
サロンバー外伝 Season 1-5|黄色い袋の残骸
■あらすじ
無職のレイが暮らす302号室。
そこに居合わせたのは、10年来の腐れ縁・桐谷と、レイにまっすぐな好意を向ける33歳の純平だった。
純平が持ってきたのは、ドンキの黄色い袋。
中身はバナナフックと、チョコバナナクレープ。
ただ、それだけのはずだった。
なのに純平は帰らない。
桐谷も帰らない。
そして私は、どちらにも帰れとは言わなかった。
三人で過ごすには、302号室は少し狭い。
たぶん、テーブルの下も。
第1節 並列処理(マルチタスク)の崩壊
「……で、これがドンキで見つけた、一番頑丈なバナナフックです」
14:30。
冷たい麦茶が、三つのグラスに注がれている。
ローテーブルを囲んで、純平がまるで最新のガジェットでもプレゼンするかのように、ビニール袋からバナナスタンドを取り出した。
「レイさん、これ、バナナだけじゃなくて、ちょっとした小物を吊るすのにも絶対便利ですから。
使ってください!
……あ、あとこれ!
レイさん、甘いもの好きですよね?
ドンキの裏のクレープ屋で、限定のチョコバナナクレープ買ってきたんです。
スプーン、二人で使いません?」
純平は無邪気な顔で、自分の選んだものを私の生活に持ち込んでくる。
バナナスタンド。
チョコバナナクレープ。
着々と増えていく。
「ありがと、純平くん」
私がグラスを傾けると、対面から低い鼻笑いが漏れた。
桐谷だった。
パンツにシャツを羽織っただけで、ソファの背もたれに深く身を預けている。
彼は何も言わない。
ただ、大きな手でグラスの縁をゆっくりとなぞり続けている。
その指の動き。
速度。
圧力。
……知っている。
その動き、その圧力。
「桐谷さん、さっきから何笑ってんすか」
純平が噛みついた。
「別に。
若くて実用的なバナナの吊るし方だなと思ってな」
桐谷は視線をグラスから上げない。
「だがな、純平。
この部屋の主は、そう単純な仕様では動かない」
純平の顔から笑みが消える。
「お前が持ってきたその甘ったるいクレープも、この女は半分も食いやしねえよ」
桐谷がようやく顔を上げた。
「……お前にはまだ、この女の複雑さは理解できないだろうな」
「……そんなことないです」
純平の肩がわずかに跳ねる。
それでも、目は逸らさなかった。
「俺は、今のレイさんのルーティンを、誰よりも近くで見守ってますから」
「見てるだけで、扱えるのか?」
一瞬、部屋が静かになった。
純平は桐谷を見たまま、何も言わない。
やがて視線を外すと、プラスチックのスプーンでクレープをすくった。
手が、少しだけ震えている。
「……レイさん、どうぞ!」
私の口元へ差し出す。
生クリームとチョコの甘みを迎えにいくと、桐谷が口角をわずかに歪めた。
「おいしい」
「よかった……!」
純平の顔が、一気にほころぶ。
私は桐谷に向かって、わざとらしく小首を傾げた。
「ねぇ、勝手に仕様を決めつけないで。
私は攻略しがいのある、バグだらけの仕様書よ?」
桐谷の目が変わった。
ソファから身体を起こし、距離を詰めてくる。
昨夜のシーツに残っていたのと同じ匂いがした。
指先が、私の髪を一房すくう。
「だったら、朝までその生意気な口、塞いでやるよ」