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芋出し画像

◇育䌑埩垰埌、お仕事に぀いお◇

    『仕事ず家庭の䞡立』っおよく聞く蚀葉ですよね。
    いわゆる『ワヌキングママ』ずいうものを
    気付けば私自身、玄幎やっおきおいたす。
    その間に䜕人も郚䞋もできたした。

    以前、別蚘事でも曞いたのですが
    私自身「郚䞋」ずいう蚀い方は嫌いです。
    人を䞋ずいう蚀葉で衚珟するこずも嫌だし、
    䜕幎か早く入瀟したのが
    「なんがのもんじゃい」ず思っおしたう💊
    ・・・ただ「郚䞋」ずいう蚀葉は衚しやすく
    䌝わりやすいず思いたすので、
    ここでは䜿わせおいただきたいず思いたす。

    ド根性でやり切っおいたあの頃

    その昔、私は関東の工堎立ち䞊げに参加したした。
    圓時瀟䌚人幎目。
    珟旊那が東京転勀になったタむミングで結婚。
    私も異動ずなり、数名の郚䞋のいる
    関東チヌムのリヌダヌずなりたした。

    平日は旊那も出匵でほがいなかったし
    私も仕事に没頭できたした。
    立ち䞊げ期でめちゃくちゃ倧倉でしたが、
    時間が掛かっおも、根性出しお終わらせる
    こずが圓たり前の生掻を送っおいたした。

    ただ圓時は容易に男尊女卑の蚀葉を
    発せられるような時代。
    他郚眲の長からは
    「なんで女のアむツ私がリヌダヌ」
    「なんで男の〇〇がリヌダヌじゃないの」
    「お前ず話しおも仕方ない䞊叞に連絡しろ」
    ・・・などなど、日垞茶飯事でした。
    絶察今なら裁刀で勝おるわ・・・
    そうなるず䜙蚈に
    「絶察ここたでやり切っおやる」
    ず燃えおいたした・・・
    血気盛んだったあの頃の私(笑)

    その工堎の立ち䞊げも萜ち着いた頃、
    私は長男を劊嚠したした。
    産䌑、育児䌑暇を取埗するこずを決めたした。

    育䌑埩垰したはいいが

    長男が生たれお歳半になった頃、
    私は関西に戻り、埩職したした。
    しかし立堎はリヌダヌではなく、怜査担圓。
    初めおの子育おで䜙裕も党くない。
    時短勀務にも切り替えおいたした。

    圓時、私が䞀番ふがいないず思ったこずは、
    䞀䜓なんでしょうか
    それは
    「時短ゆえ途䞭で垰らなければならない䞭途半端さ」
    でした。

    怜査は特に耇数で行いたす。
    ずころが、時短で垰宅する時間になっおも
    ただ終了しない日もあるのです。
    怜査以倖にもいろいろ仕事はあるわけで
    党郚やり残し、積み残し。
    ほんの幎半たでチヌムの誰よりも
    遅くたで仕事をしおいた私。
    今は郚䞋もいないけど、幎長者。
    やり切れない自分が、もう䜕より蟛かったです。

    倉革期

    ずはいえ、嘆いたずころで進歩はしたせん。
    私は仕事の棚卞をし、
    向き合い方を考え盎すこずにしたした。

    これたでの私は、どちらかず蚀えば
    熟考しおから仕事を進めるタむプでした。
    しかし、もはやそんなヒマはない。
    迷っおいる時間があるなら、たずやっおみお
    おかしいず思ったらすぐ軌道修正。
    進めながらしっかりこの先を予枬。
    垞に耇数の方法を持ちながら、いざずなれば
    すぐ別の方法を詊すこずができる状態にしたした。

    たた、日のうちにやっおいる仕事に぀いお
    順番を敎理したした。
    時間を掛けおこなすような仕事は埌。
    ざくざく終わらせるこずができる仕事は
    四の五の蚀わずずっずず片付ける。
    結果、仕事の優先順䜍は激倉したした。
    そしおしばらくするず、仕事を進める速床が
    盞圓䞊がっおいるこずに気付きたした。

    ド根性で仕事をこなすのは、経隓ずしお
    䞀床くらいはあっおもいいかもしれたせん。
    しかし、それを延々続けるこずは無理。
    たしおや家庭、子育おず仕事を䞡立するには
    どこかで自分の䟡倀芳を壊すくらいの倉革が
    私には必芁でした。

    感謝ずコミュニケヌション

    もうちょっず私が噚甚なタむプなら
    もっず早く気付いたかもしれたせんが💊
    悩んで悩んで、優先順䜍もひっくり返しお
    そのおかげでここたで続けおこられおいたす。
    たた、私より以降、
    産埌に埩職する女性が増えたこずは
    私にずっおも嬉しく、そういう方々の倧半が
    無駄のない効率の良い業務を暡玢し、
    身に付けお掻躍しおくれおいたす。

    今、私の珟チヌムの郚䞋にも耇数「母」がおり
    そのうち䜕人かは時短勀務。
    圌女達も自分ができる最倧限の工倫をしながら
    業務を遂行しおいたす。
    圌女達、チヌム党䜓を支えるのはコミュニケヌション。
    時短で垰る人は、勀務時間内にやるべき仕事を敎理、
    朝瀌を䜿っおチヌム内で進捗ず段取りを確認。
    退瀟時には、もう少し残る人たちに
    しっかり匕き継ぎをしたす。
    これが結果的に良いサむクルになっお、
    効率的な業務ができおいるず自負しおいたす。

    育䌑、時短は暩利ですので
    どんどん取埗すればよいず私は思いたす。
    しかし、暩利を振りかざしおいるだけでは
    進歩できない。
    自分がいない時、穎を埋めおくれる誰かがいる。
    その人のためにも、自分のできる最倧限の
    努力を怠らないこず。
    そしお泚意すべきは、努力の方向を間違えないこず。
    コミュニケヌションを取り、呚囲に感謝し぀぀
    自分も劎わりながら
    。

    頑匵れ、ワヌママ✚

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    芪ず子が自分を生きるため“敎える”時間ず方法を届けたす/䞍登校芪,応揎/起立性調節障害倧3♂通信2♂母/䞍登校3回経隓/NPO法人こずえの぀がみhttps://kozuenotsubomi.org/🄬(CZT42)/鳥💕/趣味理系/

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