メインコンテンツへスキップ
見出し画像

透明なままでいられる|抽象画を描くこと

    きのした | 抽象画


    役割を服のように着て、時間が来たら脱ぐこと。
    それが、私にはうまくできない。
    ずっとうまくできなかった。

    一度着た役割が、ずっと残る。
    会社員の服も、先生の服も、母の服も、娘の服も、簡単には脱げない。
    期待されたことや、評価されたことが、ずっと残る。

    だから私は、抽象画を描いているのかもしれない。

    抽象画として描かれたものには、まだ役割がない。
    これは何ですか?と聞かれても、すぐに答えなくていい。
    花でも、風景でも、模様でも、物語でもないまま、そこに置いておける。

    色は色として、線は線として、形は形として、まだ名前を持たないまま存在できる。

    私にとって抽象画は、役割の前の場所なのだと思う。

    社会の中で、私はすぐに輪郭を持つ。

    画布の前でだけ、まだ透明なままでいられる。

    ------------
    今日もここまで読んでいただき、ありがとうございます。

    

ある一つの絵を描きながら考えたことや、実際の手順を記録した制作ログはこちらからぜひ。


    
長年の映像制作デザイナーとしての経験の後、抽象画を描きはじめた私のことは、こちらに書きました。

    

このnoteのサイトマップはこちらです。




    ————

    このnoteでは、抽象画の楽しみ方や制作の裏側、
完璧を手放したキャリア転換のことを書いています。
    
週1-2回更新(を目指しています)。
    次の記事で、またお会いしましょう。
    フォローしていただけると嬉しいです。


    

© 2026 Kaori Kinoshita
    
All rights reserved. 無断転載・AI学習は禁止です。

     
     
     
    抽象画家。描きながら、立ち止まったり迷ったり進んだりすることを言葉にしていきます。 元CGデザイナー20年。 偶然と即興を遊び道具に。 ※サイトマップはプロフィールにあります

    あなたへのおすすめ