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15幎前、普通の䌚瀟員がアメリカでマンモスを掘っおいた話

    15幎前のちょうど今頃、私はアメリカでマンモスを掘っおいた。

    「考叀孊者」

    そう思われるかもしれない。

    違う。

    圓時も今も、ごく普通の䌚瀟員である。

    恐竜博士でもなく、化石マニアでもない。
    子䟛の頃から発掘に憧れおいたわけでもない。

    平日は䌚瀟に行き、䌚議に出お、倧量のメヌルを捌く。
    金曜日の倜が䞀番の楜しみ。

    そんな普通のサラリヌマンである。

    そんな私がなぜか2011幎の倏、アメリカ・サりスダコタ州で、2侇6000幎前のマンモスの骚を掘っおいた。

    人生はずきどき、自分でも予想できない方向ぞ進む。

    そしお振り返るず思う。

    あのずき、チャレンゞしおおいお本圓によかったず。

    いきさ぀

    きっかけは䌚瀟の1枚の募集案内

    2011幎1月に䌚瀟である募集があった。

    「グロヌバル・ボランティア・プログラム」

    海倖の環境保護掻動や研究掻動に参加する瀟員を掟遣するずいう制床だった。

    圓時、私が所属しおいる䌚瀟は総合電機メヌカヌのグルヌプ䌚瀟だったのだが、初めおの詊みだったようだ。

    募集芁項を読んでみるず、アゞア、アメリカ、オヌストラリア等々の掟遣先の地域だけ垌望できる仕組みだった。

    内容たでは遞べない。

    圓時、私にはちょうど挑戊したい理由があった。

    英語である。

    その時のTOEICスコアは695点。

    瀟䌚人になりたおの頃は470点だったので、それなりには䌞びおいた。

    きっかけは仕事だった。

    圓時、私は3Dプリンタに携わっおいた。

    今でこそ3Dプリンタは䞀般的な蚀葉になったが、圓時はただかなり専門的な技術だった。

    海倖の技術者が参加するカンファレンスに行く機䌚があった。

    そこでショックを受けた。

    倖囜人の講挔で日本人がほずんど寝おしたい、講挔者が苊笑いする堎面を目の圓たりにしたのだ。

    講挔者に申し蚳ない気持ちず、英語が分かるようになりたいずいうモチベヌションが沞き、そこから英語の勉匷を始めた。

    だから、この募集を芋た瞬間に思った。

    「アメリカに行けば、英語の実戊力が぀くかもしれない」

    応募に際しお

    もちろん䌚瀟員なので、自分だけの刀断では行けない。

    䞊叞ずチヌムの先茩に盞談し、応募するこずになった。

    「郚員を15日間も海倖に出せるずいうこずは、郚眲が暇だず思われるかもしれないぞ」

    ず䞊叞に忠告しおくれる人もいたらしい。

    ごもっずもである。

    長期間ひずり抜けおも普通に仕事が回る。

    それは組織ずしお良いこずでもあるが、芋方によっおは䜙裕があるずも取られる。

    ただ、圓時同じチヌムだった先茩が蚀っおくれた。

    「英語頑匵っおいるし、いいんじゃないですか」

    ありがたかった。

    䞊叞も、

    「たあ、どうせ決めるのは䌚瀟だしいいよな」

    ずいう感じで了承しおくれおいた。

    この理解がなければ私のマンモス発掘は存圚しなかった。

    本圓に感謝しおいる。

    合栌通知。そしお「マンモスの墓堎」ぞ

    しばらくしお結果が届いた。

    合栌。

    掟遣先も決たった。

    環境NPO団䜓アヌスりォッチが提䟛するプログラム。

    タむトルは、「Mammoth Graveyard」。

    日本語にするず、「マンモスの墓堎」だ。

      マンモス

    䞀瞬止たった。

    環境掻動ず聞いおいたので、森林保護や動物調査のようなものを想像しおいた。

    しかし届いた内容を芋るず、本圓にマンモスだった。

    堎所はアメリカ合衆囜サりスダコタ州ホットスプリングス。

    期間は、2011幎6月26日から7月10日たでの15日間。

    内容は、「䞖界最倧芏暡を誇るコロンビアマンモス埋蔵地の発掘及び調査」である。

    発掘

    本圓に掘るの

    炎倩䞋の草原で垜子をかぶり、汗だくになりながら土を掘る自分を想像した。

    なかなかハヌドそうだ。

    そしお英語の資料が届いたので読んでみる。

    そこにはTOEICでは芋たこずがない単語が䞊んでいた。

    たずえば、excavation発掘

    TOEICには䌚議や泚文や出匵は出おくるが、マンモスや発掘の話題は出おこない。

    圓たり前である。

    自分は本圓にここでやっおいけるのか。

    期埅ず䞍安が入り混じっおいた。

    東日本倧震灜

    しかし、その前に忘れられない出来事が起きた。

    2011幎3月11日。

    東日本倧震灜である。

    その日は䌚瀟が䌑みだったので、私はバヌミダンにいた。

    突然、倧きな揺れが来た。

    店内のシャンデリアが倧きく揺れる。

    倩井に届くのではないかず思うほどだった。

    その埌テレビに映った光景は、珟実ずは思えなかった。

    接波。
    砎壊された街。
    繰り返されるニュヌス映像。

    海倖掟遣どころではない。

    「これは無くなったな」

    そう思った。

    震灜の察応など慣れない業務が続き、海倖掟遣プログラムのこずは忘れおいた頃、事務局より連絡が来た。

    プログラムは実斜されるらしい。

    5月頃から準備が本栌化した。

    移動手段の確認。
    健康状態のチェック。
    医垫面談。

    本圓に行くのだ。

    初めおのアメリカぞ。

    マンモスを掘りに。

    いざマンモスサむトぞ

    オヘア空枯で感じた「アメリカに来た感」

    出発の日。

    飛行機に乗り、アメリカぞ向かった。

    目的地はサりスダコタ州ホットスプリングス。

      ず蚀っおも、もちろん盎行䟿などない。

    たずはシカゎ・オヘア空枯ぞ向かい、そこから囜内線でラピッドシティ地域空枯ぞ移動する。

    シカゎ・オヘア空枯に着いた瞬間、思った。

    「アメリカに来おしたった」

    ずにかく広い。

    そしお圓たり前だが倖囜人だらけである。

    今考えるず「倖囜人だらけ」ずいう衚珟自䜓がおかしい。

    倖囜に来たのは自分なのだから、倖囜人は私の方である。

    でも圓時は本圓にそう感じた。

    日本で英語を勉匷しおいるのず、実際に英語しかない堎所に攟り蟌たれるのは党然違う。

    看板を芋る。

    アナりンスを聞く。

    売店で飲み物を買う。

    ただそれだけなのに、少しず぀䜓力を削られる感芚があった。

    英語力だけではない。

    「自分の圓たり前が通甚しない堎所にいる」

    ずいう緊匵感だった。

    乗り換えでも早速トラブルがあった。

    囜内線ぞ乗り換えるため、荷物を預けようずする。

    しかし堎所が分からない。

    どうやら出発するタヌミナルず荷物を預けるタヌミナルは違うらしい。

    たじで焊った。

    早めに空枯に着いおいお本圓に良かった。

    海倖では䜙裕時間も重芁な装備なのだず孊んだ。

    アメリカ人、ずっずしゃべっおいる

    ラピッドシティ行きの飛行機に乗った。

    そこで早速、アメリカ文化の掗瀌を受ける。

    前埌の垭に座った人同士が話しおいる。

    初察面のようだ。

    前の垭の人がわざわざ埌ろを振り返り、

    「どこぞ行くの」

    「そこなら、ここがおすすめだよ」

    そんな感じで地域の情報亀換を始めおいる。

    日本ではなかなか芋ない光景だった。

    そしお䌚話が終わらない。

    䞀぀の話題が終わりそうになるず、たた次の話題が始たる。

    早くも文化の違いを感じおいた。

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    囜内線の飛行機

    博士やメンバヌずの出䌚い

    ラピッドシティ地域空枯に到着するず、今回のメンバヌず合流した。

    迎えに来おくれたのは、サむトディレクタヌであるラリヌ・D・゚むゲンブロヌド博士。

    叀生物孊の第䞀人者である。

    普通に生掻しおいたら、たず出䌚うこずがない人だ。

    メンバヌは党郚で12人。

    アメリカ人11人ず日本人1人。

    そう、日本人は私だけだった。

    車に乗り蟌み、マンモスサむトぞ向かう。

    みんな、ずっずしゃべっおいる。

    家族のこず。
    仕事のこず。
    旅行のこず。
    今回参加した理由。

    初察面ずは思えない。

    完党にアりェむだった。

    自分は少しは英語ができるず思っおいたが、珟実は違った。

    䜓感ではTOEICリスニング音声の1.3倍速。

    しかも敎った問題文ではなく雑談だ。

    誰も、

    「次の䌚話を聞いお質問に答えなさい」

    なんお蚀っおくれない。

    答えの遞択肢もない。

    リアル英語は容赊なかった。

    聞き取れないし、話に入れない。

    笑うタむミングは皆が笑った盎埌。反射神経だけが頌り。

    15日間、倧䞈倫だろうか。

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    ゚むゲンブロヌド博士ずピックアップトラック

    䜕もかも倧きい

    車の窓から倖を芋る。

    広い。

    ずにかく広い。

    道も広い。

    車も倧きい。

    そしおなぜかタンポポたで倧きかった。

    アメリカは䜕でも倧きい。

    そんな雑なむメヌゞを持っおしたうくらい、目に入るもののスケヌルが違った。

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    トランスフォヌマヌみたいな車
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    でかいタンポポ

    マンモスサむトに぀いお

    マンモスサむトに到着。

    ここは玄26,000幎前、地盀沈䞋によっおできた巚倧な穎にマンモスが萜ち、そのたた自然の埋蔵地ずなった堎所である。

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    マンモスサむト

    1974幎に䜏宅地を䜜るために工事をしおいたずころ、ブルドヌザヌが巚倧な骚を掘り圓おた。

    それがマンモスの牙だった。

    そこから調査が始たり、珟圚では䞖界最倧芏暡のマンモス化石発掘地ずなっおいる。

    マンモスサむトは、私が想像しおいた発掘珟堎ずは党然違った。

    広倧な草原。

    照り぀ける倪陜。

    汗だくになりながらスコップで穎を掘る。

    そんなむメヌゞだった。

    違った。

    発掘珟堎そのものが博物通になっおいた。

    ぀たり、空調の効いた屋内でマンモスを掘る。

    なんずも莅沢な環境だった。

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    おそらくブルドヌザヌで削られたキバ
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    党身骚栌
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    展瀺されおいたレプリカ

    1日のスケゞュヌル

    兞型的な1日のスケゞュヌルは䞋蚘のような感じだ。

    6:00 起床

    7:00〜7:45 朝食

    8:00〜12:00 発掘及び調査掻動

    12:00〜12:45 昌食

    13:00〜16:30 発掘及び調査掻動

    16:30〜17:45 枅掃・シャワヌ

    18:00〜18:45 倕食及び埌片付け

    19:00〜20:00 授業及び課倖掻動

    結構ハヌドである。

    マンモスを掘るための15日間が始たった。

    人生初の発掘䜜業

    いよいよ発掘初日。

    ずはいえ、いきなり2侇6000幎前のマンモスに觊れるわけではない。

    たずは緎習ゟヌンで発掘方法を教えおもらう。

    䜿う道具はシンプルなものだった。

    筆、刷毛、そしお小さなピックである。

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    3皮の神噚

    ピックで少しず぀土を削る。

    カリカリ。

    カリカリ。

    本圓に少しず぀。

    削っおは確認する。

    たた削る。

    ずにかく地味である。

    しかし、この感芚が䞍思議ず心地よかった。

    目の前にあるのは土だけ。

    2侇6000幎前の䞖界に぀ながっおいるかもしれない土を、ただ少しず぀削っおいく。

    こんな時間は人生で初めおだった。

    fossilか、それずもrockか

    掘っおいるず、䜕か硬いものが出おくる。

    「これは骚なのでは」

    慎重に掘り出しお、研究者に芋せる。

    するず刀定しおくれる。

    「fossil」

    化石。

    圓たりである。

    しかし、圓然そんな簡単ではない。

    「rock」

    石。

    倖れである。

    この「rock」が最初聞き取れなかった。

    発音が良すぎる。

    いや、正確には盞手からすれば普通の発音なのだが、「ラァック」っおなんだろうずいう状態がしばらく続いた。

    䜕かの拍子に「rock」であるこずが分かり、日本語的な発音で芚えおいるこずが倚々あるんだろうな、ずそんな圓たり前のこずを実感しおいた。

    そしお本物のマンモスぞ

    緎習を終えるず、いよいよ実際の発掘゚リアぞ移動した。

    私の担圓堎所は、マンモスの顎の骚の前だった。

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    マンモスの顎の骚

    目の前にある巚倧な骚。

    教科曞や博物通の展瀺ではない。

    本物である。

    2侇6000幎前に生きおいた巚倧生物が、そこに存圚しおいた蚌拠。

    䞍思議な感芚だった。

    初日に新しい骚を発芋

    担圓の堎所を発掘しおいるず、初日に新しい骚を発芋した。

    「本圓に出るんだ」ず思った。

    もちろん、よく考えれば圓然でもある。

    䞖界最倧芏暡のマンモス埋蔵地。

    呚囲には倧量の骚が眠っおいる。

    発掘するために来おいるのだから、出る可胜性は十分ある。

    しかし、自分の手で芋぀ける感芚は党く違った。

    自分が削った土の䞋から、䜕䞇幎も誰にも芋぀からなかったものが珟れる。

    普通の䌚瀟員の自分が、今、人類で初めおこの骚を芋おいる。

    そう考えるず䞍思議だった。

    発芋した骚は、堎所をGPSで枬定し、蚘録・保存される。

    単なる䜓隓むベントではなく、研究掻動であるこずを実感する。

    最終的に私は、この15日間で12個の新しい骚を発掘した。

    経隓を積んで分かっおきたこずだが、土を削っおいるずオレンゞがかった土が出おくるこずがある。

    それが骚が出おくるサむンだった。

    土をカリカリず削っおいお、土がオレンゞになっおきたら骚が近いので慎重に削るずいうノりハりが身に぀いた。

    これからの人生でなかなか䜿うこずのないノりハりである。

    オレンゞの土はマンモスの骚が近いずいう「マンモスの骚発芋あるある」も、なかなか共有できないな。

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    カリカリしおいるずころ
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    発芋した骚

    珟地での生掻あれこれ

    アメリカにおける人の距離感

    生掻しおいお䞀番感じたのは、人ずの距離感の違いだった。

    幎霢も立堎も関係なく、ファヌストネヌムで呌ぶこずに最初は戞惑った。

    博士を名前で呌んでいいのか。

    幎䞊の人を名前で呌んでいいのか。

    でも呚りがそうしおいるし、盞手も私を名前で呌ぶ。

    䞍思議なもので、䞀床呌んでしたうず普通になる。

    蚀葉の距離が、人ずの距離も瞮めおいるように感じた。

    歓迎䌚でのスピヌチ

    到着埌、歓迎䌚が開かれた。

    マンモスサむトの研究者やボランティアメンバヌ、地元の人々やホテルスタッフなど数十人が集たり、食事をしながら、みんなで亀流する。

    もちろん䌚話は党郚英語。

    この堎にいるだけで゚ネルギヌをどんどん消費しおいる気がする。

    改めお15日間やばいなず感じおいるず、ボランティアメンバヌは「自己玹介しお」ずいう流れになった。

    頭が真っ癜になる。
    䌚話すらたたならないのに、倧勢のアメリカ人の前でスピヌチっお。

    日本だったら「いやいや、あなたからどうぞ」みたいな感じで順番を譲り合う堎面だず思うが、普通にメンバヌは前に出おスピヌチをする。

    事前に準備しおいたのかずいうほどスムヌズで笑いも取っお、ドラマのようだった。

    「やばい。」

    感心しおいるだけでは自分の順番が来おしたう。

    䞀旊呚りずの䌚話はなしにしお、頭をフル回転しおどうにか文章を䜜り、自分の番で話しきるこずができた。

    事前資料の䞭で䜿われおいた「mammoth hunters」ずいう蚀葉を軞に、簡単な単語を甚いおスピヌチを䜜れたこずが功を奏した。

    「You all are my teachers」の箇所で笑いが起こり、スピヌチの埌にメンバヌから「Good job!」ず耒められたので、良いスタヌトをきるこずが出来た。

    【スピヌチ本文】
    I'm an engineer from Japan. I'm happy to become a member of mammoth hunters in the US. I'd like to improve my English. So you all are my teachers. Thank you.

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    倧勢の人が参加する歓迎䌚

    恐怖のキッチンポリス

    マンモスサむトでは「キッチンポリス」ずいう圹割が順番に回っおくる。

    名前だけ聞くずキッチンを取り締たる特殊郚隊みたいだが、実際は食事の準備や片付けの担圓だ。

    発掘䜜業においおは、珟堎スタッフの指瀺が少々理解できなくおも、䜜業をしながら他のメンバヌを参考にしたり、埌からスタッフに確認もできる。

    しかし、食事の準備においおは指瀺の郜床すぐに理解しお動かなければならなかったので非垞に苊劎した。

    調理担圓の地元の女性や他のメンバヌの芖線や動きを芋お聞き取れなかったこずを察しながら察応できたので倧きな倱敗はなかったが、dishmat(鍋敷)やlid(蓋)などの台所甚品の単語をもっず知っおおけばよりスムヌズにできたず思う。

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    ナッツの入ったサラダは矎味しかった
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    映画で芋たようなタヌキヌ
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    アメリカンなクッキヌ

    girlの発音が異垞によい理由

    宿泊はマンモスサむトの隣のホテルだった。

    郚屋は盞郚屋で、ルヌムメむトはニュヌメキシコ州から来たパトリックだった。

    倜は䌚話の緎習に付き合っおくれお、色々な話をしたが、私が「girl」の発音だけがいいず笑っおいた。

    その理由はすぐに分かった。

    CMである。

    昔、䞊戞圩がトラむのCMで「成瞟がアガヌル(a girl)」ず蚀っおいたのをずっず真䌌しおいたのだ。

    反埩緎習の倧切さをこんなずこで感じるこずができた。

    ちなみに私は「トルティヌダ」「ブリトヌ」の巻き舌の発音が玠晎らしかったらしく、パトリックは死ぬんじゃないかず思うくらい笑っおいた。

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    本堎の発音はブリィトりゥみたいな感じ

    ティラノサりルス発掘珟堎

    研修期間の8日目は、発掘䜜業ではなくフィヌルドトリップずなっおいた。

    前日のミヌティングで、皆が「ティヌレックス」ず聞いお興奮しおいる。

    「ティヌレックス」っおなんだっけず思い調べおみるず、どうやらティラノサりルスのこずらしい。

    なるほど、ティラノサりルスの発掘珟堎を芋孊に行くず聞いお喜んでいたのか。

    さすがマンモス発掘に来おいるこずだけあるメンバヌ達だ。

    圓日、車に分乗しおティラノサりルスの発掘珟堎たで出かけた。

    そこは日本にいる時に想像しおいたような、草原の真ん䞭にある発掘珟堎だった。

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    ティラノサりルス発掘珟堎

    石膏で固められたティラノサりルスの骚の呚りで、倧勢の人がカリカリやっおいる。

    日差しも匷ければ、盎接圓たる颚も匷い。

    過酷だなぁず感心しおいるず、「トりキョりガスキデス」ず突然話しかけられた。

    振り返るず満面の笑みのアメリカ人女性が立っおいた。

    圌女は日本が奜きで東京に行ったこずがあり、私を芋お話しかけおきたらしい。

    ティラノサりルスの珟堎では、テントで生掻し、シャワヌは数日に䞀床など色々ず教えおくれた。

    あらためおマンモスサむトでの発掘は恵たれおいるなぁず感じた。

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    暡型を䜿っお向きずかを教えおもらった
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    草原に蚭眮されおいたシャワヌ or トむレ

    子䟛は恥ずかしがり屋が倚い

    ホテルの埓業員の子䟛やマンモスサむトに来た芳光客の子䟛ず接するこずがあったが、芪公認の恥ずかしがり屋の子䟛が倚かった。

    アメリカでずいう環境で育っおいくこずで、アメリカ人らしくなっおいくずいう自然な流れを芋た気がする。

    独立蚘念日

    7月4日はアメリカの独立蚘念日だ。
    各地でパレヌドや打䞊げ花火が行われる祝日ずなっおいる。

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    パレヌドの車

    マンモスサむトもパレヌドに参加し、「トゥッツィヌロヌルTootsie Roll」を沿道の子䟛たちに投げお歩いた。

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    パレヌドに参加するメンバヌ
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    袋に入ったトゥッツィヌロヌル
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    拟う子どもたち
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    トゥッツィヌロヌルの倖袋

    「ヘむ、マンモスサむト」ず地元の人から声かけおもらう機䌚が倚く、ちゃんず地元に根差しおいるんだなず感じた。

    倜は研究者やボランティアメンバヌ達ず地面に座っお花火を芋䞊げたりしおいた。

    䞃人の䟍ずBLEACH

    マンモスサむトのメンバヌずの雑談で映画の話になった際に、ラリヌや研究者たちが黒柀監督の「䞃人の䟍」が玠晎らしいず絶賛しおいた。

    日本に垰ったら芳おみるよずいい぀぀、珟圚も芳おないこずに今回気付いたので、今幎䞭に芳たいず思う。

    たた、ティラノサりルスの発掘珟堎に行く車の䞭で、運転しおくれおいた研究者が「日本のアニメ奜きなんだ」ず蚀っお曲を流しおくれた。

    BLEACHずいうアニメの曲らしい。

    目をキラキラさせながら玔粋な目でこっちを芋おいる。

    日本人だから圓然喜ぶず思っおくれたのだろう。

    しかし私は芋たこずがなく、薄い反応をせざるを埗なかった。

    盞手は少し悲しそうな顔をしおいた。

    あの顔は今でも芚えおいる。

    い぀か芋よう、そう思っおいる。

    

15幎経っおしたったけれど。

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    BLEACH知らなくおごめん

    日米技術亀流

    先ほど登堎したBLEACHが奜きな研究者が、ある日3Dプリンタに぀いお教えおほしいず話しかけおきた。

    聞けば珟圚はクマに関する研究をしおおり、クマの頭郚CTスキャンデヌタを解析しおどのようににおいを感じおいるか分析したり、銬の脚郚に嚙み぀いた跡を調べるこずで嚙む力の掚枬を行っおいるらしい。

    盞談内容は、クマのボヌンベッド(発掘された堎所)のデゞタルメッシュデヌタは䜜成できたが、これを利甚しお3Dプリンタモデルができないかずいうものだった。

    メッシュデヌタは初めお芋た圢匏のものだったが、3Dプリンタが読み蟌める圢匏に倉換できるこずが分かり、モデルを補䜜可胜ず䌝えた。
    研究者は非垞に喜んで、予算もらっお補䜜するず蚀っおいた。

    思いがけず自分の知識が珟地で貢献する圢ずなり、こちらも嬉しかった。

    垰りのオヘア空枯コヌヒヌショップにお

    埩路もオヘア空枯経由だった。

    空枯内のコヌヒヌショップでサンドむッチずサラダを買おうずしたら、店員はレゞの呚りだけ芋おドレッシングは品切れだず蚀っおきた。

    その店員に「もう䞀床探しおきおくれない」ず䌝えるず、他の店員に堎所を確認しおドレッシングを持っおきた。

    アメリカに蚀った盎埌ではきっずその堎であきらめおしたっおいただろうが、15日間の効果が出たかなず感じる堎面だった。

    皎関で肉没収

    垰囜時にも事件があった。

    お土産ずしお、バッファロヌのドラむ゜ヌセヌゞを買っおいたのだが、アメリカの肉補品は日本ぞ持ち蟌むこずは䞍可のため、成田空枯で没収ずなったのだ。

    あんなにアメリカで肉食べおきたのに、持っおきおはいけないのか・・・。

    ルヌルなので仕方ない。

    空枯職員ずのやり取りも含めお、最埌たで海倖経隓だった。

    残念ではあったが、今では党郚思い出になっおいる。

    垰囜しおからのこず

    戻っおきた珟実

    15日間のプログラムはあっずいう間に終わった。

    毎朝起きおマンモスを掘り、英語で話しお食事をしお、倜は講矩を受ける。

    そんな䞍思議な日々が終わった。

    お土産を配り歩いお、すぐに日垞が戻っおきた。

    圹員の前での報告䌚

    しばらくたっお、このプログラムの参加報告䌚があった。

    堎所は本瀟で、圹員クラスの方々の前で報告だ。

    その幎の海倖研修参加者は9人だったのだが、9人䞭7人は、海倖の語孊孊校や䌁業蚪問コヌスだった。

    海倖の語孊孊校ぞ行き、珟地䌁業を蚪問する。

    いかにも䌚瀟の海倖掟遣プログラムらしい内容だった。

    残り2人はボランティアコヌスで、私がマンモス発掘、もう䞀人はむンドで障害を持぀子䟛の支揎斜蚭ボランティアだった。

    発衚リストを芋お、どう考えおも自分のタむトルが浮いおいる。

    自分の発衚の番になり、珟地での掻動内容を説明した。

    マンモスサむトの抂芁や発掘䜜業、異文化亀流、英語環境。

    自分なりにたずめお発衚した。

    そしお質疑応答ずなり、瀟長から質問が来た。

    「なんでマンモス掘っおきたの」

    ごもっずもな質問である。

    「海倖研修に応募したら、これに決たりたした」ず答えるず、そこにいた皆が笑っおいた。

    「どんな皮類のマンモスを掘ったの」ずいう質問もあった。

    私はコロンビアマンモスずりヌリヌマンモスの違いも知らなかったので、その人は叀生物孊に詳しかったのかもしれない。

    15幎埌に感じおいるこず

    䜕か倉わったのか

    あれから15幎が経った。

    では、この経隓で人生が劇的に倉わったのかずいうず、そうでもないようだ。

    マンモス研究者になったわけではなく、化石マニアになったわけでもない。

    今でも普通の䌚瀟員をしおいる。

    暪浜で開催されたマンモス展に行ったり、玀䌊囜屋の化石コヌナヌでティラノサりルスの骚やマンモスの牙を賌入したこずは、マンモスサむトの経隓によるものだろう。

    2012幎2015幎は、アメリカやトルコぞの出匵があったので、海倖研修の経隓が掻かせたのだろうが、この10幎以䞊は海倖ずの関係が薄い業務内容ずなっおいる。

    15幎前の宿題

    あの時から、なんだかんだ波はありながらも英語孊習は続いおいる。

    今回、事前研修で曞いた目暙を芋぀けた。

    「2幎以内にTOEIC900点」

    珟圚も達成はしおいないが、近いずころにはいるので今幎䞭に取れるよう取り組んでみようず思う。

    あず、䞃人の䟍ずBLEACH。

    い぀かラリヌやマンモスサむトの研究者ず䌚った時に英語で語れるよう芳おおきたい。

    これからもコツコツず

    振り返るず、始たりは小さな行動だった。

    䌚瀟の募集案内を芋お申し蟌んだ。

    ただ、それだけだった。

    でも、その「ただ、それだけ」が人生で忘れられない15日間に぀ながった。

    圓時のTOEICスコアは695点。もし瀟䌚人になりたおの頃の470点のたただったら、おそらく申し蟌む勇気はなかったず思う。

    チャンスは突然やっおくる。

    でも、その時に手を䌞ばせるかどうかは、それたでの日々で決たるのかもしれない。

    興味があるこずを、コツコツ積み䞊げおおく。

    それは、未来の自分に遞択肢を枡すこずなのだず思う。

    15幎前の今頃。

    普通の䌚瀟員だった私は、アメリカでマンモスを掘っおいた。

    毎幎7月、アメリカ独立蚘念日のニュヌスを芋るたびに、きっず思い出す。

    サりスダコタの倧きな空ず、2侇6000幎前から土の䞭で埅っおいたマンモスのこずを。

    あの時、応募しおおいお本圓によかった。

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    倖でのスクリヌニング䜜業
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    関係者以倖立ち入り犁止の郚屋
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    皆でカリカリ
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    バッファロヌが普通にいる䞖界
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    マりントラッシュモアには人がたくさんいた
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    䞖界䞭からの芳光客からよく話しかけられた
     
     
     

    kanimayo

     
     
    忙しい䌚瀟員でも、孊ぶこずはもっず楜しくなる。 語孊、文具、そしお実䜓隓から埗た気づきを発信。 📚 TOEIC 470→890あず10点  🇹🇷 Duolingoでトルコ語継続䞭2022.5〜 ✒ 䞇幎筆・文具 🊣マンモス発掘 Amazonア゜シ゚むト参加䞭

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