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不登校ひきこもり 子どもの人生を丸ごと信じるということ


不登校やひきこもりの子どもを前にすると、親は「何を言えばいいんだろう」と考えます。

どんな言葉をかけたら動き出すだろう。
どう言えば前向きになってくれるだろう。
何を言えば、この子のためになるだろう。

私もずっと、そんなふうに考えていました。

でも今振り返ると、
何を言うかよりも先に大切なことがあったのだと思います。

それは、

温かく、やわらかく、安心できる親子関係をつくること。

家の中で子どもが、
「ここにいていい」
「このままの自分でも大丈夫」
と感じられること。

そこが、まず土台になるのだと思います。

私は以前、
子どもを信じるということを少し違って捉えていました。

子どものプラスの部分を見つけて、
そこを認めて、信じようとしていたんです。

優しいところ。
頑張っているところ。
できているところ。
少し前向きになったところ。

そんな「光の当たっている部分」を見ると、
この子なら大丈夫、と思えました。

でも反対に、

動けない。
何もしようとしない。
ネガティブなことばかり言う。
私には理解できないことを考えている。

そんな姿を見ると、
途端に不安になりました。

本当に大丈夫なんだろうか。

このままでいいんだろうか。

そんな息子を信じられない自分がいました。

できれば、その部分は見たくないとさえ思っていました。

でも、思ったんです。

私は、子どもの光の部分だけを信じようとしている。

それは本当に
「子どもを信じている」ということなんだろうか、と。

そしてもう一つ。

子どものネガティブな部分を認められないのは、私自身が、自分のネガティブな部分を認められていなかったからかもしれない。

不安になる私。
弱い私。
自信のない私。
うまくできない私。
人には見せたくない私。

そんな自分を私自身が信じられず、
「こんな自分ではダメ」と、見ないようにしていた。

だからこそ、子どもの中に同じようなものを見たとき、
心が大きくざわついたのかもしれません。

子どもがネガティブなことを言ったときもそうでした。

「もう無理」
「できない」
「どうせうまくいかない」

そんな言葉を聞くと、
私はなんとかしてあげたくなりました。

解決してあげなければ。
前向きにしてあげなければ。
望みを叶えてあげなければ。

もちろん、それは子どもを思う気持ちからです。

でも、その奥には、
「役に立たなければ」と思っている私がいたんです。

そして、もっと深く見ていくと、

「この子には、自分ではなんとかできない」
「この子には、自分で解決する力がない」

と、無意識に思っていたんだと。

実は私は、子どもの力を信頼できていなかったのです。



子どもの価値観と、私の価値観は違います。

大切にしているものも違う。

私には必要だと思えることが、
本人には必要ではないかもしれない。

反対に、
私には意味がないように見えることが、
本人にとっては大切なことかもしれない。

何が必要なのか。
何を選ぶのか。
いつ動くのか。
動かないのか。

それを決めるのは本人です。

だから、

「私だったらどうするか」
「普通ならどうするか」
「この年齢ならどうするべきか」

ではなく、

「この子にとってはどうなんだろう」

というところに視点を置いて、
子どもを見ることが大切なのだと思います。

もちろん、親にも感情があります。

こうなってほしい。
元気になってほしい。
外に出られるようになってほしい。
自分の人生を楽しんでほしい。

そう願うことまで手放す必要はありません。

自分が感じることも、
自分の希望も、
持っていていい。

ただ、その希望を叶えるために
子どもを動かそうとすることとは違います。

「こうなってほしい」と願ってもいい。

でも、

動くか、動かないか。
いつ動くのか。
どんな道を選ぶのか。

それは子どもの自由意志です。

そして私は、
子どもとの関係を見つめる中で、
結局は自分との関係に戻ってくることにも気づきました。

自分の気持ちを大切にしているだろうか。

自分の弱さを否定していないだろうか。

できない自分や、ネガティブな自分も含めて、
「それでも私は私でいい」と思えているだろうか。

自分自身を信頼できないまま、
子どもだけを丸ごと信頼するのは、
難しいこと。

子どもを信じるというのは、

「きっと学校に戻れる」
「きっと外に出られる」
「きっとこうなってくれる」

と、自分が望む未来だけを信じることではないのかもしれません。

うまくいっているときだけでもない。

動けないときも。
迷っているときも。
ネガティブになっているときも。
親には理解できない選択をするときも。

それも含めて、

「この子には、この子の人生を生きていく力がある」

と信じること。

だからこそ、

何を言えばいいのか。
どう声をかければいいのか。

その「正解」を探すよりも先に、

温かく、やわらかく、
安心できる親子関係をつくる。

「できたから大丈夫」ではなく、

あなたは、あなたのままでいい。

どんな状態であっても、
あなたの価値は変わらない。

そんなまなざしで子どもを見ること。

そして同じまなざしを、
自分自身にも向けてあげること。

それが、子どもの人生を丸ごと信じることにつながっていくのだと、
私は思っています。




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