
ショートエッセイ:アジフライ
「お父さん、オレは食べないから、1枚でいいですからね」
「おう、わかった、3枚買ってくるわ」
「あの店は1枚で売ってくれますから」
「おう、わかった、2枚買ってくるわ」
「1枚でいいですよ、オレ食べないから」
「おう、行ってくるわ」
義父は、アジフライが大好物だ。
いまとなっては数少ない、一人で行ける総菜屋に買いに行くのが、
義父の楽しみのひとつでもある。
でも、私に、アジフライを食べさせたい、のではない。
〈いや、それもあるかもしれないけれど〉
1枚だけ買うのが、恥ずかしいのだ。
独居老人だと思われるから、とかでもないらしい。
だったら、いくらでも買わせてあげればいいじゃないか。
〈そうだ、そうだ〉
しかし、話は、そんなにシンプルではない。
北海道の海沿いの街で育った義父。
神奈川の漁港のある町で育った私。
共通しているのは、どちらも新鮮な魚の味を知っていること。
義父は、毎回言う。
「このアジフライまずいわー」
義父が残したものを食べながら、私も思う。
「旨くないわー」
でも、「もうあそこで買うのはやめよう」
とはならない。
出かけた義父が、ウキウキで戻ってきた。
アジフライを3枚買って。
おわり

▼ 今日も、本人だけの時間が流れている。
▼ 食べることは、味だけの話では終わらない。
▼ 正しい味より、付き合い続ける味がある。
