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日常という部屋に、風を入れる。

会社の人間関係に疲れている。
もう長く働いているから、ここらが潮時なのかも?

「何もしなくていい。ただ、会社に行かない日が一日欲しい」

そんなことを考えるようになっていた。

ちょうどその頃、10月から最低賃金が上がるのに合わせて働く時間数を調整することになった。
勤務日数を一日減らしてもいいかもしれない。

週に一日。
予定のない、まっさらな平日。

その一日をどう使おうか、とは考えなかった。

カフェに行こうとも、勉強しようとも、旅をしようとも思わなかった。

空いたところを、すぐに何かで埋めなくてもいい。
ただ、何もない一日が欲しかった。

そんなある日、Thredsを眺めていたら、ひとつの言葉が目に留まった。

『上高地へひとりで行くのはどう思う?』

上高地。

その名前を見ただけで、心が少し動いた。
ずっと行ってみたいと思っていた場所だった。

けれど私の中では、なぜか「車で行く場所」になっていた。
それに「ひとりで行って楽しいのだろうか?」という気持ちもあった。

行きたい。
でも、いつか。

そうやって、ずっと心の隅に置いたままになっていた。

投稿のコメント欄に、

『バスツアーでひとり参加の人を何人か見かけましたよ』
という言葉があった。

それを読んだ瞬間、

——じゃあ、私も行けるんじゃない?

「いつか」が、急に「今度」に変わった。

そこからは早かった。

近くから出るバスツアーを探した。
料金を調べ、上高地で何時間過ごせるのかを調べた。

「ひとり参加だと、バスの隣には誰が座るのだろう?」

そこまで気になって、とうとう旅行会社に問い合わせまでした。

何もしなくていいと思っていた一日に、いつの間にか旅の予定が入り始めていた。


先日、友人とランチをしていたときのこと。

彼女もプライベートでとてもしんどい経験をしていた。
「少し日常から離れて、気持ちをリフレッシュできることがしたいな・・・」と言う。

「私、最近ひとりで旅行に行ったりするよ。今度は上高地に行こうと思ってるんだ。バスツアーだけど。」

そう話したら、

「私も行きたい!」

返事は思いのほか早かった。

ひとりで行くはずだった上高地に、旅仲間がひとり増えた。

私は、会社に行かない日が欲しかった。
彼女も、いつもの日常から少し離れる時間を探していた。

理由は違っても、二人ともきっと、自分の中の空気を少し入れ替えたかったのだと思う。

窓を閉めたままの部屋にいると、いつの間にか空気が淀む。
そんなときは、窓を少し開ける。
外から入ってきた風にカーテンが揺れる。

部屋の中は何も変わっていない。
家具も、置いてあるものも、窓を開ける前と同じである。

それなのに、少し呼吸がしやすくなる。

旅も、そんなものなのかもしれない。

いつもの場所から離れて、
山を眺めて、
歩いて、
おいしいものを食べて、
コーヒーを飲む。

それで何かが解決するわけではない。
帰れば、またいつもの暮らしが待っている。

それでも、少し新しい空気を纏って帰ってこられたら、それでいい。

考えてみれば、最初から旅を入れるためにつくった余白ではなかった。

何もしなくていい。

ただ、空けておきたかった。

そうしてできた小さな空白に、ずっと「いつか」と思っていた上高地が、するりと入ってきた。

そして、友人まで入ってきた。

まだ日程も決まっていない。
予約もしていない。
天気によっては、行き先が変わるかもしれない。

それでも最近、上高地の景色を思い浮かべるだけで、少し気持ちが軽くなる。

もしかすると旅というものは、出かけたその日に始まるのではないのかもしれない。

「行ってみようか」

そう思ったときに、閉め切っていた日常の窓が、ほんの少し開く。

まだ見ぬ景色のほうから、風が入ってくる。

上高地へ行けたら、その続きはまたここに書こうと思う。



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