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掌編小説 ホケミ保険




    私はすでに、
    一生分のホケミを消費したのではないか
    いつでも安い
    どれでも当たり外れがない
    水だけで調理可
    常温保存
    アレンジしやすい
    油と相性がいい
    調理後のゴミが少ない
    食べやすい
    吐きやすい
    トイレに詰まりにくい

    朝の喧噪を乗り越え、静かになったキッチン
    100回も開け閉めする冷蔵庫
    ダメだから、と…
    簡単な行為も100回を超えれば、いつかミスする
    脳内疲労を待っていたかのように
    右手は昨夜の残り物をつまむ

    一口の厚揚げが体の中心で岩になる
    ダメだから、と…
    ボウルを取り出す
    パントリーの右下、紙袋の中から
    ノールックでホケミを掴む
    一袋は100gだ
    牛乳も卵も浄水すら使わない
    こんなもの
    水道水でいい
    朝食に使った菜箸をシンクから拾い上げ
    洗いもせずにボウルに突っ込みかき回す
    ダマになってもかまわない
    フライパンから口内経由し
    トイレまで流すだけだから
    洗っていないフライパンに追加のサラダ油を滝のように流す

    そうして、意識が戻るのはトイレの中
    何度目かの洗浄ボタンを押す頃
    口内は火傷のため所々が剥離している
    ホケミは油をよく吸うので冷めにくいと冷静に思う
    ベーキングパウダーの苦みでしびれる舌

    また…やった
    正しい量を遙かに超えた油
    吐き気の波は肩から首の後ろ、耳から後頭部へと逆流しトイレに沈殿する
    油の被膜はとれない
    荒い息を意識する、次の波を待つ
    吐ききる為に…
    体の痛みは心に優しく作用する
    震えと安堵の時間

    午後、やっと家を出る
    何度洗っても手指は胃液臭い
    服からはあの化学臭バニラ
    古い油の口臭がマスクの中にこもる

    ダメだから、ダメ…
    スーパーのカゴに赤いパッケージのホケミ

    そうしないとレジに向かえない





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