウの日)のために、書き下ろしました
テキスト版
私が目を覚ますのは、蝉しぐれが降りやみ、夕暮れの赤い光が林を斜めに満たすころ。人の子らが「日暮れ」と呼び、私たちが「はじまり」と呼ぶ、あの刻(とき)に。
夏の夕刻、乾いた小径(こみち)の上に、陽炎(かげろう)が立つ。地面がゆらゆらと溶けて、景色が水面(みなも)のように揺れる。あれは、境がうすくなる合図だ。昼と夜の境、そして——生と死の境。
一年に一日だけ、その境が、いちばん薄くなる日があることを、知る人は少ない。八月の、あの夜。我ら梟(ふくろう)が、想いを運ぶ夜。
今年も、一人の人間が林の奥にやってきた。その人は苔(こけ)むした墓の前にかがみこみ、線香に火をともした。青く、ほのかに苦い香りが、木立の間にゆっくりと広がってゆく。立ちのぼる細い煙を、私は枝の上から見つめていた。……この墓なら、覚えている。いつぞや、ここで一人の人間に声をかけたことがあった。「お前は、何を求めて来た」と。あれから、幾度目の夏だろう。
その人は、墓のまえに静かにたたずみ、ただただ墓標を見つめていた。
私は、音もなく舞い降りて、墓の上にとまる。人の子は、はっと顔を上げる。そして目が合った。琥珀色の私の瞳の中に、あの人はきっと、自分の影を見ているだろう。
人は、呆然とこちらを凝視し続けるばかり。その胸の奥で、言いたいけれども言葉にならないひと言が、ちいさく、震えているようだ。
「案ずるな。私は、想いを運ぶ者だ。」
その人の震える喉から、やっとかすかに押し出された言葉、そのひと言を、そっと掬い取る。その重みは、陽炎(かげろう)ほどもない。
人の子を一瞥したのち、私は羽根を広げ、揺らぐ境の向こうへとはばたいた。ひとつの想いを運びつつ。
向こう岸は、こちらとよく似た夏だ。同じ蝉が鳴き、同じ夕焼けが燃えている。私は、待っていた彼(か)の人の肩にとまり、預かった声を、そっと囁(ささや)く。
それで、私の役目は終わりだ。
——はざまの上から見れば、昼も夜も、生も死も、ひとつづきの、長くて短い時間にすぎぬ。だから、人よ、恐れなくてよい。
墓の前の人は、しばらく、そこに佇(たたず)んでいたのち、やがて、ゆっくり、来た道を、帰ってゆく。
日没の赤い光もかすかとなり、空の蒼が次第に濃くなってゆく。黄昏(たそがれ)時が終わろうとしている。
私は、自分の住み家にもどる。昼と夜のあわい、生と死のあわいで、また巡りくる夏まで…。
言えなかった想いは、消えはしない。ただ、手渡されるのを、静かに待っている。夏の夕べ、陽炎の立つころ——静かな林の奥で、あるいは、聞こえるかもしれない。ほう、ほう、と。境の向こうへ、想いを運ぶ、あの梟の鳴き声が。
(了)
音声版
StandFM: https://stand.fm/episodes/6a716ef618e1d0bb27a83333
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