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家族のルーツを知る。お通夜に集う親族との対話。|プロテスタントの葬儀はBoy's be anbitiousだった。

    こんな時でないと親族一同集まらないのは、どこの家も似たようなものかもしれない。

    昔話をしてあけるのがおばあちゃんへの手向けだよと、伯父さんたちから色々な話を聞くことができたのは、良いことだったと思う。

    こんな時でないと家族の思い出を繋ぐ機会はないだろうから。

    プロテスタントはボーイズビーアンビシャス。

    うちの家系は浄土真宗本願寺派。
    真宗大谷派と合わせたら実に1500万人規模を誇る、日本最大の宗教になる。

    だから別に、ごく一般的な家なのだ。

    でも、わたしの小さい頃に亡くなった曾祖母と、今回亡くなった祖母はプロテスタントの葬儀。

    確かに曾祖母が敬虔なキリスト教信者だったからなのだけれど、それにしても、明治から昭和にかけて生きた曾祖母の時代で、どうやったら仏教徒の家からキリスト教に?という謎があった。

    「それはアレだよ。ボーイズビーアンビシャス」

    伯父の言葉の意味が分からない。

    ボーイズビーアンビシャスとは、その昔、北海道で農学を普及した有名なクラーク博士の言葉だ。

    「おばあちゃん(曾祖母)ね、日本女子大学出てるんだけど、そこでクラーク博士の直弟子から学んだことがあったらしくてね、そこでプロテスタントになったんだよ」

    クラーク博士の直弟子。

    クラーク博士は実は8ヶ月しか日本にいなかった。
    だから直弟子は1期生と2期生のわずか20人程度しかいない。

    そして1期生は、クラーク博士に心酔してプロテスタントになっている人達だ。

    「そこにつながるの…」

    クラーク博士恐るべし。

    確かに子供の頃の記憶に残る曾祖母は、毎日丁寧に聖書を読む、もの静かで優しい人だった。

    教師の家系。

    「俺実は喪主やるのこの歳にして初なんだよね。親族の葬儀自体、ずっとなかったでしょ。
    父さんは俺が6年生の時に病死したから、その時の喪主はやってないし」

    もう70を超える伯父も、機会がなければこういうことになる。

    むしろ、ウチは旦那側の親族が相次いで旅立たれた関係で、わたしの子供たちの方がまだ学生なのに葬式の参列経験が豊富という逆転現象すら起きる。

    「結局、父さんの50回忌の方が先になっちゃったな。33回忌の時はそこまで生きていられないよってばあちゃん笑ってたのに」

    旦那と死別して50年以上。

    祖母はずっと一人で伯父と母を育ててきた。

    今ではシングルマザーも普通だし、昔と比べて働く女性の方が圧倒的に多いのだけれど、
    戦後すぐの激動の時代に、女性の社会進出はおろか、一人で子供を2人も育てるだけの給料を得て独り立ちする女性は稀有な存在だったのではないだろうか。

    しかも伯父も母も大学まで通わせてもらっている。
    わたしから見てもとんでもない人だと思う。

    「ばあちゃん、頭良かったんだよ。ものすごく。広島の女高師(女子高等師範学校。広島大学の前身)を総代…首席卒業して生物の高校教師になった人でね。
    女高師に入ろうと思ったのも、学費が無料だったかららしいし。
    じいちゃん…曾祖父のほうね。その人も数学の先生だったし、そういう家系なんだろうね。」

    わたしは静かに眠るおばあちゃんに心の中で謝った。

    (ごめんなさい。その頭の良さはほとんど受け継げなかったです…)

    「そんな何でもできるばあちゃんも、曾祖母ちゃんに対しては仰ぎ見るほど尊敬していたんだよな。
    深く深く聖書を読み込む姿勢がどうしても辿り着けない境地なんだってさ。
    だから、プロテスタントの式にしたんだよ」

    眠る地へ

    プロテスタントでお見送りする祖母も、祖父が浄土真宗のためお墓は浄土真宗になるのだという。

    「お墓は府中の?」

    祖父の実家は府中にあり、小学校の脇にある広大な墓地へ何度か連れられて行った記憶がある。

    ここでぶっちゃけてしまうのだけれど、33回忌で訪れた祖父のお墓で、当時高校生だったわたしは大変失礼なことをしでかした。

    ふらふらっと一人で周りのお墓をめぐり、裏に彫られた亡くなられた方々を見て回ってしまったのだ。

    興味があった。

    好奇心に負ける子供だった。

    昭和20年8月6日没
    昭和20年8月7日没
    昭和20年8月8日没
    昭和20年8月9日没
    その1か月後、2か月後、1年後…

    どのお墓を見ても、この日にちがずらっと並んでいた。
    年齢も小さな子から年配の方まで。
    一家全滅と思われるお墓もいくつもあった。

    予想の通りではあったけれど、実際に見た衝撃はとんでもないものだった。

    「あーお墓ね。墓じまいしたんだよね。今は西光寺っていう大本の共同墓地にしたよ。もう管理もできないしね」

    「そうなんだ。」

    「ウチは広島だから、なんていうか…フランチャイズ的なやつなんだけど、本家の西本願寺の共同墓地に行くと、親鸞と一緒に眠ることになるらしいよ」

    「え?」

    親鸞。
    浄土真宗の開祖、親鸞。

    共同墓地に親鸞も眠っていて、そこに散骨されることで、親鸞と添い寝をすることに…うぉっほん。

    開祖なんだから、仰々しく大きなお墓に入って祀られているのだと思っていたから、なんだか意外だと思った。

    まぁ、親鸞がご存命のうちから「肉食べていいよ」「結婚していいよ」「髪生やしていいよ(坊主にしなくていいよ)」と宣言されるほど、当時としてはとてもリベラルな方だったのだから、共同墓地に入ることを決められたとしても、あの人なら…そうかもね、と思えてしまうのだから面白い。

    また、近いうちに広島に行って、おばあちゃんとひいばあちゃんのお墓参りをしにいこうと思う。

    あの頃の思い出を辿りながら。

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