メインコンテンツへスキップ
見出し画像

40年間の末路 第6章 海外留学 ドキュメンタリー小説|自叙伝|20代

    大学二年を修了した春、僕は中国へ渡った。

    東京の大学に進んだのは、海外留学の夢を果たすためだった。

     そのために僕は二年間サークルにも入らず、アルバイトで無我夢中で貯めたお金を元手に、親からの支援も貰わず、学生ビザ、航空券、現地での手続き等をすべて自分で段取りを組んだ。

     そして念願の留学の出国の日取りが決まった3月に、仁美に留学のことを告げると、

    「私を置いていかないで‼️」

     大声を上げて泣いた。高円寺のアパートの部屋の外まで、その声が溢れ出た。

    「毎週手紙を書くよ。
     来年の誕生日までには必ず帰るから」

     そう言って、仁美を宥めた。
    約束というより、条件交渉に近かった。
    仁美は泣きながら頷いた。まだケータイが広く普及していなかった時代だった。

     しかし出発当日、仁美は空港に見送りに来なかった。
    理由は出発ロビーで泣きたくない、それだけだった。
    1988年4月1日(金)に出国し、北京空港に到着してからは一人で列車とバスを乗り継いで、天津の大学の門をたたいた。学生寮に案内されると、京都の大学から来た同学年の伴田ばんだと同じ部屋になった。

    それ以降、約束通り毎週手紙を仁美に送った。
    日々の出来事を日記のように綴った。街の風景、食事、言葉の壁、中国での授業で感じたこと。書くネタが尽きることはなかった。
     仁美からも返信が来た。近況、仕事の愚痴、他愛のないこと。

     しかし半年が過ぎたころ、仁美からの返信が途絶えた。

     それでも僕は手紙を送り続けた。返事がなくても、約束は守るつもりだった。

     仁美は痺れを切らして新しい彼氏でも見つけたのかと、疑いつつも、内心少しホッとした。複雑な気分のまま、9ヶ月が過ぎた。

     1989年1月7日、昭和天皇が崩御した。
    元号が平成に変わった3日後の1月10日。約束通り仁美の誕生日に合わせて帰国した。

    飛行機の便はクリスマスに送った最後の手紙で伝えていたが、成田空港の到着ロビーに迎えに来たのは茨城の両親だけで、仁美の姿はなかった。

    すぐさま公衆電話から仁美の部屋に電話した。
     「お客様のご都合によりおつなぎできません」
     電話が止まっていた。

     嫌な予感がした。

    実家に帰ったのか?と思い、出国前に教えて貰った、仁美の実家に電話すると、電話に出たのは母親の雅子まさこだった。

    「年末から連絡が取れないんですよ」

    と、その声には心配の色があった。

    迎えに来た両親に荷物を預けて、僕は成田空港からそのまま高円寺へ向かった。

    あのボロアパートのあの202号室のドアをノックした。

    しばらくして、ドアがゆっくり開いた。
    仁美が無言で立っていた。

    最初に再会した日のような痣はなかったが、目は腫れ上がり、顔色が悪く、頬がこけていた。
    まるで病人のようだった。

    「ただいま。
     約束通り、誕生日に帰ってきたよ。
     どうしたの?具合悪いの?」

     仁美は寝ぼけているのか、しばらくポカンと口を半開きのまま固まっていた。

    それから何か思い出したように、急に顔を歪めて、大声を泣き始めた。

     「うぇーーん、寂しかったよぉ」

     しゃくり上げながら、僕に抱きついてきた。

     部屋に入ると、床に手紙が散らばっていた。僕がこれまで送り続けた手紙だった。よく見ると、半数近くが未開封のままだった。

     仁美の頭を撫でながら事情を聞くと、仁美は泣きながらゆっくり話し始めた。
    順を追って整理すると、こうなる。

     僕が出国した翌月に、広告代理店を辞めた。
    それは仁美からの手紙には書いてなかった。クリーニング店でアルバイトを始めたが、体力的に続かず、半年ほどで雇い止めになった。
    手紙の返信が途絶えたのはその頃だった。

    次の仕事が見つからず、収入は失業保険だけになった。家賃と光熱費と食費でぎりぎりで、電話代が払えなくなって回線を止められた。

     「一年間待たせて、ごめんよ」

    「全部、私を置き去りにした、あなたのせいよ」

     仁美は歯を食いしばり、泣きながら、絞り出すように言った。
     寂しい思いをさせたことは申し訳ないと思った。

    ただ今の状況がすべて僕のせいかどうかは、正直なところ違うと思った。

    親から自立すると息巻いていた仁美は、どこへ行ったのか。
    したたかで、静かな芯を持っていた策士は何処に消えたのか。
    あれは虚勢だったのか。
    或いは僕が留学したことで全てが崩壊したのか。

     ふと円谷先輩のことを思い出した。

    「こいつはおまえにくれてやる」

    今になってあの言葉を心の底から呪った。

     とにかく仁美は僕の腕の中で泣いて泣いて、泣き叫び続けた。
    そんな仁美を強く抱きしめ、そして9ヶ月分のキスをした。
    それしかできることがなかった。

    第5章   第7章

    #創作大賞2026 #恋愛小説部門

     
     
    舘徹人(タチ テツト)のち望月成人(モチヅキ ナリト)、 ところにより一時熊猫ジィジ🐼(クマネコ ジィジ)です。 2026年6月に還暦になり、5人の孫を持つシングル爺さんが いろんなジャンルで創作活動してます。

    あなたへのおすすめ