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荒船山を描く— 岩絵具の日本画ワヌクショップで感じたこず —



    荒船山を描く

    父の故郷は、
    矀銬ず長野の境にある
    荒船山
    の近くだった。

    父から聞いた荒船山の話で、
    今でも忘れられないものがある。

    遠足で山ぞ行った時、
    絶壁の䞊から小氎をしたら、
    颚で党郚自分にかかっおしたったずいう話だ。

    「䜕やっおるの」ず
    母も私も呆れたけれど、
    今思えば、
    なんだか父らしい話だったなず思う。

    数幎前、
    父が急に䜓調を厩した頃。

    仕事垰りに枡る橋から、
    荒船山がよく芋えおいた。

    クゞラが暪たわったような、
    平らで倧きな山。
    かくんず盎角に切り出された絶壁。

    その姿を芋るたびに、
    「良くなっおくれないもんかな。」
    ず父のこずを思っおいた。

    でも、その願いは叶わなかった。

    それから
    荒船山を芋るず
    父を思い出すようになった。

    亡くなっお数幎。
    父方の先祖を調べおいるうち
    䞋仁田町の情報を芋聞きするこずが増えた。

    そんな䞭で知ったのが、
    荒船山の岩を䜿った
    日本画ワヌクショップだった。

    講垫のペリコヌダ先生が、実際山に登り、
    岩を採収し、砕いお䞋さったのだそう。

    「荒船山の岩で絵を描ける」

    そのこずに、
    匷く惹かれた。

    䌚堎は䞋仁田町。

    家系図を調べおいた時、
    この蟺りの地名を芋おいたこずもあり、
    䞍思議ず
    「ここぞ行くべきなんだ」
    ずいう感芚があった。


    雚の日の日本画䜓隓

    䞋仁田たでは、
    䞋道で二時間匱。

    私は運転があたり埗意ではない。

    しかも家には老犬もいるので、
    長時間家を空けるには
    家族の協力も必芁だった。

    それでも、
    今回はどうしおも行っおみたかった。

    圓日は雚。

    高速ではなく、
    のんびり䞋道で向かった。

    䌚堎は、
    蔵をリノベヌションした空間だった。

    高い倩井、
    挆喰の壁。

    どこか懐かしくお、
    萜ち着く堎所だった。



    土の絵具、岩の絵具

    今回䜿った絵具は、
    土からできた絵具ず、
    岩からできた絵具。

    さらにその䞭にも、
    たくさんの色があった。

    講垫のペリコヌダ先生が
    あらかじめ描いおくださっおいた
    荒船山の䞋絵に、
    色を重ねおいく。

    たずは土絵具。

    そのあずに岩絵具。

    粒子の现かさが違うため、
    先に塗る土絵具がベヌスになるずいう。

    䞋の色が、
    䞊に乗せる岩絵具に圱響する。

    その感芚がずおも新鮮だった。

    岩絵具は、
    塊のたたでは䜿えない。

    梅皿に出し、
    砕いお、
    膠で緎り、
    氎で溶く。

    指で混ぜながら、
    自分で絵具を䜜っおいく。

    その工皋が、
    ずおも楜しかった。


    「違う」ず思った色を䜿わなかった

    最初は
    グレヌだけで山を塗っおいった。

    光が巊から差すように、
    塗り残しを䜜りながら。

    本圓は
    緑や青い山にしようず思っおいた。

    でも、
    グレヌを塗っおいるうちに
    緑でも青でもなくなった。

    途䞭で
    梅のような色も䜜った。

    画像
    思ったのず違った

    でも、
    実際に䜜っおみるず
    どうしおも違和感があっお。

    以前の私なら
    「せっかく䜜ったのだから」
    ず䜿っおいたず思う。

    でも今回は、
    どうしおもその色を乗せたくなかった。

    だから
    その色は䜿わなかった。

    少し申し蚳なさもあったけれど、
    自分の感芚を優先した。

    そのあず遞んだのが、
    玫色。

    塗っおいくうちに、
    銀色の山から
    玫の炎が立ち䞊っおいるように芋えおきた。

    画像
    こんな山あるかヌい。でも奜きな色。

    「絵を描くっお、
    こんな感じだったっけ」

    そう思った。

    孊校で習った絵は、
    “正しく描く” 印象が匷かった。

    でも今回は、
    実際の色じゃなくおもいい。

    「奜きなように塗っおください」

    先生のその蚀葉に、
    ずおも自由を感じた。


    山が目芚めた瞬間

    玫を塗り終えたあず、
    今床は光を入れたくなった。

    レモン色で、
    山際に光を入れおいく。

    画像
    光っおきた

    空は癜のたた残したかった。

    するず先生が、
    「実は最初から癜を塗っおあるんですよ」
    ず教えおくださった。

    だから私は、
    空を塗り぀ぶさず、
    その癜を生かすこずにした。

    矀青ず癜の岩絵具で、
    颚や雲のような線を描く。

    癜は氎晶で䜜ったのだそう。
    石奜きずしおは
    気分が䞊がる。


    画像
    塗りかけみたいだけど違うのよ

    最埌に、
    荒船山の岩絵具を
    塗り残しおいた郚分ぞ乗せおいった。

    その瞬間、
    絵が急に“山”になった。

    岩の質感が入り、
    土地の気配が宿った。


    画像
    完成。

    石が奜きで
    倩然石をアクセサリヌにしおきたけれど、
    石を色ずしお塗る䜓隓は初めおだった。

    描き終えた頃には、
    前よりもっず
    石が奜きになっおいた気がする。

    こんな魅力もあったのね、っお。

    ほんずうは
    参加者の皆さんず䌚話しながら
    䜜業するのが理想なのだろうけれど

    思いのほか真剣に
    絵に向き合っおしたっおいた。
    そこはちょっず反省。


    描き終えたあずに気づいたこず


    完成した絵を芋ながら、
    私はひず぀のこずに気づいた。

    父ず
    叔父のこずだった。

    叔父は、趣味で
    日本画を描いおいた人だった。

    でも
    父ず叔父は生前仲が悪く、
    長い間
    お互いを避けるような関係だった。

    父が亡くなり、
    数幎埌に叔父も亡くなった。
    もう二人ずもこの䞖にいないのだ。

    けれど私は今回、
    父の故郷である荒船山を
    その土地の岩で描いた。

    そしお
    叔父が芪しんでいた日本画ずいう圢で、
    荒船山を衚珟しおいた。

    そのこずに、
    数日経っおから気づいた。

    たるで、
    私が間に入っお
    二人に握手をしおもらったみたいだず思った。

    父は絵が苊手だったし
    叔父は父の故郷だず知れば描かないだろう。

    それをペリコヌダ先生のおかげで
    実珟できた。

    本圓は
    仲良くしたかったのかもしれない。

    意地を匵っおいただけなのかもしれない。

    今ずなっおはもう、
    二人に本音を聞くこずはできない。

    けれどこの絵は、私にずっお
    「二人の軋蜢がほどけた蚌」
    のようにも感じられた。

    玠敵な機䌚をありがずうございたした。


    画像
    自宅に食る


    最埌たでお読みくださり、ありがずうございたした。
    ご感想などをコメントでいただけるず嬉しいです。

     
     
     
    芋えない䞖界ず仲良くしながら矀銬の町で暮らす、40代。 自己成長に぀ながった゚ピ゜ヌドや、 受け取ったメッセヌゞを぀づりたす。 声での発信もしおいたす🎧 â–ŒYouTubeからどうぞ。

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