
はじめての温度一名前をつけた、そのあとで
「……で、これって」
帰り道の途中。
まだ手を繋いだまま、私は小さく呟いた。
「ん?」
「その……どういうこと、なの」
自分でもわかってるのに、聞かずにはいられなかった。
あいつは少しだけ笑って、
「付き合うってこと」
あっさり言う。
「……確認しないで言うの?」
「今さら?」
軽く言われて、言葉に詰まる。
確かに、そうなんだけど。
そういうところが、ずるい。
「嫌?」
少しだけ覗き込まれる。
その距離に、また心臓が跳ねる。
「……嫌じゃない」
小さく答えると、
「じゃあ決まり」
って、すぐに返ってくる。
勝手だと思うのに。
それが嫌じゃない自分が、もっとずるい。
次の日。
朝から、スマホがやけに気になる。
“おはよう”
それだけのメッセージなのに、何度も見返してしまう。
今までだって、連絡は普通にしてたのに。
たったそれだけで、意味が変わる。
“おはよう”
返してから、送信ボタンを押したあとに後悔する。
これ、そっけなかった?
いや、普通?
でも昨日の今日でこれは…
考えているうちに、すぐ返信が来た。
“今日、仕事終わり空いてる?”
早い。
画面を見たまま固まる。
昨日までなら、
「空いてるよ」って普通に返してたのに。
指が、止まる。
“空いてる”
打って、消して。
“どうしたの?”
に変えて、また消して。
結局、
“空いてるよ”
とだけ送った。
夜。
待ち合わせ場所に着くと、あいつが先にいた。
目が合う。
それだけで、なんとなく気まずくなる。
「……おつかれ」
「おつかれ」
会話が、続かない。
昨日まであんなに普通だったのに。
沈黙が落ちる。
その空気を破るみたいに、あいつがふっと笑った。
「なに、その距離」
「え」
「遠い」
言われて、自分が一歩分離れて立ってることに気づく。
「……別に」
誤魔化そうとした瞬間、
「来て」
短く言われて、手首を軽く引かれる。
そのまま、自然に手を繋がれる。
昨日と同じはずなのに。
昼間の街中だと、やけに恥ずかしい。
「……人いる」
「いるね」
「見られる」
「別にいいでしょ」
あっさり言われて、言葉に詰まる。
「嫌?」
またそれ。
少しだけ意地になって、
「……嫌じゃない」
って答えると、
「じゃあいい」
指が、さっきよりもしっかり絡む。
逃げられないように。
「なんかさ」
歩きながら、あいつが呟く。
「変な感じ」
「……わかる」
同時に答えて、少し笑う。
「でも」
少しだけ間を置いて、
「悪くない」
そう言われて、
胸の奥が、またじんわりあたたかくなる。
ぎこちないのに、
ちゃんと近い。
そんな距離が、少しずつ当たり前になっていく。
繋いだ手の温度は、
昨日よりも、少しだけ馴染んでいた。
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